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第5話【冥府へ渡るもの】5

 私の誕生日まであと1週間、その頃の私は祥吾が購入した新築マンションで同棲をしていた。その日の天気は夕方から雨、日が陰り空からは雨粒が降ってきていた。


プルルルルルッ、プルルルルルッ電話が鳴る。


「はい、小早川です」

結婚していないので私の苗字は長谷川なのだが新婚気分でなんだか嬉しい。


「舞ちゃん、祥吾が・・・祥吾が・・・道路に飛び出した女の子を助けようして・・・轢かれちゃって・・・今、〇×病院にいるの・・・」

擦れた声だが確かに祥吾の母の声だった。轢かれた?祥吾が?頭が真っ白になりながらも財布の入ったバッグだけを持ち、雨に濡れながら通りに出てタクシーを捕まえる。


「〇×病院に向かって下さい。なるべく急いで!!」

吐き捨てるようにそれだけ言ったが、タクシーの運転手は事情を察したのか無言で車を発進させる。


 乗車中、何かの間違いである事を願い続けていた。いつもならすぐ着く距離であるはずなの病院までが遠く感じる。タクシーのワイパーが動くたびに私の焦りも強くなる。

 

 病院に着くと2千円を置いて、「お釣りはいりません」そう言って駆け出す。病院の受付で「小早川 祥吾の婚約者です」と言うと俯いた顔の職員が地下にある1室に案内してくれた。

 

 部屋の中ではベッドに横たわる顔に布が被せられた人の周りで祥吾の両親と樹が俯いている。ドアが開く音で3人がこちらを向く。


「舞ちゃん・・・」


「嘘・・・祥吾さん?死んじゃったの?嫌だ、嫌だ、いやー」

私は膝から崩れて地面に膝を着く。


 それと同時にパチッパチッと部屋の蛍光管が瞬くと一面は暗闇に包まれた。枕元にあった蠟燭ろうそくの火も消えている。そして直ぐあかりがつき、蝋燭の火も燃えている。


 しかし、そこにあるはずのものが消えていた。遺体だ。


「えっ・・・」

動転していた頭がさらに動転する。


 その後、どこを探してもいくら待っても遺体は戻ってこなかった。死亡診断書が出されているので遺体が無くても葬儀は粛々と進められていく。初7日が過ぎた頃、祥吾の母が私達の家を訪れた。


「舞ちゃん、ごはん食べられてる?簡単なものだけど作ってきたの食べて」

祥吾の母はタッパを置くと「それじゃあね」と言って帰っていった。


 私の心は祥吾に会う前のように冷え切っていた。むしろ暖かさを知ってしまったが故に冷たさを強く感じる。何もする気が起きなかった。死んだと言われても死に顔さえ見ていない。悲しむことすらできない。祥吾がいないという寂しさだけが残っている。


 無限とも思える長い半年が経ち少しだけ食欲が出てきた頃だ。自分も悲しいだろうに甲斐甲斐しく私の事を気にかけてくれる祥吾の母は祥吾が使っていたカバンから何かを取り出した。


「これ、祥吾が事故の前にお店に取りに行ってたみたいなの」


 そう言って取り出したのは2人で選んだ結婚指輪だった。


「あ、ありがとうございます」

そう言ってほほ笑んでみた。


「舞ちゃん・・・」

祥吾の母は泣きながら私を抱きしめた。


 そんな礼を言っただけで大げさなとも思ったが、考え直すと半年の間、私は一言も言葉を発していなかったことに気が付いた。


 こんな優しい人に迷惑をかけてはいけない。それからの私はなるべく平静を装って過ごすようになった。以前の会社は無断欠勤で退職していたが、何とか無理せず働ける場所として現在のレストランを選んだ。実際は祥吾が受取人を私の名義にしてかけていた多額の保険金があり、団信保険でローン返済しなくても良い新築のマンションを『祥吾の意志だから』と財産の全てを半ば祥吾の両親から押し付けられように受け取っていたので、働かなくても何不自由なく生活できるのだが、暇を持て余すとまた廃人のようになってしまいそうで怖かった。


 そうして現在、私は既婚者の振りをして祥吾の買ってくれた結婚指輪を左手の薬指にはめてレストランで働いている。

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