第7話 星は相談しない
翌日から、説明会が増えた。
説明会という名前の、言い訳会だ。
「現状は管理下にあります」
「過度な不安は控えてください」
「惑星環境は安定しています」
星ケア課の職員が、街の各所で同じ言葉を繰り返す。
言葉は同じでも、声の震えまでは揃えられない。
俺とミーナは、第六区の集会所にいた。
古い建物で、天井が低い。人の不安が溜まりやすい構造だ。
「質問はありますか」
俺が言うと、すぐに手が上がった。
「どうして、うちの区ばかり病人が出るんだ」
「説明しろ」
「偶然って、何回続けば偶然じゃなくなる」
どれも、正しい。
ミーナが一歩前に出た。
「正直に言います」
ざわめき。
「理由は、まだ分かっていません」
嘘じゃない。
全部を言っていないだけだ。
「でも」
彼女は続ける。
「星は、誰かを嫌ってるわけじゃない」
「そんなの信じろって?」
「信じなくていい」
ミーナははっきり言った。
「ただ——星は相談しないんです」
会場が静まる。
「星は、具合が悪くなったら勝手に熱を出す」
「勝手に咳をする」
「誰に迷惑かけるか、考えない」
誰かが、ぽつりと呟いた。
「……じゃあ、俺たちはどうすりゃいい」
ミーナは答えなかった。
答えられなかった。
代わりに、俺が言った。
「生き延びる方法を、探すしかない」
それは、希望でも命令でもなく、
ただの事実だった。
庁舎に戻ると、星ケア課の一部フロアが封鎖されていた。
理由は「再編成」。
実態は、情報隔離だ。
「……来たね」
ミーナが言う。
「来たな」
グラド局長に呼ばれ、応接室へ向かう。
「正式に決まった」
局長は、疲れた声で言った。
「免疫干渉案を、準備段階に移す」
「実行は?」
「状況次第だ」
状況次第。
つまり、もう止められない。
「リオ」
局長は、俺をまっすぐ見た。
「君にしか頼めない仕事がある」
「……なんですか」
「星の“反応前兆”を現場で確認してほしい」
嫌な予感しかしない。
「免疫が本格化する直前、必ず“兆候”が出る」
「それを、俺に見てこいと」
「そうだ」
局長は言葉を選びながら続ける。
「君は……気づきやすい」
「便利な言い方ですね」
「現場の才能だ」
俺は断れなかった。
夜、俺とミーナは再び第三居住区に向かった。
街灯は少なく、人影はほとんどない。
病人は外に出ず、健康な人は出歩かない。
街が、呼吸を止めている。
「ねえ、リオ」
ミーナが低い声で言う。
「私さ」
「……」
「怖い」
珍しい言葉だった。
「何が?」
「分かっちゃったこと」
「……」
「星はさ」
彼女は足を止める。
「私たちを殺そうとしてるわけじゃない」
「……ああ」
「でも、生かそうともしてない」
俺は、否定しなかった。
その時だった。
——地面が、鳴った。
揺れではない。
音でもない。
脈打つ感覚。
俺は息を止めた。
「……来る」
「え?」
次の瞬間、地表が“息を吐いた”。
石畳の隙間から、温かい空気が噴き上がる。
腐臭ではない。
体温だ。
「これが……前兆?」
ミーナが呟く。
地面の色が、ゆっくりと変わっていく。
暗く、柔らかく、生き物の皮膚みたいに。
俺は確信した。
免疫反応は、もう始まっている。
「ミーナ、下がれ」
「え、でも——」
「いいから!」
その瞬間、彼女がふらついた。
「……あれ?」
ミーナが胸を押さえる。
「……ちょっと、息が」
俺の頭が、真っ白になる。
——早すぎる。
俺は彼女を支え、叫んだ。
「ミーナ! しっかりしろ!」
彼女は、苦笑した。
「ねえ、リオ……」
「喋るな」
「……星に、褒められちゃったかな」
その言葉が、
刃物みたいに胸に刺さった。
星は、何も言わない。
ただ——
反応を、強めただけだった。
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