第9章
元カレがどこの部屋にいるのかというのは、すでにわかっていたため、すぐに向かった。
「船長のエル・サリーナです。伊川神戸さまの部屋でしょうか」
「一人だけだよ。どうぞ入って」
間違いなくあいつの声が聞こえてきた。
私は、マスターキーで、扉の右の壁に埋め込まれているICカードのタッチスペースに触れると、すぐに入った。
「やあ、なんだか久しぶりな気がするよ」
伊川は、部屋の端にあるテレビを見ながら、ソファに深く座っていた。
さらに、すぐ前にあるテーブルには、赤ワインと薄く切られたチーズが盛られた皿が置かれていた。
ワイングラスは2個置かれ、片方はすでに半分ほどワインが入れられた状態だった。
そのすぐよこには、錠剤が2粒置いてあった。
「エルなら一人できてくれると思ってね。久しく話さなかったし、こうやってゆっくり離しておこうと思ったんだ」
私はこれからの会話を聞かれないようにするため、部屋と廊下の境界線から部屋へと一歩足を踏み入れた。
伊川は、私用にワインをグラスに注いでいたが、私はそこには近づかず、ドアを背中のすぐ後ろにして立っていた。
「それで、レクリエーションが少ないと文句を付けたそうね」
「そうだよ。でも、本当は嘘だ」
「やっぱりね」
彼がソファに座りながら、私に振り向いて言っていたが、私は大体分かっていた。
「私と話したかったんでしょ。どうせ」
「大正解。さすがだね」
彼は、笑いながら言った。
そして、ソファーから立ち上がると、私のところへ近寄ってきた。
「なあ、どうして別れようとか言ったんだい」
「当たり前でしょ、私のことぐらい知ってるくせに」
「でも、もう一度言って欲しいんだよ」
彼は、私から2mぐらい離れたところに立ち、私に話しかけ続けた。
私はため息をついて、前にも彼に話したことを繰り返した。
「だから言ったじゃない。私は、あなたがあれやこれや指図してくるのがイヤになったって。それに、何をするにも、あなたの許可がいるとか言ってたでしょ。それもヤだったの」
「それについては言っただろう。そんなことはもう言わないって」
「でも、信用はできないわ」
私は、彼にそう伝えて、外に出ようとした。
すると、彼は私がドアへ振り返った途端に、後ろから肩を掴んできた。
「待てよ。話はまだ…」
「これ以上引き留めるようでしたら、正式に抗議します」
私はできる限り、声に表情を出さないようにして彼に言った。
彼は、ため息にも似た息をはくと、ゆっくりと手を離した。
「…何かあれば、呼ぶからね」
「こちらから呼ぶ時だけ来て」
私は言いたいことだけ言うと、部屋から出た。
その途端、電子手帳がメールの着信を知らせた。