第拾壱話『本能寺 最期の伽』 織田信長 × 森蘭丸
【今回の戦国マンは、この二人!】
織田信長
日本の軍事・政治・文化に革新を齎した戦国時代の
革命児にして英雄。桶狭間で今川義元を撃破すると、
破竹の勢いで美濃斎藤家を滅ぼし、本拠を尾張から
岐阜へ移す。朝倉・浅井・六角ら近江勢を立て続け
に平らげ、さらに勢力を拡大、ついには十五代将軍
足利義昭を京から追放して室町幕府を滅ぼす。十年
に及ぶ石山本願寺との戦いをも制し、甲斐の武田も
滅ぼして、いよいよ天下に手が届きかけた天正十年
六月、織田軍団 筆頭の明智光秀に謀反を起こされ、
本能寺にて自刃。享年 49。
森蘭丸
浅井/朝倉との宇佐山城の戦いで討死した織田家の
重臣・森可成の三男。蘭丸は通称で、本名は森成利。
小姓として信長から格別の寵愛を受け、元服の年齢
を迎えても信長は蘭丸に前髪を下ろすことを許さず、
衣服も童形のままとした。本能寺の変では最期まで
信長の傍を離れず、十八歳の若さで殉死した。
本能寺の変
天正10年( 1582年)6月2 日早朝、中国に遠征中の
秀吉の援軍に向かうため、山城国(京都)本能寺に
宿泊していた信長に対して明智光秀が謀反を起こし、
大軍で本能寺を攻囲奇襲、僅かばかりの供回りしか
率いていなかった信長を自刃に追い込んだ。信長は
水色桔梗の旗印から、謀反人が光秀であると知ると
「是非に及ばず」と言い残して弓を取り、御殿の表で
戦った。弓の弦が切れると、今度は槍に持ち替えて、
何人もの敵を突き伏せたが、やがて肘に傷を負うと、
付き従っていた長谷川宗仁と女房衆に逃げるように
指示、御殿の奥の納戸に籠もり、同行した森蘭丸に
火を放たせ、自刃したと謂われる。
「ちょっと、朝早くから何……金柑頭が謀反? やだ~!」
天正拾年水無月二日。山城国。本能寺。
水色桔梗の定紋を染め抜いた明智の旗印が、本能寺
の庭に居並び、揺れている。其処彼処から火の手が
上がり、激しい丁々発止と喊声、怒声、銃声、悲鳴。
固く扉を閉ざした本堂奥御殿の暗がりの中、燭台の
幽かな灯に照らされながら、織田信長が、森蘭丸の
傷の手当てをしている。
「お蘭…… 痛むか?」
「何のこれしき! 掠り傷にございます。上様こそ、
肘のお傷は……?」
「捨ておけ…… 味方は?」
「御意。小姓から、厩中間※に至るまで、怯むことなく
刀槍を手に敵に立ち向かいましたが、如何せん多勢
に無勢…… 奮戦虚しく、悉くが討ち取られました」
「…… 力と、坊も、か?」
「御意 ……わが弟、力丸、坊丸※…… 両名共、総身に
深手を負い、これ以上は上様のお役に立てぬと悟り、
敵に首を授ける前に、自刃して果てました」
「で、あるか…… わしのために、よう戦うてくれた」
「かくなる上は、何としても蘭が血路を開きまする。
上様は、お逃げくださりますよう!」
「是非に及ばず。周到な光秀のことだ。すでに一万の
大軍を門外の四方に配し、蟻一匹も逃がさぬ陣容で
取り囲んでおろう。いっかな、逃げられはせぬ」
「されど……!」
「是非もなし、お蘭。滅せぬものの、在るべきか…… 」
「上様 ……」
「それにしても、融通の利かぬ金柑頭※が、斯様な迄に
首尾よう、してのけるとはな。不覚であった」
「げに、思いもよらぬことにございました。まさかに
惟任※殿が、謀反とは…… 」
「あるいは、何者かに唆されたものか?」
「上様…… 左様なことが ……?」
「朝廷、足利公方、石山本願寺の坊主、四国の蝙蝠……
ことによると、猿かも知れぬ」
「そんな…… 羽柴殿が!?」
「第六天魔王には敵が多い…… 外にも、内にもな」
「いかさま…… されど、蘭には、俄かに信じ難き仕儀
にございまする」
「最早、確かめる術とて、ありはせぬ。それに ……」
「それに ……何でございましょう?」
「もそっと、下らぬ事が、切欠であったやも知れぬ」
「…… はて、下らぬ事とは?」
「例えば、お蘭に、鉄扇※で頭を打ち据えられた事を、
恨みに思うたものか。地肌に鉄扇は、確かに痛い」
「え? いやしかし、あれは…… 上様が蘭に、打てと
厳しくお命じになられた故、やむなく…… 」
「然り。されどわしは、何も肌が裂け、血が流れる程
に強う打てとは、申しておらぬぞ?」
「そんな…… では、此度の謀反は、蘭のせいであった
と申されますか?」
「分からぬ…… 分からぬがしかし、お蘭がいま少しの
手加減をしておれば、光秀も、ここまでの乱心は…… 」
「むう…… 御意。畏まりました。では、蘭はこれより、
惟任殿に面会を申し出て、真摯にお詫びを…… 」
「ははは、お蘭! 真に受けるな。戯言よ、戯言!」
「う、上様!」
「いくら光秀とて、さまでに狭量ではあるまい」
「上様! 斯かる折に、お戯れが過ぎましょう!」
「気散じに、お蘭の百面相が見たかった。許せ、許せ」
「し ……知りませぬ!」
「それ、その顔 ……その、子供のような、膨れっ面よ!
お蘭は、まこと、愛いやつじゃ」
「もう ……揶揄わないでくださいまし!」
「ふふ ……さて、お蘭よ」
「知りませぬ!」
「お蘭、わしを見よ」
「え……? ……あ、はい……何でございましょう?」
「これまで、信長に、よう仕えてくれた。礼を申す」
「上様…… ?」
「武運拙く、斯様な仕儀に至り、我が天命も尽きよう
としておる」
「さ、左様なことはございませぬ! 死中に生ありと
申すではございませぬか!」
「否、今さら足掻いても、始まらぬ。程なく、光秀の
手の者が、この奥御殿まで、押し入ってまいろう」
「望むところ!刀折れ、矢尽きるまで、上様をお守り
申し上げてみせまする!」
「…… お蘭」
「は!」
「逃げよ」
「な…… 何を仰せにございます?」
「光秀は、融通は利かぬが、情理は弁えた性分なれば、
無闇に、女子供は殺さぬ。宗仁※が、稚児と女房衆を
とりまとめ、境内から逃れ出る。されば、お蘭も、
衣を女物に召し変え、市女笠※にて顔を隠し、女共に
紛れて、本能寺を去れ」
「う、上様…… 」
「お蘭の容色なれば、口さえ利かねば、よもや男とは
思われぬ筈…… 疾く京を逃れ、三河の徳川殿を頼れ。
何、無碍にはされまい」
「お、畏れながら、主君を見捨て臣下が落ち延びるは、
君臣の道に悖る恥ずべき振舞い…… 森成利蘭丸、
この身が朽ち果てるまで、上様のお側にてお仕えを…… 」
「ならぬ。既に、力と坊が死んだ。この上、お蘭まで
死なせては、信長、泉下で可成※に、顔向けができぬ」
「上様を見捨て、むざむざと落ち延びては、蘭丸こそ
亡き父に叱られてしまいまする! どうかお許しを!」
「ならぬ。もう、決めたことだ」
「上様、上様……! 蘭の、切なる願いにございます!
枉げて、枉げて、お聞き届けの程を ……!」
「ええい、しつこい!」
信長が蘭丸を突き飛ばす。
「うっ!」
「聞き分けよ。わしは、お蘭を死なせとうはないのだ」
「上様…… されば、是非もございませぬ」
蘭丸が脇差を抜く。
「待て…… 何のつもりだ?」
「いっかなお聞き届け戴けぬとあらば……蘭は、蘭は
この場にて、喉を突きまする!」
「お蘭……!」
「上様が身罷られし後の世で、蘭に、如何様に生きて
まいれと申されますか?」
「お蘭は、まだ若い。才覚は、猿や光秀にも、劣らぬ。
徳川殿の庇護を受け、力を蓄えた後は、この信長の
遺志を継ぎ、天下を一統せよ…… お蘭が思うままに、
天下を仕置きするのだ」
「上様のおられぬ天下など蘭の目には、乾き色褪せた、
賽河原も同然。仕置きのし甲斐など、ございませぬ!
かくなる上は、いっそ死ねとお命じくださいまし!」
「むう。相変わらず、強情な…… 」
「上様こそ!蘭の想いを知っておられながら、何故に、
斯様なまでに、無慈悲な仕打ちを…… 」
「やれやれ…… お蘭も、とんだうつけであったか……
分かった。もう泣くな。致し方なし」
「…… 上様?」
「何をしておる。ついて参れ」
「あ、ありがたき仕合せ!」
「納戸に籠る。内より固く施錠をせよ」
奥御殿の狭い納戸で、身を寄せ合う信長と蘭丸。
「床に油を撒け」
「御意!」
「済んだか…… では、火を放て」
燭台が倒され、蝋燭の火が油に引火して燃え広がる。
「本能寺諸共、我らの屍を、悉く灰燼に帰す。
この首、光秀如きに、渡してなるものか」
「上様……」
「炎の散華に包まれながら、今生に暇を告げる伽も、
また一興…… お蘭、わしから離れるな」
「離れませぬ。けっして…… けっして、離れませぬ!」
「うむ…… 身も心も、共に、燃え尽きるまで……」
「上様…… ああ、上様…… ! 」
信長の腕に抱かれ、恋情と恍惚に瞑目する蘭丸。
暁天の下、本能寺が紅蓮の炎に包まれ、轟音と共に
燃え上がる。激しい火勢に、為す術もなく遠巻きに
見守る明智勢の前で、本堂が焼け落ち、潰え去る。
しかし焼け跡から、信長の骨は見つからない……
※脚注
廓中間
城内で武士に仕える下級の奉公人
力丸、坊丸
蘭丸の弟。森可成の四男と五男。
金柑頭
髪の毛がなく、金柑の実のように光っている禿げ頭。
信長が光秀の薄い頭髪を指してそう呼んだのが有名。
惟任
明智光秀の別姓。信長から丹波国平定を評価されて
惟任の姓と、日向守の官位を与えられた。
鉄扇
信長から安土城を訪問する家康の饗応を命じられた
光秀は、宿所を飾り立て、贅を尽くして接待するが、
華美に過ぎると信長の怒りを買う。抗議する光秀を
懲らしめよと信長から命じられた森蘭丸が光秀の頭
を鉄扇で強く打つと、光秀の烏帽子が破れ流血した。
このときの屈辱と怨恨が、後に光秀が本能寺の変を
起こす一因となった(と言われている)
宗仁
長谷川宗仁。元は堺の商人。京都の強力な町衆とも。
織田信長の奉行衆を務める。同行していた本能寺で
信長が死ぬと、即座に備中に布陣していた羽柴秀吉
に飛脚を送って、信長の死を伝えた。山崎の戦いで
秀吉が勝利したのちは秀吉に仕える。
市女笠
平安~江戸時代にかけて女性が外出時に使用した、
菅や檜で編まれた日除け/雨除けの笠。
可成
森可成。信長の家臣。森蘭丸の父。
森蘭丸コスの舞空ニコルさん (※舞空エコルさん双子の妹)
【作者贅言】
この話はシリーズの元となった戦国武友伝CDには
収録されてますが、戦国マンのコンセプトとは何か
ちょっと違うかなあと小説化を逡巡しておりました。
しかし読み返してみて、これはこれで結構ありなん
ジャマイカと自作故の未練たらたらタランティーノ、
己を鼓舞して敢えて投稿いたしました。読んでちょ♪
信長と蘭丸は衆道の関係にあったといわれており……
というか、戦国時代ではむしろ衆道というか男色は
当たり前どころか嗜みとして奨励されておった訳で、
信長✕蘭丸に限らず武田信玄✕高阪昌信、徳川家康
✕井伊直政とかも、普通に史料にも残っております。
(※信長は前田利家も寵愛していたそうです)個人的
には倫理とか道徳とか、コンプラとかLGBTとか
本当に心底どうでもよくて、そういうのに配慮して
書きにくいということではなく、しかしそういうの
全然書いたことない(そういうのちゃんと読んでも
いない)からよく分からなくて、こんなもんだろと
軽々に書いては、そういうのが大好きな読者層から
そうじゃないだろ舐めてるのか貴様、馬鹿にしてる
のかと叩かれたら怖いし傷つくし立ち直れないから
躊躇しておった次第です。でも勇気を出して小説化
しました。読者の皆様においては違和感や不快感が
あってもどうか怒らず叩かず責め立てず、エコルン
まだまだ未熟だなあとご笑納いただければ幸いです。
もちろん「ここはこう書いた方がよろしくってよ♪」
みたいなご助言ご指導ご鞭撻は、心から大歓迎です。
よろしくお願い申し上げます。あらあらかしこ。
侍者奏達 恐惶敬白 舞空エコル拝
信長エコルン✕蘭丸ニコルン。これだと衆道でなく百(以下略)




