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空を飛ぶ鯉  作者: 御調ゆき
1/1

⓵辞令-1

はじめまして。勝手に不定期更新です。

5月くらいに完結できると良いな。

 何週間かに一度、いつもここから、歩いて目的地に向かう。


 程度のいいディーラーお勧めの中古SUVを買い、三年間大事に乗って来てはいるが、昔に比べてレギュラーガソリンも高どまり、おまけに休日ともなれば京葉道もこの辺りまでは配送トラックに中距離バス、ファミリーカーで車間が詰まる。朝の中央線は電車痛勤のおしくらまんじゅうで息が詰まるというのに、流石にそれは耐えられない。


 東京駅の長い長い道から乗り継いだ中距離列車で辿り着いた海浜幕張駅。都心に較べ少しばかりこなれたホームに降り、オルゴール調の発車メロディーを聞けば、自然と心と身体が解れていくのを感じた。やっと、自分の脚が使える。

 駅周辺にも人は多いが、黒や濃紺のスーツの集団を見るよりは遥かに良かった。抜き去って行く、都心では珍しい白い連結バスの中には、やはり紺と白の色が交ざりぶらさがるようにして人が詰まっていた。


 幕張新都心は、彼が生まれる随分前に埋め立てられた土地だという。遠く映る幕張メッセを右に、タワーホテルを左にみながら、整然とした大通りをひたすら真っ直ぐに、人やクルマが吸い込まれていく休日の千葉マリンスタジアムへ。四方を都心の灰や銀色で切り取られない大きな晴れ空。帰宅後の気分転換、夜ランでめぐる雑然とした環七の風景とは違う、失われた非日常がそこにあった。


 鉄骨とコンクリートで組まれ強い潮風に耐えてきた青く円形の巨大スタジアムの場外には、建物を等距離に囲うようにして屋台が連なり、ところどころで立ち上る淡い煙には肉の脂やタレのかおりがまざって、行き交う人々を呼び寄せている。

 そして階段奥のデッキ、若いバイトのもぎりが待ち構えるゲートを隔てた場内のグラウンドでは、年若く美しいチアたち、M☆Splashのダンスが華を添える、野球というスポーツひとつに人生をかけた男達の戦場がある。

 しかしもう少し入場には時間がある。物販ブースの奥、建物の中から鴎がモチーフという、都内球団のペンギンに比べれば性格も割合穏やかでフレンドリーな着ぐるみマスコットたちがわざわざ外に出て来て、家族連れの子供たちのファンサービスをするのを眺めていた。

 ここの選手やOBたちは足繁く県の小学校をまわって野球教室を開いたりと聞くし、大企業の傘下や都心の球団に比べれば資本力に劣る地方球団は、こうやって色々と知恵を絞りながら地道に少しづつファンを獲得していくんだろう。

 こうしてのんびりとキッチンカーの肉串を買って頬張りながら外の散策も、まあまあ楽しい。

 時間通りの開場直後、早めに入って席を確保すると、試合が始まるまではやることはほとんどない。ただただぼうっとして、周りを見る。

 長年万年最下位、苦境に立たされていた、しかし今はまさに我が世の春を謳歌する金融・リース企業のお抱え球団、紺地に金刺繍のビジターユニフォームを着た選手たちの練習を見下ろしながら僅かな荷物を整理する。

 周りの客のようにプラスチックの応援バットも、お気に入り選手のレプリカユニフォームでも、ましてや大昔の不良が着る特攻服のような、気合の入った刺繍入りでもない。セールで買ったGapにユニクロで、随分前に通りがかりで一目惚れしたCa4Laのメンズキャップは、此処でおこる強風に飛ばされないようにと早々にトートの奥に押し込んだ。

 そういえばここには、なぜか公共放送はおろか、名だたる民放のテレビは来ることがない。CS放送か、たまにケーブルテレビ。確か、BS放送がよくここのスポンサーになっていたっけ、とふとレフトスタンドのあたりを見回して、ロゴを見つけると一応の納得をして座り直し、軽めに脚を組む。

 プロ野球はどちらのリーグもペナントレースは終盤、消化試合に勤しむ晩夏とはいえ、最近は秋が特に短く感じる。

 スタジアムの周りをちょっと散策するだけでも肌が少し汗ばんだ。

 丁度その時、入場直後から身体の大きさにあわない大きなタンクを背負いながら愛嬌いっぱいに声を張り、練り歩いてきた可愛い売り子が近づいてくる。下心はないが、思わずマネークリップから千円札を取り出して手を上げ呼び、注文していた。変な下心はない、たぶん。

 ただ惜しむらくは、彼女の注ぐビールがいつもコンビニでは積極的に買わない銀色をした缶ビールのシルエットを思わせる、控えめに言って自分には合わない銘柄だった。


 手渡されたプラスチックカップのビールを、ふた口ばかり飲み下す。

 辛いのはちょっと苦手だなと思いつつ、カップの中のホットスナックを口に放り込む。


 でも。

 これでいい。

 いつもと違うのがいい。

 野球場にきて、苦手な銘柄をのみ、かといってどちらの球団を応援するでもない。


 毎日かわり映えのしないミーティングと表計算ソフト、コンピュータやケーブルの群れとの戦いさえ避けられれば。

 野球チームも、人も、いい時もあれば、なかなか難しい時もある。

 昔たまたま野球には慣れ親しんでいたから、野球場に来た。

 でも、神宮でも東京ドームでもない、この場所が良かった。

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