第5話【冥府へ渡るもの】2
私が祥吾と出会ったのは高校2年生の今日のような雨の日だった。高校を卒業したら就職して一人暮らしを始めたいと思っていた私は、今のレストンではないレストランでアルバイトをしていた。祥吾は雨の中ビジネスバックを傘代わりにしながら入店し席に案内され着席した。レストランはやはり客がまばらで祥吾以外の客は2組いるだけであった。
そんな中私の後ろから同僚の女性ホールスタッフ同士がヒソヒソと話した後、厨房に引っ込む。厨房の入口から女性スタッフの1人が私に向けて手招きをするので、『なんだろうか?』と思いながら私も厨房に入った。
「あのお客さんすごくカッコいいよね!!」
女性スタッフは興奮した様子で私に同意を求めた。
「はい・・・」
「という事で誰が接客するかジャンケンで決めます。最初はグージャンケンポン」
結果は私の勝ちだった。しかし、別に嬉しくなど無かった。むしろ同級生や上級生に告白されて断ると『孤児のくせに生意気だ』と言われたり、『売春している』と根も葉もない噂を流されたりで男性全体を嫌悪していた私は男性に近づくのさえ嫌だった。
そしてそれと同じくらい、恵まれた家庭で育ち遊び感覚でアルバイトをして色恋の話ばかりしている女性スタッフ達を軽蔑していた。
「こちらお冷になります。ご注文はお決まりですか?」
私は教えられている定型句を言って、男性の顔を見る。確かに整った顔をしているがそれだけでそれ以上の感情は沸かない。
「営業先から戻る時に急に雨に降られちゃって、傘も持ってなかったんだけど、近くにレストランがあって良かったよ。ホットコーヒーと甘い物・・・店員さんのおすすめは何?」
「それでしたら、ティラミスを注文されるお客様が多いですね。あと、傘がご入用でしたら貸出用の傘がございますので、お帰りの際にお声がけ下さい」
「貸出用の傘があるんだ、助かるよ。じゃあ、ティラミスでお願いします」
そう言うと男性は微笑んだ。その顔に少しドキリとしたが平静を装い注文を受ける。
厨房に戻ると女性スタッフがニコニコしながら声を掛けてくる。
「どうだった?カッコよかった?」
「はい・・・」
「えっ、舞ちゃんもそんな顔で笑うことあるんだね。あまり笑ってるの見たこと無いから・・・でもその方が可愛いよ!」
少し驚いた表情で女性スタッフが言う。
私は自分の顔に指を這わせると口角が上がっているのが分かった。そうか私は笑っていたんだ。
私はその事をごまかすように急いでティラミスを皿にのせてコーヒーを入れ、男性の席に小走りで持って行く。
「こちらホットコーヒーとティラミスになります」
私は無表情を心がけて商品を男性の前に並べる。
「うわぁ、美味しそう。成人男性がって変に思うかもしれけど、甘い物に目が無くてね」
男性は満面の笑みでティラミスを見ている。その笑顔が少年のようで可愛いなと思ったその時、私は顔が熱くなるのを感じてお辞儀をして急いで厨房に戻る。
「あれぇー舞ちゃん、そんな赤い顔して、あのお客さんのこと好きになっちゃった?」
女性スタッフは私の顔を覗き込みからかうように言った。
「いや、そんなことは・・・」
私は両手で赤い顔を覆いながらたどたどしく誤魔化す。
その後、恥ずかしくなってしまい、ホールには出ないで皿洗いをしていると、その間に男性は帰っていた。ホッとした半面なんだかがっかりした。
仕事が終わり施設に戻り就寝の準備をして床に就く。あの男性のティラミスを前にした満面の笑みが瞼に焼き付いて消えない。そして顔が熱い。
そうか、これが恋なんだ・・・
私が中学2年生の時に1度だけ施設に伯母を名乗る女性が私の面会に来たことがある。恐らく行政に言われてしぶしぶ来たのだろう。見たことも無い母の悪口や恨み事をたらふく愚痴って帰って行った。その愚痴の中で母は『悪い男にホイホイ付いて行く頭と股の緩い女』、『男に貢いで沢山の金を貸したけど返して貰ったことなど無い』と言われており、記憶に無い母は男と金にだらしない人らしかった。最後に『これだけ言っても謝りもしないし、表情も変えない。気持ちの悪い子だね』と捨て台詞とともに施設の職員に引きずられて行った。
面識の無い母の事で謝罪することも心を動かされる事もない。施設に入れた娘に1度も顔を見せない親なのだから碌な人間ではないのだろうと中学生にもなれば理解し諦めている。それに血の繋がりだけを見れば姉である伯母の方が濃いのではと思っていた。
この一件で私が強く思ったのは『母のようなだらしの無い人間にならない』、男性とは距離を置き、お金に困って誰かに借りるようなことはしない。自立した人間として1人で生きて行こう。ということだった。




