第4話【犬神】3
待ち合わせ場所のJR琴似駅へはタクシーで向かい、依頼人の小林さんを乗せてから小林宅へ向かう。そこでふと事務所所有の黒色のセダンがあるのになぜ使わないのか気になり尋ねてみた。
「尾行や張り込みに使いますから、依頼者さんであっても車のナンバーや車種を覚えられるとまずいんですよ。車種は販売台数が多い物、色は黒を選んで購入しています。そういった事もあって事務所の横に月極駐車場があるのに少し離れた所に駐車場を借りています。面倒に思う事もありますがこの業種では仕方のない事ですね」
ドラマの探偵さんは普段見ないようなカッコいい外車を乗っていることが多いのに、小早川さんには似合わない地味でおじさんくさい車なのはそういった理由があったのかと感心しているとタクシーが到着したようだ。
「さぁ、乗り込みますよ」
小早川さんの掛け声とともにスポーツバックをトランクにいれ、橘くんは助手席へ、後部座席運転席側に私、最後に小早川さんが乗り込む。
一番安全な席は運転席の後ろだと聞いたことがあり、そこに自然に誘導してくれる小早川さんの気遣いは流石、元ホストだなと思った。スマートなレディファーストは女の子なら誰でもキュンとするものだ。私じゃなきゃ惚れていたね。
タクシーはJR琴似駅に向かい走り出す。私は1年半札幌市に住んでいるが琴似のある西区へは行ったことが無い。というか、大学がある厚別区、元バイト先のレストランのある白石区、あとは瞳達と買い物や遊びに札幌駅や大通りへ行くくらいで、同じ中央区でも円山へは探偵事務所に来るまで行ったことがなかった。この依頼に同行し、行った事のない場所へ行く。自分の世界が広がっていくようで、困っている依頼者さんがいるのに不謹慎ではないかと思いながらもワクワクしていた。橘くんはその間、凜さんにされた最近の仕打ちを樹さんに愚痴っている。
地下鉄で行くと6分程度の距離ではあるが、タクシーでは信号待ちもあり20分程度の時間がかかる。それでも外を見ているとアッという間にJR琴似駅へ到着した。
道中で小早川さんが電話で詳細な待ち合わせ場所の打合せを行っていた事もあり、すぐに小林さんを見つけると「止まって下さい」とタクシーの運転手さんにお願いして、小早川さんは降車し少し小林さんと話をしてから再び乗車した。
「小林さんの説明がお上手だったので、すぐに合流することができました。ありがとうございます。こちら助手の橘と木花です」
私と橘くんは軽く会釈をする。
「それではご自宅に向かいましょう。申し訳ありませんが小林さん、運転手さんに道案内をお願いします」
そう言われた小林さんは自宅の住所を運転手さんに伝え、タクシーは走り出す。
タクシーが小林さんの自宅に着いた頃には日が傾き始めていた。日が沈む前に小林さんの指示のもと対“犬”の準備を始める。小早川さんは北東の方角から自宅敷地の四角、玄関前に日本酒を撒き、盛り塩を行う。私と橘くんはフクロウの爪に紐を通した物を玄関と1階の全ての窓に吊るす。
道具を準備する際に小早川さんになぜフクロウの爪と置物が必要なのか質問してみると『犬神が一番嫌うのがフクロウで、フクロウは犬神を捕って食べると信じられているようです』とのことであった。
「屋外での準備はこれくらいですね。それではお宅の中にお邪魔しましょう」
小林さんの案内の元でリビングに通される。そこには40代中頃の女性と“犬”の標的になっていると言われている中学生の少女がいた。二人とも目の下の隈が痛々しく、不安そうな表情をしている。
「妻の貴子と娘の由依です」
そう言われた二人は軽く会釈する。
「初めまして小早川探偵事務所所長の小早川です。こちらは助手の橘と木花です。ご依頼を解決出来るよう尽力させていただきますのでよろしくお願いいたします」
私たちも軽く会釈する。
「それでは屋内の準備を行いましょう。橘くん、木花さん、四方と玄関の盛塩と由依さんの部屋のドアにフクロウの爪と置物をお願いします。着替えを行いたいのでトイレをお借りしてもよろしいですか?」
「お着替えならこちらで」
貴子さんが和室の襖を空けて小早川さんを案内する。
私と橘くんは小早川さんの指示通りに準備を行いリビングに戻ると、薄い黄色の袴と白衣を着て、烏帽子を被った小早川さんが居た。後で聞いた話だが、小早川さんは大学生時に清祓協会に所属している神社に勤務しており、神職講習を受けていて下位の階位を持っているということだった。
「お宅に神棚があって良かったです。これから私が大祓詞という祝詞を唱えますので、少しの間正座、低頭でお聞き下さい」
小早川さんは神棚の前で正座をして紙を広げる。小林さん家族が小早川さんの後ろに座り、私と橘くんはその後ろに座る。
「大祓詞
高天原に神留り坐す 皇親神漏岐 神漏美の命以ちて 八百よろづの神等を神集へに集へ賜ひ 神議りに議り賜ひて 我が皇御孫命は とよあしはらのみづほのくにを 安國とたひらけく知ろしめせと 事依さし奉りき 此く依さし奉りし國中にあらぶる神等をば 神問はしに問はし賜ひ 神掃ひに掃ひ賜ひて 語問ひし磐根 樹根立 くさのかきはをも語止めて 天の磐座放ち 天の八重雲を 伊頭の千別きに千別きて・・・
此く佐須良ひ失ひてば 罪と云ふ罪は在らじと 祓へ給ひ清め給ふ事を 天つ神 國つ神 八百よろづの神等共に 聞こしめせと白す」
小早川さんは祝詞を唱え終わり低頭する。それに続き頭を下げて目を閉じる。
「よい祝詞であった。これで少しだけ干渉できる。愛し子よ、我が加護を受け取るがよい」
頭の上の方から誰かの声が聞こえた。優しくて暖かい春の風のような声、できる事ならずつと聞いていたいような・・・




