第1章
床下には、青い惑星が見えている。
私は、その中で、マイクを握り、船全体に放送をかけていた。
「皆様、本日はエル・カルータ社をご利用いただきまして、ありがとうございます。まもなく、東京へ到着いたします。お降りの際は、お忘れ物のございませんように。本日は、誠にありがとうございました」
私にとっては、約10か月ぶりの地球帰還となった。
惑星"地球"は、21世紀にあった第3次世界大戦により、人口がいったん急激に減ってしまった。
しかし、終戦を迎えると一気に人口飽和へと向かい始めた。
その結果、地球上に人類があふれかえり、住む場所すらなくなりだした。
人類が最初に向かったのは、月だった。
月に定住を始めた人類は、22世紀を迎えることには数十万にのぼっていた。
しかし、地球よりも小さく、大気がない月のため、あっという間に限界を迎えた。
月が人であふれかえると、三極といわれる日米欧の三ヶ国は順次火星を目指しだした。
月へ真っ先に到達をし、恒久施設を造った彼らは、人類の繁栄という大義を掲げ、火星に植民領を設定し、定住を開始した。
それが今から100年ほど前の話。
エル社は、そのような中で月への物資補給会社として、最初は日本皇国の公社として設立した。
しかし、民営化の嵐にもまれ、全株を市場へ放出し、今では立派な株式会社として機能している。
その結果、世界にある似たような業種の会社の中でもトップ3に入るほどの巨大な会社にまで成長した。
私は、そのエル社の公社時代の初代社長の曾孫娘にあたり、現社長の実の娘でもある。
一応、宇宙船の船長をしているが、基本的に私の出番はほとんどない。
火星と地球の間を片道3~4か月かけて荷物や人の移動を助けているといった感覚で動いているだけだ。
船で何か異常が起これば、私が出ていく羽目になるが、そうでもない限り、各部署長たちがしっかりとしているおかげで彼らにまかせっきりにしている。
今回は、船の点検も兼ねているため、いつもの休暇が1週間のところ、今回は3週間になっていた。
だが、そんな休暇の間に私は政府へ呼ばれることになった。
どうやら、重要な話らしい。
「失礼します」
私が樫の木でできた扉をノックすると、中から、入れということが聞こえてきた。
ノブを回し、部屋の中へ入ると、すでに軍務大臣が立って私を待っていた。
部屋の右側には、お父さんがスーツを着て立っている。
「座りなさい」
お父さんと向かう席に座るように促され、私は船長の制服のまま座る。
「早速本題に入ろう」
大臣がお父さんと私に資料を渡した。
「それは軍事機密に属するものだ。ここを出るときに返してもらうが、説明にはどうしても必要なので、このようにして渡しただけだ」
その紙の束は、5人の軍人の履歴書のような感じに見えた。
「これがどうしたのですか」
一枚ずつ、丁寧に見ていくと、顔写真、氏名、年齢、生年月日、職務状況、階級などが書かれていた。
「君が次に出発する際に乗せてもらう軍人のリストだ。北米条約連合がもともと自国の航宙機で運ぶ予定だったが、向こうの船が急にエンジントラブルを起こしてしまい、航行不能になってしまったらしい。そして、直近で飛ぶ船が君のものしかない。そのため…」
軍務大臣が、偉そうにふんぞり返りながら私たちに説明をする。
「政府から連絡を受け取り、お父さんと私を呼んだ。そういうことですね」
私がそういうと、軍務大臣はいかにもといった顔つきでうなづいた。
「正式な手続きを踏んだ上で、このようにして書類を提出してくれもした。むげに断るわけにもいかないだろう」
お父さんが私に話しかけてくる。
「…で、私にどうしろと?」
すでに乗せてほしいということは分かっていたが、一応聞いておくことにした。
「君の船に乗せてもらいたい。確か、予約は観光で火星に向かう夫婦と日本皇国領へ運び入れる予定になっている物資だけだったはずだな。5人と彼らの手荷物分ぐらいは十分にあいていると思うのだが」
「…正規以上の料金を請求しますよ」
「構わん。引き受けてくれるか?」
私は軍人があまり好きではなかったが、こうも頼まれてしまうと折れてしまった。
翌週、私は小学生からの友人に会うために、渋谷駅ハチ公前にいた。
「やっと来た」
彼女は約束の時間から10分遅刻してきた。
「ごめんごめん、電車が込んでてね。ようやく出会えると思ってね、今日は粧し込んできちゃった」
彼女は、女の私が見てもドキリとするほど美人で、どこかのブランド物のバックを左肩に下げ、スニーカーを履いて、淡いピンク色のワンピースを着ていた。
「それで、どうなの」
私たちは、ハチ公前からぶらぶらと渋谷駅の方へ歩いていく。
「どうって?」
「宇宙船の船長よ。かっこいいじゃない、それで、恋とかわぁ?前の軍の人とは別れちゃったんでしょ」
「別れたっきりよ。それに船長って結構忙しいのよ」
右手を顔の前で左右に軽く振り、その直後に少し考えてみた。
小学校の友人たちは、みんな結婚をしており、今私の目の前にいる友人も、その例外ではなかった。
「私もそろそろ身を固める時期かなぁ」
ぼんやりと空を見上げながらつぶやいた。
「そうだっ、次帰ってきたら合コンしよっか」
「ちょっとっ」
私は思わず、彼女の背中をパーンとはたいた。
彼女は笑いながら少し遠くで私を振り返って続けた。
「冗談冗談。それでね、今日はおいしいケーキ屋に行こうかって考えていたんだけど」
「じゃ、行こうか」
恋のことなんかは、どうでもいいと、私自身は考えた。
いずれはどこかの誰かと結婚して子供もつくるだろうが、それはもっと遠くのことだと思った。