第8章
航路は、地球と火星をそれぞれ中心とする楕円形とすることになり、途中から急に角度を変えて火星に着陸をすると言うことになった。
このコースだと、今のところは宙賊の情報はないため、もっとも安全だろうとされた。
最初の1ヶ月は、順調に飛んでいた。
「予定より早く着くかもしれませんね」
部署長会議で、カルーが言った。
「貨物を、必要なときにお届けできるのは、とてもいいことです」
喜んでいる表情で、カルーが航路予定書を見せた。
「ちょ、それ俺の…」
嶋山からとったものらしく、カルーが会議室にいた全員に配るのを見て、何か言おうとしていた。
「いいだろ別に、結局配るんだから」
「ケンカはそこまで。とりあえず、現在のフライトプラン通り飛ぶことにしましょ」
人工重力装置は、火星到着1日前まで切っているため、今は、椅子に着けている腰縄でかってに飛び回らないようにしていた。
椅子は床と固定されているため、そういうことをする必要がなかった。
ただし、いつも歩くときには支障が出ないように、足の裏にある磁石で普通に歩けるようにしている。
「了解。では、次の話なんですけど、レクリエーションの数が少ないと、乗客より苦情が出ております」
娯楽長が、私にプリントを見せながら言った。
地球から火星の間が数カ月に及ぶ長旅のために、乗客が常に楽しめるように、様々なレクリエーション設備が備わっており、その管理者が娯楽長だ。
「…誰?」
娯楽長からの報告を聞いた瞬間、誰か察しが付いていた。
「プリントに書かれている通り、伊川神戸さんからです」
「あいつか…」
「どうしましたか?」
私の独り言が、娯楽長に聞こえていたらしく、聞き返してきた。
私はさっと頭の中のメモ帳に書き留めておき、娯楽長に伝える。
「あ、いや。この乗客については、私が処理をする。いいね」
「ええ、結構です」
娯楽長が言うと、すぐにサヴァンが私に言ってきた。
「船長、空調設備が一部点検が必要な状態になっているという情報が入っています」
「どこの部屋?」
「いえ、部屋というよりかは、半フロアまるごとです」
「どこよ」
私は、すぐにサヴァンに聞き返す。
「第3貨物室です。その影響かわかりませんが、隣接している第4貨物室の空調もかなり不安定になっています」
頭の中で、この船の構造を思い出した。
最下層にある貨物室層は、5つの部屋でできている。
第3貨物室は、角部屋であり、もっとも大きな貨物室でもあった。
この部屋に隣接しているのは、第2貨物室と第4貨物室であり、そのうち第2貨物室は貴重品を収容することになっている貨物室でもあった。
「じゃあ、保守の点検担当職員を第3貨物室に送ってちょうだい。10人いればいいかしら」
「足りなくなったら、また報告します」
保守長が私に言いながら、彼が持っている電子手帳で、直接必要な人たちにメールを出していた。
「1班分、11人を送りました。いいですね」
「ええ、足りなくなったら、事後報告でもいいからね」
「わかりました」
私が保守長に伝えると、そろっている面々を見た。
「ほかに、何か伝えておきたいことはあるかしら」
誰も何も言わなかった。
「じゃあ、今日はここまでということで。また船内時間の来週ね」
私は渡されてたプリントの底を、トントンと叩いて整えた。
その間に、船長室からだれもいなくなり、私も、元カレに会いに部屋から出た。