第1話【呪いのビデオ】2
次の日、私は少し眠い目をこすりながら大学の講義を終えバイト先に向かう。裏口から店内に入ると大柄で少しお腹の出た男性がいた。
スーパーバイザーの谷川さんだ。
「おはようございます。あの店長は?」
私は辺りを見回して訊いてみた。
「おはよう木花ちゃん。佐藤だけど・・・体調が悪いらしくてね。代打で僕が来たんだよ」
「そうなんですか・・・」
午後のシフトでバイトを終えた私は佐々木のいるキッチンへ向かった。
「ねぇねぇ、店長って今日具合悪いんだって?」
私は佐々木に話しかけた。
「らしいな・・・30連勤なんてするからだよ。あの死んだ魚のような目をみたら飲食に就職するのは地獄だってわかるね」
佐々木は冗談交じりに言った。
翌日、私はまたいつも通り大学へ行く。
「咲耶はもう履修決まった?」
隣に座っている瞳が尋ねてきた。
「うん。経済学と心理学くらいかな」
私がこの2つの科目を選んだのは特に興味があるわけではないが単位取得には欠かせないからだ。
「そっかー。私も似たような感じだよ。あとは第二外国語だよね~」
瞳はそう言って大きく伸びをした。
「それより、店長大丈夫かな?熱が出てても来るような人なのに」
私は普段は元気・・・では無いにしろ仕事を休まない店長が休んだことが心配になった。
「どうだろうね。今日は早く終わるみたいだし顔出してみようかな」
瞳はB5用紙に印刷されたシフト表を確認しながら言った。
「そうしようよ!」
夕方になり私たちはバイト先へ向かう。すると出勤してきた佐々木と遭遇した。
「どうしたんだよ、お前ら?」
「今日のバイト早く終わるって聞いてたから店長に差し入れしようと思ってさ」
瞳は両手にコンビニ袋を広げスポーツドリンクとゼリー飲料などが入っているのを見せた。
「いい奴らだな、お前ら。店長もきっと喜ぶぜ」
佐々木は優しい笑顔で言った。
バイトが始まる時間となり、私たちはキッチン側にある従業員出入口から店内へと入る。そこでホールスタッフの長谷川さんに声をかけられた。長谷川さんは週3日ほど働いている30代前半の既婚女性だ。
実年齢を知らなければ20代前半で通るほど若く見えて、モデルのようなスタイルの美人。私たち女性陣はいつも『あんな30代になりたい』と密かに憧れ、男性陣は『旦那さんが羨ましい』と言っている。
「咲耶ちゃん瞳ちゃん、今日は早いのね」
長谷川さんは優しい笑顔で言った。
「今日は早く終わるので、店長のお家に差し入れを持って行こうと思って。コンビニに寄るので早く学校を出たら早く着いちゃいました」
私は微笑みながら答えた。
「今日も店長、休みよね。最近は連勤続きで辛そうだったものね」
長谷川さんは少し考え込んでから続ける。
「私も同じ退勤時間だし、一緒に店長の所へ行きましょうか?」
「ありがとうございます」
瞳は頭を下げた。
いつもの様にそれなりの数のお客さんが来たが、1つ年上の女子大生でホールスタッフの岩崎さんを中心に店長の休んだ穴を埋めて何とか店を回していく。
そうこうして内に退勤時間となり私たちは急いで着替え支度をする。
他の従業員たちが「お疲れ様、店長によろしく」等と言いながら見送ってくれた。
「さて行くか。確か店長の家はこの近くでしたよね?」
瞳は周囲を見渡しながら言った。
「そうね。店長に住所聞いてるから案内するよ」
長谷川さんが先導する形で歩き出した。
数分後、私たちはアパートの一室に到着した。インターホンを押すとドアスコープから外を咳き込むような音が聞こえてからドアが開いた。
「仕事休んで迷惑かけてごめんね。それに差入まで・・・。ところで・・・あのビデオの事なんだけど・・・」
佐藤店長が苦しそうな顔をしながら話し始めた。
「君らを返した後、実は見ちゃったんだよ。あのビデオ。前に映画でやってた、見たら呪われるビデオみたいで面白そうだと思ってさ」
彼は少し恥ずかしそうに頭を掻きながら続けた。
「で、見てから今日が4日目なんだ。なんだかすごく調子悪くてさ。俺ってもう死ぬのかなぁ?」
店長は自嘲気味に笑った。
「佐々木君が持って来たビデオですよ?偽物に決まってますって。それに私達も見たけどピンピンしてますよ」
瞳が励ますように肩を叩いた。
「ビデオが関係してるかは分からないけど、体調が悪いなら病院に行った方が良いと思うよ」
長谷川さんが冷静に提案した。
「そうですね。明日病院行ってみます」
店長は頷いた。その顔色は本当に悪そうで心配になる。
翌朝大学に向かう途中で瞳からメールが届いた。
『店長今日も来ないって連絡があったみたいだよ』
『大丈夫かな?また店長の家に行ってみようよ』
私は少し迷惑かなとも思ったが1人暮らしの店長が心配なのでそう提案した。
夕方、大学での講義を終えて、瞳とともに店長のアパートを訪ねた。インターホンを鳴らすが反応がない。ドアノブを回してみると鍵がかかっていないようだった。
少し迷った末ドアを開けると部屋の中には誰もいないようだ。
「もしかして病院行けずに倒れてたりしないよね?」
瞳が不安げな声で言った。
その時テーブルの上にあるものが目に入った。それは例の『見たら死ぬ』と血のような文字で書かれたテープだ。
「これって例の『呪いのビデオ』じゃない?」
瞳は声を震わせながら呟いた。
「触っちゃダメだよ!」
私は瞳に向かい大きな声で言ったが、瞳はケースを開けてしまう。
「ちょっと!ダメだって!」
私が止めようとするが間に合わなかった。
「あれ?」
ケースの中身は空っぽだった。本体のビデオがなくなっているのだ。
その瞬間、壁際のテレビの下のビデオデッキがカタカタと音を立てた。背筋にゾッとした寒気が走る。
「何これ・・」
窓も開いていないのに冷たい風が吹き込んで、部屋全体が異常に暗くなったように感じる。
「咲耶!出よう!」
瞳は私の手を取り部屋を飛び出した。アパートの廊下に出た瞬間大きな物音が聞こえた。
「何いまの音!?」
私は耳を塞ぐようにして叫ぶ。
振り返ると部屋の中から黒い影のようなものがゆっくりとこちらに向かって来るのが見えた。それは人型に見えるが明らかに人ではない。
とにかく全力でマンションから逃げた。元陸上選手の瞳に手を引かれ、転びそうながらも息を切らせて、ようやく店の灯が見える場所までたどり着いた。
「どうしたらいいのかな?瞳ちゃん」
私は涙目で尋ねる。
「店長は居なかったみたいだけど、大丈夫だよね?」
不安が募り泣きそうになる。
「落ち着いて咲耶。とりあえず長谷川さんに連絡してみよう」
瞳は携帯を取り出し真剣な表情で言った。
「もしもし長谷川さん。実は・・・」
事情を説明する瞳の横で私は震えていた。
『そうなんだ・・・そんなことが・・・私の知り合いの人が探偵事務所をやってるの。そこで一度相談してみましょう』
「え?探偵」
瞳は困惑している様子だった。
『その人は色々な不思議なことも解決しているし、話してみましょう』
長谷川さんは穏やかな声で言う。
「わかりました。お願いします」
瞳は礼を言い電話を切った。
しばらくして、私たちは長谷川さんと合流すると。待ち合わせ場所に指定された24時間営業の喫茶店に向かった。
そこには、スーツ姿で長身長髪な20代中頃の男性と、大き目なパーカーとじゃらじゃらと数珠のようなネックレスとブレスレットをした私と同い年くらいの金髪の男の人が待っていた。
「ごめんなさいね。忙しいのに」
長谷川さんが申し訳なさそうに頭を下げた。
スーツの男性はにっこりと微笑んで名刺を差し出した
「いや全然問題ありませんよ。ボクは探偵をやってる小早川 樹と言います。こっちは助手で従弟の橘 ち・・・」
言い終わる前に金髪の男性が話に割って入った。
「せんしゅうだ。た・ち・ば・な せ・ん・し・ゅ・う」
小早川さんは笑いながら話を進める。
「まず初めに、今回の依頼は完全に無料ですので気になさらず。子供の頃からお世話になってる長谷川さんの頼みですし」
「いいんですか・・・それなら助かります。それで私たちの知人が呪われているかもしれなくて」
瞳は真剣な眼差しで説明し始めた。
小早川さんと橘さんは黙って話を聞いてくれている。彼らの様子からは余裕さえ感じられた。
「なるほど。呪いのビデオですか」
小早川さんが少し考える素振りを見せる。
「信じていただけるんですか?」
瞳が不安そうに尋ねた。
「もちろんですよ。我々は様々な怪奇現象の調査も行っています」
小早川さんは自信ありげに言った。
「それで店長さんは今どこに?」
橘さんが質問する。
見た目の印象とは違いしっかりとした口調だった。
「それがわからないんです。家の扉は鍵がかかってませんでしたが中にはいませんでした」
私は状況を説明した。
「そうですか・・・まずは現場を見てみる必要がありそうですね」
小早川さんが立ち上がる。




