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第4話【犬神】5

 ついに“犬”は家の前まで来たようだ。『ヴーっ、ヴーっ』と低く唸り声が聞こえかと思うと、『ドゴン!!』と車が衝突したような大きな音がする。『キャン!』と大きく吠えると、『キャンキャンキャンキャン』と鳴き声は遠ざかっていく。


「橘くんが追い払ってくれたみたいだね」

そう言って私は由依ちゃんの顔を見た。


「もう大丈夫なんですかね?」

震えながら由依ちゃんが尋ねてくる。


 間もなくして、少し遠くの方から『ワンワン』と吠えながら近づいてくる音が聞こえる。なぜか、先ほどまでと違い音は真横より少し上の方からだ。そうしている内に音が近づき『ガチャン』と窓ガラスを割り大きな黒い犬が目の前に現れた。突然の出来事に私と由依ちゃんは固まってしまう。


 犬は『ヴーっ、ヴーっ』と唸り、牙をむき出しにして口からは涎が垂れている。身を屈め今にも飛び掛かってくる様子だ。


「来ないで!!」

私は左腕で由依ちゃんを守り、右手を広げて犬のいる前方に突き出しながら、今出る目いっぱいの声で叫ぶ。


 その瞬間、胸に下げた勾玉がじんわりと熱を持ったかと思うと、広げた右の手の平から桜の花びらが次々と出てくる。花びらはふわりと舞うと炎を纏い次々と燃えていく。炎は天井まで届きベッドを囲んだが、不思議なことに燃え広がるどころか物が焦げる匂いも無い。むしろ桜の良い匂いがする。


 犬は何度も後ろ足で床を蹴ろうとしているが、炎の壁に躊躇している様子だ。私はあまりの展開に気が動転していたが、由依ちゃんだけども守らないとという思いで一杯だった。

犬と炎の壁越し睨みあう時間は一瞬であったが体感時間では15分くらいに感じた。一瞬であった理由は誰かが階段を勢いよく駆け上ってきたからだ。


「大丈夫か!!木花!!えっ、何だ?」

勢いよくドアを開けて橘くんが現れ、天井に届く炎の壁を見て驚いている。


 犬は体の向きを変えて低く屈んで橘くんに飛び掛かる。


「破ぁーっ!!破ぁ!!」


 橘くんは飛び掛かってくる犬を左手で瓦でも割るように地面にたたきつけ、跳ね上がった犬の腹部に右手で正拳突きを叩きこむ。その際に犬の体の大きさが一撃入る度に小さくなり正拳突きを受け、窓から外に吹き飛ばされていく姿はフェレット程度の大きさになっていた。


 犬が室内から消えて気が付くと燃え殻一つ残さず炎の壁は消えていた。それよりも気になることが私にはあった。


「橘くん!!今のって瓦割り崩拳だよね!!」

瓦割り崩拳とは格闘ゲーム『鉄拳』のポールフェニックスが出す技である。私が田舎にいる時に弟とよくやっていたゲームの技が目の前でとてもキレのある動きで再現されたのでとても興奮していた。


「道場で練習してて・・・って、そんな事よりあの炎は何だったんだ?」

橘くんにそう言われ正気に戻る。左にいる由依ちゃんと橘くんを追いかけてきた小早川さんが呆れた顔で私を見ている。


「たぶんだけど、ご加護かな?右手の手の平から桜の花びらが出て気が付いた炎の壁になってたんだけど」

あれは不思議な感覚だった。勾玉の暖かさが胸から腕を通り手の平から出ていく感じ、嫌な感じは全くなくて少し心地良い。


「すいませんが由依さんは桜の花びらや炎が見えましたか?

小早川さんが由依ちゃんに訊ねる。


「はい、見えました」

由依ちゃんは大きく頷いた。


「そうですか、由依さんがこの件を通して見える側になった可能性はありますが、そうでなければ実体があったということで・・・」

小早川さんは小声でつぶやきながら顎に手を当てて何か考え事をしているようだ。


「じゃあさっき祝詞の後で言ってたことは嘘じゃなかったんだな」

橘くんは気まずそうな顔をしている。


「嘘じゃないって言ったよね」

私が真顔で言うと、橘くんはまた目を反らした。


「ところで小早川さん、犬はどうなったんでしょうか?」

私は様子を見にきた小林さん夫婦に目配せしながら訊ねた。


「皆さんの話を聞く限りでは橘くんから三発も破邪の拳を受けながら存在できていること、最後に見せた姿が伝承にある“犬神”に近いので、やはり“犬神”であったと断定できます。消滅していなくても、かなりの力を失っていると考えられるので飼い主である“犬神持ち”の所へ帰ったのではないでしょうか。しばらくは心配いらないと思いますが、何かありましたらすぐに連絡を下さい」


 朝まで念のため様子を見てから私たちはタクシーで帰宅する。道中、小早川さんに小さくても良いので神棚を購入して咲耶姫様にご加護のお礼をすることを勧められた。咲耶姫様のお札と神棚は小早川さんが懇意にしている神具店で用意して下さるようだ。それにしても今日は色々な事があって疲れたので早くベッドに横になりたい。


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