第九章 ヨーコの誤算
作戦が動き始めた。
バロス連合の内部浸透者を特定するため、ヨーコはまず地球政府のネットワークに侵入することを計画した。
ガーディアンが提供した手がかり——特定の政策決定において、不自然な意思決定をしている人物リスト——をもとに、通信記録と財務データをクロス解析する。
「やり方は私が決める」とヨーコはライに言った。
「わかった」とライは言った。
三日間、ヨーコは解析を続けた。
三日目の夜。
ヨーコは一つのデータに行き着いた。
名前:白峰奈緒。
内閣府観測部門責任者。
オムニア接触記録の専門家。
彼女の通信記録の中に、バロス連合の下部組織のコードと一致する暗号が——含まれていた。
◆
「駿」とヨーコが作業室で言った。「白峰奈緒が内部浸透者だ。証拠が出た」
「見せてくれ」
ヨーコがデータを開く。通信記録。暗号パターンの一致。
駿が確認した。
「……確かに一致している」
「バロス連合の暗号プロトコルだ。彼女が送受信している相手は、バロス連合の情報部門だ」
「白峰奈緒がバロス連合と繋がっていた」
「ガーディアンに共有する」とヨーコは言った。「これで——内部浸透者の一人が特定できた」
「待て」と駿が言った。
ヨーコが止まった。
「何?」
「もう少し確認したい。この証拠だけで判断するのは——」
「十分な証拠だよ」とヨーコは言った。少し声が強くなっていた。「通信記録と暗号パターンの一致は、偶然では起きない。彼女は俺たちを追いながら、バロス連合に情報を流していた」
「それは確かだ。でも——目的は?」
「目的?内部浸透者だから決まってる」
「ヨーコ」
駿の声が、落ちた。
「お前、今——少し感情で動いていないか?」
沈黙。
「……どういう意味」
「白峰奈緒は俺たちを追っていた。俺たちの存在が脅かされていた。それがある状態で、彼女が敵だという証拠が出た。その時——証拠を客観的に見られているか?」
「見られてる」とヨーコは言った。でも少し——間があった。
「もし証拠を誰かが意図的に植え込んでいたら?」
「植え込む理由が——」
「白峰奈緒を排除したい誰かがいれば、理由になる。ガーディアンでも、バロス連合本体でも」
ヨーコが黙った。
駿はヨーコの隣に座った。
「俺はお前が間違っていると言いたいわけじゃない。この証拠は重要だ。でも——これだけで動くのは早い。もう一段、確認が必要だ」
ヨーコは画面を見ていた。
駿の言葉が頭の中で回っていた。
(感情で動いていないか。)
白峰奈緒が自分たちを追っていたのは事実だ。
でもその目的が確認できていない。
もしかしたら——
(同じ敵を追っていた者が、俺たちを経由して何かを掴もうとしていた、という可能性は?)
「……もう一段、確認する」とヨーコは言った。
「それでいい」と駿は言った。「お前の能力は本物だ。でも能力があるからこそ、感情フィルターが危険になる。俺はお前が心配だから言った」
ヨーコが眼鏡を外した。
素の顔で、少し息を吐いた。
「……怖い」と言った。
「何が?」
「私が正しいと思って突き進んで、誰かを傷つけることが。ガーディアンと同じことをやってしまうことが」
「だから確認する。ちゃんと立ち止まれた」
「駿が止めてくれたんだよ」
「お前が聞いてくれた。それが大事だ」
ヨーコがゆっくりと眼鏡をかけ直した。
「もう一度やり直す。白峰奈緒の通信記録——全期間を取り直す。パターンの前後関係も確認する」
「頼む」
「……ありがとう」
小さな声だった。
駿は何も言わなかった。
でも、そばにいた。
◆
翌日の午前中、ヨーコが再解析を終えた。
「やっぱり、証拠が植え込まれていた」と彼女は言った。
「そうか」
「白峰奈緒の通信記録——三日前の深夜に、外部から改ざんされている。バロス連合のコードに見せかけたものが、後から埋め込まれていた」
「誰がやった?」
ヨーコが画面を操作した。
「埋め込みのコードのクセ——これはガーディアンのものと酷似している」
「……ガーディアンが、白峰奈緒を俺たちに排除させようとした?」
「可能性がある。白峰奈緒の研究内容がバロス連合の計画に対する脅威になっている——ガーディアンはその排除を俺たちにやらせようとした」
駿が腕を組んだ。
「ガーディアンは、協力を申し出ながら——俺たちを操作しようとしていた」
「そうかもしれない。ライ本人がやったのか、組織が独断でやったのかはわからない。でも——連携の前提が崩れた」
「白峰奈緒を守らなければいけない」と甚之助が静かに言った。「彼女がオムニアと同じ方向を向いているなら——敵にやられる前に、こっちが守る必要がある」
「そうだ」と駿は言った。
ヨーコは少し俯いた。
「もし駿が止めてくれていなかったら、私は証拠を信じてガーディアンに共有していた」
「でも止まれた」
「それが怖い。私、感情が邪魔をした」
「邪魔じゃない」と駿は言った。「お前が感情で白峰奈緒を疑い始めたのは、彼女が俺たちを追っていたから——つまり俺たちのことを大事に思ったから、だろ」
「……そういう言い方をするな」
「嘘じゃない」
「バカ」
ヨーコが立ち上がった。
「白峰奈緒に会いに行く。直接、話をする」
駿が立ち上がった。
「一緒に行く」
甚之助が立ち上がった。
「俺も行く」
「三人全員か」とヨーコが言った。
「当然だろ」と甚之助は言った。
ヨーコが少し笑った。
「……ありがとう。頼りにしてる」
「知ってる」と甚之助は言った。
「知ってる」と駿は言った。
三人が同時に言ったことに気づいて、少し笑いが漏れた。




