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Crazys!  作者: ノンアルコール
C,2 Okey-Dokey, Let’s Kill Each Other!
6/65

 メトロでは、時々雨が降る。

 周りは荒野であるため、殆ど乾いているのだが、空は、時々思い出したように号泣する。

 そんな日は、とても空虚な気分になる。犯罪者の生首を、警察署に投げ入れたと同時に降り出した雨は、僅かに高揚していた気分を一気に消沈させた。

 詰まらない。実に詰まらない。ここ最近は、充実とは無縁の生活である。だから余計に空虚な気分になって、その穴を埋める様に薄汚い酒場に入り浸る。

「おい、聞いたか? サースメトロで、メトロキングスが潰されたって」

「おお。聞いた聞いた。なんでも、やったのは賞金稼ぎらしい。ボスのフィッシャー・カーンも死んだらしいが、全く、命知らずもいたもんだ」

 傍で飲んでいた酔いどれ共が、ゲラゲラと笑いながら話すのが聞こえた。

 メトロキングスといえば、メトロでも指折りのギャング団。メトロ一平和なサース地区で最強を名乗っているものの、その実力は『キング』の名に相応しいとか何とか。

 とにかく、かなり強いギャング団であった事は覚えている。

 それを潰した、賞金稼ぎ。きっと、強い奴に間違いない。

 彼は、飲みかけのグラスをカウンターに置くと、にんまりと愉快そうに口角を吊り上げ、酔いどれたちに近づいた。

「面白そうな話だな。ちょっと、詳しく聞かせろよ」

 ニィ、と凶悪に唇を吊り上げて笑う彼に、酔いどれたちはゾッとして竦み上がった。



<Cookie.2> Okey-Dokey(オウキードウキー), Let’s(レッツ) Kill(キル) Each(イーチ) Other!(アザー)



 メトロを走り抜ける急行鉄道、メトロエクスプレスは、各ステーションに一日に五本の割合で停車する。

 本数は少ないが、それでも、この広いメトロを安全に、快適に移動するためには、住人たちにとっては欠かせない交通手段なのである。なので、メトロを移動しながら商売をする商人や、メトロ内の旅目的の旅人などで、エクスプレスはいつもにぎわっていた。

「この歳になってお遣いだなんて、全く笑えるわ」

 木製だが、ゆったりとしたボックスシートに腰かけた、赤いゴーグルとマフラーが印象的な女、カグラが、不満そうに唇を尖らせながら文句を垂れた。カグラの隣のシートには、彼女のライフルと簡単な旅支度の入った荷物が置かれており、その向かいにはツキシマが座っていた。

「……」

 フードを目深に被り、相変わらずいかついフォルムの防毒マスクを装備したツキシマは、席の車窓から、流れゆく荒廃した街並みを眺めていた視線をカグラに向ける。

 何か言いたげだが、いかんせん、彼は何があっても決して声を発する事が無いので、彼の心情を汲み取るのはなかなか難しい。

 だが、カグラにはわかる。ツキシマは、その防毒マスクの下から不信な視線をカグラに送っているのだ。

「何よ。文句言うなって? まあ確かに? 帰った後の一週間の食事代タダって言うのに釣られたのは私よ。アンタを無理矢理同行させたのも私。何? いいじゃない。タダより価値のあるものはないんだから」

 不貞腐れたように腕を組んで、カグラはシートに深く座った。

 二人は、現在喫茶店『Arms(アームズ)』のマスターの依頼で、サースメトロの反対側、ノアメトロにまで、エストメトロ経由でお遣いに行く最中なのである。

 先日から、深刻な人手不足に嘆くマスターは、毎日無意味に窓際の席を陣取り、クッキーとコーヒーしか注文しない、何の経済効果も産まない無益な二人に呆れて、簡単なお遣いを依頼をしたのである。

 簡単なお遣いと言えど、それは一般の人間に頼むには少々困難なことで。その内容と言うのも、先日ノアメトロに住む家具職人に注文した、喫茶店用のテーブルやイス、その他雑貨を受け取りに行ってほしいとのことだった。

「ノアメトロといえば、サースメトロの反対側。メトロで一番治安の悪い地区よね。そりゃまぁ、普通の人には頼めないわ」

 カグラは腕を組んで言う。そう、メトロ一平和なサースメトロの反対側、ノアメトロ地区は、安直な考え方ではあるが、メトロ一治安が悪いとして有名である。

 まあ、その点カグラは心配してはいない。むしろ、治安が悪ければ悪い場所ほど、より高額の賞金首が蠢いている。

 マスターのお遣い帰りに、良い値の犯罪者を数名ブタ箱にぶち込んでやれたら、懐がかなり温まるだろう。それは、カグラも楽しみにしている事なのだが、問題は、ツキシマだ。

 あの件以来、数日ほどツキシマと行動を共にしたが、カグラの見立てによると、ツキシマはイマイチやる気というモノに欠ける。

 最初に出会った時、高額賞金首である『フィッシャー・カーン』を狙っていたので、カグラはてっきりツキシマも、カグラと同様金に貪欲な賞金稼ぎなのだと思っていたら、そうでは無かった。

 彼はどうにも、仕事を選ぶきらいがある。

 ここ数日で、カグラは何人かの賞金首を狩りに行く提案をしたのだが、悉く断られてしまった。理由は、彼は言葉を発さないのでわからないが、どうにも気分屋というか、よりごのみすると言うか。とにかく、ツキシマは仕事に対するやる気が無かった。

 今回だって、カグラはノアメトロで賞金首を狩ろうと思っているのに、ツキシマときたら、Armsを出る際に出口までついて来たコルトを抱えて、一緒にエクスプレスに乗る始末だ。

 そんな子猫を抱えて、ハンドガンをぶっ放そうと言うのか。ノアメトロで戦う気が無い証拠である。

 まぁ、確かに、いつもの席で楽しそうにコルトと戯れていたツキシマを、無理矢理引っ張ってマスターの依頼を受けさせたのはカグラであるため、当然、ツキシマに不信の目で見られても仕方ないのだが。

「でも、そんな猫連れてきて、もし何かの事件にでも巻き込まれたらどうするつもり? 私は守れないわよ」

 ツキシマのフードの中から、小さな顔を出していたコルトを見てカグラは言った。

 ツキシマが、馬鹿可愛がりしている子猫である。逃げられたりして、ツキシマが落ち込むのは面倒くさい。

 カグラの言葉に、ツキシマは顔を上げると、フードの中からコルトを取り出して両手で抱きあげ、カグラに見せた。

 ぴゃあ、とコルトが鳴く。心なしか、何故か得意げに見えるツキシマの防毒マスクが首を傾げて笑う。

 可愛い。確かに可愛い。だが。

「邪魔でしょ。さすがに」

「…!?」

 カグラの心無い一言に、ツキシマはあからさまにショックを受けて両肩を落とした。

 カグラが苦笑する。身体は丈夫なくせに、ツキシマのメンタルの弱さには驚くばかりである。

 落ち込むツキシマを慰める様に、小さな声で無くコルトを見つめながら、線路の凹凸に揺られていると、二人の頭上から声が振りかかった。

「よう、ちょっといいか?」

 ツキシマとカグラは、ほぼ同時に顔を上げる。

 二人が座っているボックスシートを覗きこむようにして、一人の青年がどこか楽しげに口角を吊り上げて笑いながら立っていた。

 色褪せたベージュのマントに身を包んだ、黒髪短髪の青年だ。顔にはグレイのゴーグルをつけていて、年齢はいまいちわからない。カグラよりも少し年下か、同い年くらいだろうか。

 しかし、そんなモノよりも二人が注目したのは、彼の腰にさげられている長い刀身の刀である。

 見立てからして、賞金稼ぎであろうが、この硝煙と埃まみれの世の中で、刀という時代遅れのを武器を扱う賞金稼ぎなどは珍しい。

 変な奴だ、それでなくとも、何故かカグラは青年に良い印象を受けなかった。女の勘と言うやつである。

「その席、空いてるよな。相席を頼みてぇんだけど」

 青年が、ツキシマの隣、カグラの向かいの席を指差して言う。

 困惑して自分に視線を送ってくるツキシマを無視して、カグラは不機嫌そうな顔をして青年を見た。

 なんだか、嫌な予感しかしない。大体、席なら他のボックス席も空いているのに、何故わざわざ相席を好むのか。カグラの『女の勘』は加速した。

「ごめんなさいね。ここはもう定員オーバーなの」

 そう、棘のある口調で言って、カグラはツキシマの膝の上からコルトを摘み上げて、ツキシマの隣の席に乗せた。

 いきなりコルトを連れ去られて戸惑うツキシマを無視して、カグラは目を細めてにんまりと笑う。

 どう考えても、好意的とは思えないカグラの態度に、青年は驚いたようにクチを逆さの三日月形に歪めてシートの真ん中にちょこんと乗ったコルトを見つめた。

「くっ…はは! ははっははは! そうだなぁ、確かにそうだ。悪ィ悪ィ、チビを数えて無かったよ。ははは! そうだそりゃそうだ。こいつもれっきとした乗車員だもんなあ!」

 何がそんなに面白いのか、青年は顔に手を当てて笑い声を上げた。カグラの不信感がさらに強まる。

「…でもよぉ、そのチビの特等席は、どうやらこっちらしいぜ」

 ひとしきり笑い終えた青年は、シートの上にぽつんと乗って、挙動不審に左右を見渡すコルトの後ろ首を摘み上げて、再びツキシマの膝の上に落とした。

 ぴゃあ、と一鳴きして、コルトは安心したのか、すっぽりとツキシマの膝の上に落ち着いた。

「……!」

「……チッ」

 ツキシマはきゅんとして両手で顔を覆う。カグラは不快そうに舌打ちをして顔を歪める。

 二人から否定の言葉が無くなったのを良い事に、青年はドカリ、と開いたシートに腰を下ろした。

「そんなわけで、まぁご一緒させてくださいよ、お姉さん」

 わざとらしく頭を下げながら、ゴーグルを額の上に上げてこちらの様子をうかがう青年を、カグラは再び睨む。ゴーグルによって持ちあげられた長めの前髪が目元に垂れ、青年の鋭い赤目の三白眼と、カグラの不機嫌な黒の瞳が交錯した。空中で火花を散らすような幻覚を見て、ツキシマは人知れずびくりと肩を揺らした。

「んで、アンタらも賞金稼ぎかい? 旅の途中とか?」

 青年が、シートの背もたれに寄りかかって問いかける。

 ツキシマが答える可能性は絶望的なので、仕方なしにカグラが答えた。

「…私はカグラ。そっちはツキシマ。賞金稼ぎだけど、旅をしてるわけじゃないわ。人の依頼で、ちょっとサースからノアまでお遣いに」

「へえ…サースから…」

 青年が意味深に反復する。

 カグラは、片眉を吊り上げて前方の青年を見た。黒髪短髪に、色褪せたマント、そして長い刀。なんだか、何処かで見た気がするのだが。はて、忘れてしまった。

「んでー…、ツキシマ? アンタも賞金稼ぎ? そのチビ飼い猫?」

 先程から、だんまりを決め込んでいるツキシマに対し興味が沸いたのか、青年は、眠気眼のコルトを抱えているツキシマの防毒マスクを覗きこむようにして問いかける。

「……」

「…人見知りさん?」

「いいえ、クチ下手なだけ」

 初対面の赤の他人に、詳しく教えてやる義理など無い。カグラは意地の悪い笑みを浮かべて答えた。

 青年は、反応の無いツキシマに怪訝そうに眉間にしわを寄せるが、すぐにどうでもよくなったらしく、再びシートの背もたれに深く寄りかかった。

「まあいいや。俺はヨツヤ。イースからサースに行こうと思ってたんだが、不運にも寝過ごしちまってな。エクスプレスは便利だが、ステーションで降りはぐると面倒だ」

「…ヨツヤ」

 ヘラヘラと笑みを浮かべる青年、ヨツヤを前に、カグラの嫌な予感は一本の線で繋がった。

 賞金稼ぎ、いや、ハンターヨツヤと言えば、賞金稼ぎ界でも名の知れた人物である。もちろん、マイナスの意味で。

 そもそも、賞金稼ぎには二つの種類がある。一般的には、金利目的で動く賞金稼ぎが殆どなのだが、たまに、犯罪者の殺害目的に動く賞金稼ぎが存在する。それが、ハンターだ。

 彼らは、自ら進んで『デッドオアアライブ』の印を受けた賞金首、つまり、逮捕時生死不問の高ランク賞金首ばかりを狙う、イカれた合法殺人鬼なのである。

 そんなハンター達の間柄でも、特に囁かれている人物がいる。それが、彼である。

 ヨツヤに関わった人物、特に彼の相棒として付き合った人々は、クチを揃えて同じことを言う。

『二度と組みたくない。命がいくつあっても足りないよ、アレは』と。

「へえ、アンタはサースに…。ハンターヨツヤともあろう方が、メトロ一平和なサースに向かってただなんて驚きね」

 そんな、生ける警戒信号に出くわしたとて、別段驚く事でも、恐怖する事でも無い。彼も、メトロの法の上に生きる人間であるし、そうである以上は、どんなに凶暴で危ない人間であろうとも、一般市民を襲うことなどあり得ないだろう。

 そんな余裕からか、カグラはにんまりと笑って挑発的に言う。

「…ハンターねぇ…。俺はただの賞金稼ぎのつもりだけどな」

「ただの賞金稼ぎは、自ら好んで死地に赴く様な事はしないわ」

 カグラがジト目で言う。それに、ヨツヤは困ったように苦笑した。

「いやぁ…まぁそれは、俺の悪癖というか。あ、イカれた殺人鬼だと勘違いするなよ」

「どうだか」

 ヨツヤを完全に警戒するカグラの斜め前で、ツキシマは無防備にもコルトをあやして遊んでいる。

 こうまで警戒心が薄いと、さすがのカグラも苛立ちを感じる。というか、何を考えているのか全く分からない。もしかして、前回脳味噌を拾い損ねてきたのだろうか。

「あ、そうだ。アンタらサースメトロから来たんなら、知ってんじゃないか? メトロキングスが潰されたって話」

 ヨツヤの言葉に、ぴくりとツキシマが反応した。ヨツヤの赤い瞳が鋭く光り、口角が愉快そうに釣り上がる。

「…らしいわね。またサースメトロが平和になったわ」

 何となく、ヨツヤの変化を敏感に感じ取ったカグラは、素知らぬ振りで足を組んだ。

 当然、ツキシマも何も言わない。

「だよなぁ。何てったって、賞金稼ぎのならず者共が、雁首そろえて恐れ慄いたメトロキングスだぜ。しかも、上手い事逃げて生き延びた残党が言うには、たった二人の賞金稼ぎだったらしい。百の軍勢にたった二人とはね。よほどの命知らずってもんだ。いいねぇ、面白れぇ」

 ヨツヤが、ヘラヘラと笑いながら言う。

「へえ、それは知らなかった。それで、アンタはその賞金稼ぎに会いに来たってわけ?」

「んー…まあ、そう言われればそうだな。会って…それから…」

 シートに深くもたれかかり、宙を見据えながら目を細めてヨツヤが言いかけた時、車両内に努号が響き渡った。

「大人しくしろテメーら!! 命がほしけりゃ言う事を聞けぇ!」

 三文小説、とまでは行かないかもしれないが、実にありきたりな怒鳴り声が車内に響いた。

 後ろの連結扉付近のボックスシートに座る三人が、怪訝そうに顔を上げると、対面の扉付近で、覆面を被ってアサルトライフルを構えた男二人が、乗客に銃口を突き付けて脅しているのが見える。

「……」

「…なんだあれ」

「ハイジャックでしょどう見ても」

 どう見てもハイジャックだ。ヨツヤの疑問に答えたカグラは、あまりの馬鹿馬鹿しさにため息をついた。

 メトロエクスプレスといえば、一般市民や商人だけでなく彼らの様なハイジャック犯の天敵、賞金稼ぎ達もよく利用する鉄道だ。現に、ここにも三人の賞金稼ぎがいる。そんなモノをジャックするなんて、捕まえてください、と言っている様なものである。

 そんなカグラの気持ちを余所に、ハイジャック犯達は、震える市民に銃を突き付けながらさらに叫んだ。

「ここは俺達、『シティ・アベンジャー』が乗っ取った! 下手な真似すると撃ち殺すぞ!」

 ハイジャック犯のその言葉に、カグラは納得した。

 シティ・アベンジャーと言えば、重度のシティコンプレックス保持者が集まる団体である。

 シティコンプレックスが重くなると、症状として、シティを酷く憎む様になる。シティ・アベンジャーとは、そんな人々の集団なのである。

 何故、そんな彼らが、このような犯罪行動に出るのかと言うと、シティコンプレックスの末期患者の心の中には、シティへの羨望と、憎しみが同時に起こる。つまり、その二つが混在することによって、最終的に彼らが行きつく思想とは、『憎らしいシティに自分たちの存在を認めさせたい』と言うモノになる。簡単に言えば、彼らはシティの気を惹きたいのだ。

 その為に、彼らはメトロで大きな犯罪を起こし、自らの存在をシティにアピールするのだ。『メトロで大きな事が起きれば、シティはメトロを見てくれる』という、壮大な勘違いによるものである。

 彼らは、シティに振り向いてもらおうと必死になるが、シティにとってメトロとは、結局『トラッシュシティ』でしかない。メトロで何が起ころうと、ゴミ箱の中で虫が沸いた、程度にしか捕えられず、シティの中でニュースになる事もないのである。

 詰まるところ、行きすぎて見境がなくなったシティコンプレックス患者は、メトロにのさばる犯罪者やギャング達とそう変わらなくなってしまうのだ。

「シティ・アベンジャーか…。確か、今まではあまり大々的な犯罪を起こしてないから、賞金は付いて無かった気がするのよね。タダ働きのボランティアをする必要もないし、ここは大人しく…」

「テッメーら! 何ごちゃごちゃ言ってんだコラ!」

 カグラが肩を竦めて、今後の対応の提案をしたところで、いつの間にか乗客確認の為に、アサルトライフルを構えて直ぐそこまで近づいて来ていたハイジャック犯が、クチから唾を吐きながら怒鳴った。

 三人は、煩わしそうに顔を上げる。

「何って、これからの身の振り方について相談を…」

「ごちゃごちゃ喋るんじゃねえって…あ? テメーら賞金稼ぎか?」

 困った様に苦笑いを浮かべて答えるカグラの、隣の席に立てかけてある彼女のスナイパーライフルを見て、ハイジャック犯は怪訝そうに問う。

 コートの中に銃を隠しているツキシマと違って、カグラのライフルは堂々とその姿を晒している。カグラは心の中で、ああ、しまった、と軽く頭を抱えた。

「賞金稼ぎなら、持ってる武器を全部だしな! ここで殺されたくなかったらな!」

 ハイジャック犯は、声を上げて銃口をカグラ達に向けた。

 正直、愛銃をこのような汚い犯罪者に触らせたくない、というのがカグラの意見だった。

「…使わなければ良いじゃない」

「良いわけあるか!」

 短気なハイジャック犯は、渋るカグラの言葉に苛立って、威嚇の意を込めて天井に向かって銃口を向け、引き金を引いた。

 パララ、と乾いた音がして、フルオートのアサルトライフルから銃弾が飛び散る。

 乗客が押し殺した悲鳴を上げて身を縮めるなか、ツキシマの膝の上で眠りかけていたコルトも、思いがけない銃声に驚いて、高い悲鳴を上げて飛び上がった。

「ミャッ!」

「…!」

 転がる様にして、ツキシマの膝の上からコルトが飛び出す。ツキシマは、慌ててコルトを抱き止めようと手を伸ばすが、反射的に飛び上がった野生の動きには間に合わず、銃声に怯えたコルトは大きく跳ねてハイジャック犯の足元に着地して、彼の靴に噛みついた。

「あ? んだこの猫は」

 男の靴に噛みついたコルトに、カグラも驚き目を見張る。

 子猫が噛みついたところで、大したダメージになるわけではないが、足元で唸り声を上げる小さな存在に、ハイジャック犯は大人げなくも苛立った。

「チッ! 邪魔くせえ!」

「フギャッ」

「あっ!」

 一連の出来事を見て、カグラが声を上げる。

 ハイジャック犯は苛立たしげに舌打ちをすると、足を振って爪先でコルトを蹴り飛ばしたのだ。

 硬い皮のブーツに小突かれて、コルトの小さな身体は、悲鳴を上げて人形のように宙を舞い、床に無惨に転がった。

「……!」

 その時、ツキシマがキレた。

 無言のまま、しかし両手を震わせて勢い良く立ち上がる。天井に頭をぶつけんばかりに勢い良く立ち上がった防毒マスクの男に、ハイジャック犯は僅かにたじろいだ。

「なっ…! 座れこの…ぐぇっ!」

 男が、銃口をツキシマに突き付けようとした瞬間、ヌッと下から大きな手が伸び、男の首をガッシリと捕えた。男の首を捕えたツキシマは、そのまま車両の通路に出てその手に力を込める。乗客がざわめき、ハイジャック犯の足が宙に浮いた。

「テ、テメェ! 何してやがる!?」

 もう一人のハイジャック犯が、異変に気付いた。銃口をツキシマに向けるも、仲間が邪魔になって撃つ事ができない。

 ツキシマに首を捕えられた男は、徐々に圧迫してくる大きな手を引っ掻きながらばたばたと足を暴れさせる。

「ぐ…はな…せ…げげっ」

 男の必死な抵抗も虚しく、アサルトライフルは床に転がり、ツキシマの手は更に男の首を圧迫した。

 徐々に男の顔色が紫色になり、充血した眼球が飛び出さんばかりに目を見開く。ミシミシ、と骨の鳴る音がして、男の首は、徐々にあり得ない方向へと曲がって行った。

「……」

 無言の防毒マスクは、男の首の骨を握り砕かんばかりに締めつける。ミシミシ、と立てていた音が、徐々に耳を塞ぎたくなるような音に変わり、最終的に、ゴキン、という硬い音がして、ぱったりと男は動かなくなった。

 それを見ていた乗客と、もう一人のハイジャック犯は、恐怖のあまり身を竦めて黙り込むしか無かった。

「テ、テメエエエ!」

 仲間を殺された憎しみか、それともただの自棄か。もう一人のハイジャック犯が、ライフルを構える。が、次の瞬間、ツキシマは動かなくなった男を思い切り、ライフルを構えるハイジャック犯に向かって放り投げた。

 一瞬で視界が暗転し、銃を構えていた男は力の無い人形の様な仲間の死体を受け止める事も出来ずに仰向けに転倒した。

「ぐっ…! クソ! 一体何なん…ヒィッ!」

 上に乗った仲間の死体をどかして、立ち上がろうとするハイジャック犯の真横に、真っ黒なアーミーブーツが降って来た。 上を見上げてみると、フードの影から覗く防毒マスクが、車内の電灯の逆光を浴びて不気味に浮かび上がり、じっと男を睨んでいる。男は恐怖に悲鳴を上げた。

「ひっ…! ぐあっ」

 床を這って逃げ出そうと動き出した。ツキシマのブーツの底が、男を逃がすまいと仰向けになった顔を踏みつける。

 そしてそのまま、重心を男の顔を踏みつける足へと傾けた。

「あ…あが…がっ…」

 男は、どうにかツキシマの足をどけようと彼のブーツを両手でつかむ。しかし、ツキシマの足は驚くほどに微動だにしない。ゴリゴリと、頭蓋骨が悲鳴を上げ、鼻の骨が折れ、鈍い痛みが頭部を中心に全身に走った。

 後頭部のすぐ後ろの床と、無慈悲な靴底の圧力が、絶望となって男の頭部に襲い掛かる。


 少しして、グシャ、という破裂音と共に、ツキシマの足元が真っ赤に汚れた。


「やりやがったわね」

 背後からの呆れた様な声に、ツキシマはびくりと肩を震わせる。

 恐る恐る後ろに振り返ってみると、ジト目で腕を組みながらライフルを肩に背負ったカグラが、不満そうな顔でツキシマを見ていた。

「何でアンタはそう…利益ってものを考えないのかなあ。私たちはボランティアじゃな…」

「!」

 カグラが、金銭意識の薄いツキシマに説教をしようとクチを開いた時、ツキシマは、カグラの足もとから元気そうな顔を出したコルトを見て、すぐさましゃがんだ。

 見たところ、目立った外傷はないようである。元気そうに欠伸をして、後ろ足で喉を掻くコルトに、ツキシマはホッと胸を撫で下ろした。

「…アンタねえ…」

 カグラの説教よりも、蹴り飛ばされた子猫の方が気になるようだ、この化け物は。

 確かに、カグラも僅かにはコルトを心配したが、それ以前に気になる事がある。仲間を殺されたからには、他のハイジャック犯も黙ってはいないだろう。乗客達も、犯人達の報復を恐れてか、不安げな面持ちでこちらを見ている。

 だが、それもどうでもいい。問題は、これがタダ働きになるかもしれない、という事なのだ。報酬も出ないのに、敵に鉛玉をくれてやるほど、カグラは正義感が強くない。

 しかし。

「…ああ、もういいわ。何言ってももう遅いし、こうなったからには、シティ・アベンジャーを潰すつもりで行くわよ。そして、救出した乗客からたんまりお礼をいただくとするわ」

 カグラは、意志を固めてグッと拳を握った。

 それに呼応するようにして、ツキシマが立ち上がり、ウンウンと首を縦に振る。

 そうなのだ。賞金がかかっていないとはいえ、謝礼金を貰える可能性が無いわけでは無い。どうせ、このままでは、通信が途絶えた事を不審に思い、遅かれ早かれ他のハイジャック犯達が駆け付けてくる。だったら、こちらから出向いてやろうではないか。そっちの方が、奇襲をかけやすい。

「そうと決まれば、アンタはここから運転席の車両を目指して、私は後ろの車両を制圧する」

 カグラが素早く指示を出す。因みに、エクスプレスは全八車両。ツキシマとカグラがいるのは、六車両目だ。さりげなく、カグラは楽な方を取る。

 しかし、カグラの思惑には気付かずに、ツキシマは素直に縦に頷いた。

 扱いやすいんだか、扱いにくいんだか未だにわからない男である。

「…今度は殺すなよ」

 カグラの念押しに、ツキシマはあからさまに驚いたように仰け反って何度も頷いた。

 そんな彼に眉を寄せて、呆れた様な顔をしたカグラは、背負っているライフルのベルトを握って、一つ溜息をつくと、くるりと踵を返して後車両へ続く扉に向かって歩き出した。



 時々カグラは、ツキシマとコンビを組むと言う選択肢は、本当に自分にとって有益な事なのかどうかわからなくなる。

 使えるモノは親でも使うカグラであるが、正直、奴は本当に金になるのだろうか、と真剣に考え込む事がある。

 そんな事を考えながら、車両の通路を歩いていると、先程までカグラ達が座っていたボックス席とすれ違った。

 後車両への扉に手をかけた瞬間、席を移動することなく、その場所に腰を下ろしたままのヨツヤが、クチ元ににんまりと、ゾッとするような凶悪な笑みを浮かべているのが一瞬だけ見えた。

 なんとなく、とても嫌な気配がしたが、カグラはさして気に留める事も無く、少し怪訝そうに顔を歪め、扉を開けた。


 嫌な予感など、あるわけが無い。彼女の相棒であるツキシマは、死なない化け物なのだから。だから、何も不安に思う事は無いのである。



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