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第5話【冥府へ渡るもの】1

 私、長谷川 舞には隠し事がある。パート先のレストランでは既婚者として振舞っているが入籍した事実は無く、戸籍はまっさらだ。

“まっさら”というと『親がいるのでは?』と問われるかもしれないが、生物学上の親は当然いるが物心つく前に放置子として児童相談所に保護されてからは児童養護施設で育ったので“親”と言えるのは実母や実父よりも養護施設の職員の人たちだろう。まったく面識の無い両親は10数年前、戸籍を調べた際には両親共々が亡くなっていることがわかっている。

天気予報では今日は昼から雨のようだ。雨降りは私にとっては最高で最悪の日。少し憂鬱になる。


「おはようございます。長谷川さん!」

出勤した私に店長の佐藤が声を掛ける。佐藤はあの一件以来、残業を減らして定期的に休むようになったので顔色が良くなり少しだけ若返ったように見える。


「おはようございます。店長さん。すっかり元気になって時間に余裕が出来てきたなら、今度はお嫁さん探しね」


「いやぁ、そうなんですけどね。なかなか良い人がいなくて・・・長谷川さん誰か紹介してくださいよ」


「そうね・・・私の周りにはあまりいないかな」


「じゃあ、来週末に早上がりして合コンにでも参加しようかな」


「それがいいかもね」


 人は自由に出来る時間が増えると私生活も充実してくる。働くだけで精一杯だった佐藤が私生活を変えるために歩き出している様子が眩しく見えた。


 私が制服に着替えて従業員口から厨房に入ると厨房スタッフ達が開店の準備をしながら談笑している。軽く挨拶をして厨房スタッフの会話に聞き耳をたてる。


「姫がいないとモチベーション上んないっすよね。あの『オーダー入ります』って声が可愛いんですよ。料理名を噛んで照れてるのとかも最高ですよね」

佐々木は先輩の厨房スタッフにデレデレしながら話しかけている。


 “姫”というのは木花 咲耶の隠れファン(佐々木を中心とした厨房スタッフ)が咲耶の居ない時に密かに呼んでいる別名である。

 木花 咲耶という女の子を一言で説明すると、「とにかく可愛い子」だ。小柄で整った容姿や小動物の様に愛らしい仕草もあるが一番は“笑顔”である。分け隔てなく誰にでもいつでも笑顔で接する彼女がいるだけでそこが穏やかで明るい場所になる。それこそ、まるで桜の花が咲いているようだ。彼女が少し失敗してフォローした後に上目遣いで『ありがとうございました』と言われた時など、私は冷静ぶって『大丈夫よ』何て言っていたが、可愛すぎて抱きしめたいという欲望を押さえていたほどだ。

 本人は名前負けなんて言っているが名は体を表し桜の女神の名にピッタリの女の子だ。

 ここまで褒めちぎってしまうということは私も佐々木達と同じ隠れファンなのかもしれない。むしろ危うく手が出そうになった私の方が熱狂的なファンかもしれない。頻繁に抱き着いている石永がすごく羨ましい。流石に女性とはいえ30過ぎたおばさんに抱き着かれたら嫌だろうし、嫌われるのはごめんだ。彼女の前では素敵な大人の女性を演じなければいけない。これは二つ目の隠し事。探偵事務所に行く際に車の中でスンスンされても決してスンスンし返すことなどあってはならないのだ。。


「でも姫のバイト先の探偵事務所って石永の話だと所長も助手も超が付くほどのイケメンらしいんですよね・・・俺たちの姫が誰かの姫になるなんて考えたくないっすよ」

しょんぼりした顔で佐々木は語る。


「そんな気持ち悪い話してないで、もうすぐ開店なんだからサクサク準備しなさいよ」

ホールスタッフの岩崎が開店前のホールの点検を終えて戻ってきた。


「気持ち悪いって、姫がですか?それは聞き捨てならないですよ!!」

それは私も聞き捨てならない。


「そんな訳ないでしょ。気持ち悪いのはあんたよ。佐・々・木!!」

そう佐々木の言動が。


「ほんとバカなんだから。それに長谷川さん。見てたなら注意してくださいよ」


「ごめんなさい」

私と佐々木は同時に岩崎に頭を下げる。


 そうこうしている内に開店の時間となる。午後からの雨を警戒してか客足はまばらである。暇な佐々木はくだらないことを言って岩崎に怒られるそんないつも通りの昼下がりのことだった。


 ホールから窓の外を見ると雨が降り出しているのが見えた。雨は予報以上に振っているようですぐに店の前の道路に水たまりが出来て車が走る度に水しぶきが飛んでいる。そんな中で手持ちのビジネスバッグを傘代わりに頭に乗せて店に小走りで入ってくる男性の姿が見えた。店に入った男性はスーツに付いた雨を手で払っている。その姿を見た私から言葉が漏れる。


祥吾しょうごさん・・・」

その言葉とともに私の目から涙がこぼれた。


 涙とともに手に持っていたお盆が手から落ちて床に当たるトンという音でハッとして我に返る。よく見ると男性は長髪であり、短髪だった祥吾ではない。しかし、よく似ている。弟なのだから当たり前なのかもしれないのだけれども。入店してきた男性は小早川 樹、私の婚約者で13年前に死別した小早川 祥吾の弟だった。


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