第4話【犬神】8
本日の依頼でお留守番の私は凜さんが買ってきたお菓子を食べながら事務仕事をしていた。依頼の準備をしている小早川さんが横目でチラチラと買ってきたお菓子を見ていたので、凜さんが「いっちゃん達も食べなよ」と言うと「私は甘い物が苦手なんですけどね」と言いながら満面の笑みで小早川さんはお菓子を食べていた。大人の男性が甘い物が好きでも別に良いと思うのだけど・・・謎のこだわりだ。
そうこうしている内に夕方近くになり、小早川さんと橘くんはタクシーに乗り依頼者宅へ向かった。
以下は後日、小早川さんから聞いた内容となる。
錦川さんのお宅に着いた2人はまず娘さんの部屋に向かった。娘さんは見える所だけでも沢山の絆創膏やカーゼが張られて痛々しい様子だったそうだ。小早川さんが話しかけると暗い表情ながらはっきりとした受け答えが出来ていたが、後から来た橘くんを見ると「怖い、怖い」と言って布団に包まってしまったという。錦川さん夫婦に訝しんだ目で見られた橘くんは「“犬神”を3発ほど小突いたからですかね」と言っていたそうだが、小突いた程度で“ドゴン”なんて音は出ないと思うけど・・・
“犬神”を監視するため橘くんと奥さんは娘さんの部屋の外で待機し、小早川さんと旦那さんは厨子と割れた壺のあった床下へ向かった。
床下は旦那さんが言っていた通りで天井が高く長身の小早川さんでも頭を少し下げれば歩けるほどだったそうだ。床下の奥へ向かうと年季の入った厨子と割れた壺があり、幸いな事に壺の中身が散乱しているような事は無く、すぐに新しい壺に中身を移せたという。中身というのは予測通り犬と思われる動物の骨で古い物だからか少し液状化していたそうだ。
中身を入れた新しい壺に蓋をしないで厨子に納め、お供えとして生米、酒、水を置いて祝詞を唱える。すると、娘さんの部屋の内側からカリカリと小さくドアを引っ掻く音が聞こえたそうで、橘くんがドアを少し開けるとドアの隙間から黒いイタチのような物が下階に向かって走って行ったそうだ。祝詞の途中で壺の中に“犬神”が入っていくのが見えた小早川さんは祝詞を唱え終わると、壺に蓋をしてお札を張ったということだ。
正気に戻った娘さんに小早川さんが事のあらましを説明し、何か心当たりが無いか訊くと、泣きながら「由依ちゃんとの話を聞いていたクラスメイトの田中さんという女の子に『じゃあ、呪っちゃえば良いのに』と言われ、お祖父ちゃんから『絶対に行ってはいけないが、犬神持ちの家の者として方法だけは知っておく必要があるので教える』と言われた呪いの方法を使ってしまった」、「私の言ってる事を信じない由依ちゃんに信じてもらうために、犬神に『小林由依を驚かせて来い』と命令して蓋を開けたら、黒いイタチが飛び出してきて驚いた拍子に壺を落として割ってしまった」、「壺を割ったことが怖くなってそれ以来床下には行けず、呪いのせいで由依ちゃんが学校に来なくなってしまったのが怖くなって、誰にも言い出せずにいた」との事だという。
もし娘さんが“犬神”に願ったことが『怪我をさせろ』や『殺せ』であったなら由依ちゃんはもうこの世にいなかったかも知れない事や、“犬神”に憑依された状態が長く続いていたら精気を吸い取られて最悪死んでしまった可能性もあった事を、娘さん本人とご両親に伝えると3人とも顔を青くして必死に謝罪されたという。「謝罪する相手は我々では無いので」と両家が檀家である琴教寺の住職さんに同行してもらい謝罪と小林家への依頼料や窓ガラスの修理代などの弁償の話し合いを行う事を提案したそうだ。
最後に“犬神”にはお供えを毎日して、呪いではなく屋敷神として祀って家を守ってくれている感謝を伝えて欲しいと話したそうだ。
“犬神”の本当の気持ちは分からないが私が想像するに、供物はおろか顔も見せない飼い主がふらっと来て、「あいつを脅かしてこい」と命令してきた。久しぶりに飼い主が顔を見せてくれたのが嬉しくて命令に従っていたら、やたらと強い人間にボコボコにされて半死半生で帰ると家である壺が割られていて流石に怒った“犬神”が飼い主に憑依した。ということなのだろう。私なら供物もくれない顔も見せない飼い主のいう事なんて聞かないだろうな、などと考えていた。
「これで一件落着・・・と言いたいのですが、1つだけ不可解な事がありまして」
小早川さんは神妙な面持ちで語った。
「“田中さん”ですか?由依ちゃんの話では一緒に『気味が悪い』と言っているのに錦川さんの娘さんには『呪っちゃえばいいのに』って言っていて。そもそも一緒に悪口を言ってきた人の話を聞くのも変ですし」
「そうです。そこで錦川さんの娘さんに悪口を言われた場面に“田中さん”が居たのか訊くと・・・いなかったそうです。念のため錦川さんの娘さんにクラス名簿を見せてもらったのですが、“田中”という女子生徒は2人のクラスには居ませんでした。2人が嘘をついてたと言えばそれまでですが、そんな風には見えなかったんですよね・・・」
小早川さんは顎に手を置き考えている。
“田中さん”は居たのか居ないのか、なんだかモヤモヤする依頼の終わり方となってしまった。




