第1話【呪いのビデオ】3
私たちは再び店長のアパートへ向かった。部屋に入るとまだ暗く冷たい雰囲気が漂っていた。
「この部屋からは陰鬱な雰囲気を感じますね。それに体感温度も大分低い」
小早川さんが真剣な表情で言った。
「これ見てください」
私はテーブルの上の空になったビデオケースを指さした。
「なるほど。中身が無いんですね」
小早川さんはケースを手に取り見ると辺りを見回した。
その時、部屋の奥から微かな音が聞こえた。
「あっちから音がしたような・・・」
長谷川さんが不安げな声で言う。
音のする方向へ進むと、突然部屋全体が揺れ始め、天井から埃が降ってくる。
「地震!?」
私は慌てて壁にもたれ掛かった。
少しすると揺れは収まったが、壁際に置いてあるテレビから黒い煙のようなものが噴出してきたのだ。
「危ない!」
橘さんが叫び私たちを庇うように前に出た。
「みなさん下がってください!」
小早川さんが指示を出す。
その時、予想外の光景が目の前に広がった。橘さんが左手を前に突き出し印を結ぶように構えたのだ。
「臨兵闘者皆陣列在前!破ぁ!!」
橘さんはそう叫ぶと黒い煙に殴りかかった。
一瞬にして黒い煙は消滅し陰鬱な雰囲気が消え部屋の温度も元に戻った。
「橘くんナイスです!」
小早川さんが拍手する。
「ふぅ・・・危なかった」
橘さんは額の汗を拭いながら言った。
「あの人何したの?まさか手品?」
瞳が驚いた様子で呟く。
「彼は特別な力を持っているんですよ」
小早川さんが微笑みながら説明する。
「寺生まれだからね。こういう事に強いんだ」
橘さんは照れくさそうに笑った。
「寺生まれ!?」
私は思わず聞き返した。
「ああ。うちの宗派、結構歴史があってね。昔から怪奇現象と関わってきた宗派なんだ」
橘さんは肩をすくめて、テレビの下のビデオデッキの取出しボタンを押す。
ビデオは遠目でもわかるほど焦げている。
「大丈夫だと思いますが、これは一応持ち帰って清めますね」
そう言って小早川さんは橘さんからビデオを受け取り、黒地に白い家紋のような柄の入った袋に仕舞った。
その後、私たちは小早川さんの指導のもと部屋の換気と四隅に盛り塩をし、部屋の真ん中に線香を立てていると、隣の部屋から“グゴォー、グゴォー”と大きな音がする。
「何の音!!もう終わったんじゃないの」
瞳が叫んだ。
小早川さんはゆっくりと隣の部屋のドアを開ける。そこには・・・
店長がベッドで寝ていた。大きなイビキをかいて。
私たちが部屋に入ると
「ん?どうしたの皆して・・・この男の人は?部屋の中・・・線香臭っ!!」
と間の抜けた声を出し飛び起きた。
話を訊いてみると、どうやら私たち見舞いに来た後に急に強烈な眠気に襲われたらしい。
「店長元気そうですね!良かった!」瞳が喜んで抱きつく。
混乱している店長に小早川さんが優しい口調でこれまでの事を説明する。
「はぁ、そうなんですか・・・そう言われたら何か黒い影に追われる夢を見ていたような気がします」
店長は半信半疑な様子であった。
私は小早川さん橘さんに尋ねてみた。
「あれは結局なんだったんでしょうか?」
小早川さんは顎に手を当て少し考えるような素振りをした。
私がやっぱり美形だなー。考える姿もカッコいい。などと呑気なことを考えていると。
「あのビデオ自体は有名な映画を真似て、いたずらで誰かが作った物ではないでしょうか。佐々木さん?でしたっけ?が、あのビデオを入手したように先輩の先輩とか友人の友人といった風に人づてに伝わっていく内に恐怖心などの人の思いが怪奇現象が産んだものだと考えられます。心身ともに健康な方ならあなた方のように『変な物が見えた気がする。』程度の物だったのでしょうが、店長さんの場合は休みも無く働いていたので肉体的な疲労や心労が溜まっていたので、『呪い』のような形で現れたのかもしれませんね。」
と真剣な眼差しで話している横でうんうんと橘さんが頷いている。
ようやく事態を飲み込めた店長が呑気に呟く
「丸一日寝てたんだね。どうりでスッキリしてるわけだ」
目のくまが薄くなった店長は少しだけ爽やかになった気がする。
「これに懲りたら、きちんと休みはとらないと駄目よ。言いづらいなら私が谷川さんに言ってあげるから」
そう長谷川さんに言われた店長は、母親に説教をされる子供のようにしょぼんと頷いた。
店長は今日と明日しっかりリフレッシュ休暇をとるそうだ。
私と瞳は小早川さん橘さん、そして長谷川さんに礼をして帰路についた。
帰り際の道で
「なんか妙な話だったけど、解決したみたいね」
瞳がホッとした表情で言った。
「うん。小早川さんと橘さんにもきちんとお礼言わなきゃ。でも・・・怪奇現象って本当にあるんだね」
私は不安げに呟いた。
「大丈夫よ。今回助けてもらったし何かあったら小早川さんと橘くんに頼ればいいでしょ」
瞳は楽観的に言った。
「そうだけど・・・」
私はまだ納得できなかった。
「まあまあ。もう終わったんだし考えてもしかたないよ」
瞳は笑顔で私の肩を叩いた。
その後私たちはお互いの家に向かって別れた。
家に帰った私はすぐにお風呂に入り考えていた。
創作の中だけと思っていた怪異が存在するなんて・・・
なんとなく現実感がなくふわふわしている。
ベッドに横になりながら天井を見つめる。枕元に置いた携帯電話が震え、瞳からメールが届いた。
『今日は本当にびっくりしたね。でも橘くんってすごいよね』
『うん。でも怖かったよ。突然部屋が揺れたりして。』
『あれは確かに不気味だったな~。でも私、なんか橘くんのことちょっと気になるかも♡』
瞳の返信にはハートの絵文字が添付されていた。
『それはLOVE的な意味ですか?』
私がそう返信すると
『LOVE的です♡ 彼優しかったし頼りになりそうじゃない?』
瞳の文章から好意が伝わる。
『そうだね。なんか守ってくれそうな感じがあったね』
私も思い出して少し頬が熱くなったのを感じた。
『私、今度長谷川さん経由で橘くんに連絡先聞いてみようかな?』
『え!?本当?』
『うん。なんかお洒落でカッコいいし、もっと話してみたいじゃん♪』
瞳のテンションがさらに高くなっているのが伝わってくる。
『そっか~。うまくいくといいね!』
私は上手くいくよう祈りの意味で絵文字を送った。
『ありがと咲耶。じゃあまた明日ね!』
瞳の最後のメッセージと共にやり取りは終了した。
「瞳ちゃんは積極的だな~」
私は独り言のように呟いた。
布団にもぐりながら考える。今日出会った橘くん。あの力強い眼差しと優しい笑顔。そして不思議な力を発揮した姿が鮮明に思い出される。
「なんだか惹かれるものがあるんだよね・・・」
自分で言うのもなんだが、私はかなりの小心者だ。人見知りだし男友達も少ない。でもなぜだか橘くんには初対面とは思えない安心感があった。
「寺生まれの 橘 千宗・・・」
彼の名前を口にすると胸が高鳴るのを感じた。




