第5話【冥府へ渡るもの】3
数日後、再びあの男性が来店した。
「舞ちゃん、あのお客さん来てるよ。早くオーダー取りに行って」
女性スタッフはニコニコしながら軽く私の背中を叩く。
なるべくあの男性とは距離を置こうと考えていたので『迷惑だな』と思ったが、男性の元への歩みは何故だが軽やかだ。
「こ、こちらお冷です。ご、ご注文はお決まりでしょうか・・・」
手が震えてお冷の水が波打っていたが何とか男性の前に置くことができた。声も上ずっていたと思う。
「あっ、親切な店員さん。この前は傘助かったよ。傘を返すついでに寄ってみたよ。注文はホットコーヒーとティラミスね」
男性はほほ笑みながら言った。
「か、かしこまりました!」
私は顔が赤くなるのが分かり急いで厨房に戻るとカラカラの喉を潤すためコップに水を入れて飲み干し、急いでホットコーヒーとティラミスを準備して男性の元へ行く。
「こ、こちらホットコーヒーとティラミスになります」
お冷同様にコーヒーも波を打っている。
「ありがとう!」
男性は満面の笑みを返してきた。
女性スタッフが背中を軽く叩く衝撃でハッとする。気が付くと厨房の中に戻っていたようだ。
「その様子じゃホール作業は難しいかな。皿洗いお願いね」
私はボーっとする頭で皿洗いを行った。
男性はその後、週に何度か営業の休憩に店に寄るようになった。その都度女性スタッフは私に接客するように促してくる。そんな日々が4か月ほど続き、男性のお気に入りのケーキがティラミスから甘栗のモンブランに変わり、赤面せず世間話が出来るようになった頃のことである。
「舞ちゃん、あのお客さんデートに誘ってみたら?」
女性スタッフが唐突に言ってきた。
「いや・・・でも・・・」
私は混乱していたあの男性の事が好きなのは隠しようの無いことではあるが、好意を相手に直接伝えることには抵抗がある。もし拒絶されたらどうなってしまうのだろう。
「大丈夫だよ。舞ちゃんぐらいかわいい子なんてそうそういないんだから。そんな子にデートに誘われて喜ばない男はいないよ!」
何故か腕組みをしながら自身満々な様子で女性スタッフが言った。
「じゃあ、善は急げということで」
そそくさと女性スタッフはホールに向かい戻ってきた。
「あの男の人帰る所だったから外で待ってもらってるから、一緒に行こう」
そう言うと女性スタッフは私の手を引いて駆け足で店外に向かう。
男性は何だろうと不思議な顔で私と女性スタッフを見ている。私は意を決し手を体の前で組みながら男性に近づいていった。
「す、好きです!わ、私と、お付き合いして下さい!!」
えっ!?私は何を言っているんだろう。『デートをして下さい』と言うだけじゃなかったのか?混乱する頭で周囲を見渡すと男性も女性スタッフも驚いた顔で私を見ている。男性は表情を整え顎の下に手を当てて考えた後にこう言った。
「高校生とは男女のお付き合いは出来ないかな。だから・・・」
そこまで聞いて私は後ろを向いて走りだした。私は何を言っているんだ。いくらなんでも直球すぎる。断られて当たり前だ。
従業員控室でうずくまり泣いている私に女性スタッフは優しく声をかけ、肩に手を当てる。
「違うんだよ。舞ちゃん。話は最後まで聞かなきゃ。その後私が何で断ったのか問い詰めたら、『高校生には成人して働いている男性が大人に見えて憧れることもあると思う、その気持ちを利用して男女の交際をするのは彼女に対して不誠実だ。高校を卒業するまで本当の僕を見てから断して欲しい』だって、ずいぶん真面目な人だよね」
そう言って女性スタッフは私に名刺を渡す。
そこには会社名と会社の住所、電話番号、そして“小早川 祥吾”と彼の名前が書いてあった。名刺の裏に『説明不足でごめんね。嫌じゃなかったら電話して9時過ぎには居ると思うから』という文章と電話番号が書かれていた。
「私、振られてなかったんだ・・・」
立ち上がった私を女性スタッフが優しく抱きしめてくれた。
「さぁ、まだ仕事は終わって無いよ!!そんな泣き腫らした目で接客はできないから、皿洗い頼んだよ!」
そう元気よく言って女性スタッフは厨房の方へ歩いて行った。
私は振られたわけじゃないんだ。という安堵感もあったが、彼の誠実な考えを知ってさらに好きになった。フワフワした頭でアルバイトを終えて帰路に着く。施設から少し離れた公衆電話で祥吾の自宅に電話をかけるため100円を入れて震えた手で電話番号を押す。
プルルルルルッ、プルルルルルッ、プルッ
「もしもし、小早川です」
祥吾が電話に出た。
「あの・・・レストランのウエイトレスの・・・」
「あっ、舞さん?」
「えっ、何で名前・・・」
「詰め寄ってきたウエイトレスさんが『舞のどこがダメなんですか!!』って言ってたから。それにネームプレートに書いてるから前から知ってたよ」
「あはは・・・そうですよね。あの時はすいませんでした。話も聞かずに・・・」
「じゃあ、僕の事を知ってもらうためにまずデートをしよう」
嬉し過ぎて悲鳴を上げるのを我慢した。顔も熱くなり、喉もカラカラだ。
「ぜひ、お願いします」
「じゃあ待ち合わせは・・・」
その時は浮かれていて乙女として重大な問題がある事に気づいていなかった。その事はレストランの制服に着替えている時に気が付いた。
「あっ・・・」
「どうしたの舞ちゃん、青い顔して」
「あのお客さんにデートに誘って貰ったんですけど、私デートに着て行く服なんて持って無くて・・・」
私は高校の制服以外、ジャージと毛玉の付いた猫の刺繍が付いた部屋着のトレーナしか持っていない。誤解が無いように言うと施設からはきちんとお小遣いは貰っているが、一人暮らし資金として貯蓄していたので服を買うことに目が向かなかったのだ。
「そんなことなら大丈夫!ちょうど私と背丈が同じだからお気に入りを貸してあげるよ」
女性スタッフは腕組みをして胸を張っている。
私は行為に甘える事にした。貸して貰った服は赤いタートルネックのニットセーター、黒いフレアスカートだった。あと、バックや小物。それを着ると少しだけお姉さんになった気がして、女性スタッフも「少し大人っぽく見えるね。お化粧は当日してあげるから家においで」と言ってくれた。




