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星の免疫が働いただけなのに、人が減っていく  作者: 煤原ノクト


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3/7

第3話 健康診断の結果はいつも後から効いてくる

 その日の夜、俺は夢を見なかった。


 正確に言えば、見たはずなのに覚えていない。

 目を覚ました瞬間、胸の奥に引っかかるものだけが残っていた。

 名前のない不安。理由のない焦り。


 嫌な朝だ。


 星ケア課の庁舎は、朝から騒がしかった。

 昨日までの「ただの風邪」という空気が、一晩で薄くなっている。


「入院者数、増えてます」

「重症化、想定より早い」

「医療局、病床足りないって」


 廊下を行き交う声が、どれも一段低い。

 誰も“大丈夫”と言わなくなった。


 俺が席に着くと、机の上に赤い紙が置かれていた。

 緊急対応要請。

 色を変えないと危機感を出せないあたり、役所は正直だ。


「リオ」

 ミーナが先に来ていた。今日はパンを持っていない。

「第三居住区、再調査。疫病と地表データの照合」

「……とうとう来たか」

「“偶然”を確認する作業だって」


 皮肉を言う元気はある。

 それだけで、少し安心する自分が嫌だった。


 第三居住区は、昨日より静かだった。


 静かすぎる街は、だいたい良くない。

 商店は閉まり、人通りは少なく、風の音だけが通りを抜ける。


「人、減ったね」

 ミーナが言う。

「減った」

「……減ったよね」


 俺は端末を操作し、人口データを確認する。


 一時避難。入院。自宅療養。


 数字上は、誰も“消えていない”。

 でも、街は確実に痩せていた。


「ここ」

 ミーナが足を止める。

「昨日の裂け目」


 地面は修復されている。

 石畳は新しく、つなぎ目も丁寧だ。

 だが——


「……色、違わない?」

「違う」


 周囲の石より、ほんの少しだけ暗い。

 まるで、新しい皮膚みたいだ。


 俺はしゃがみ込み、地面に手を当てた。


 ひやり、とする。


 それは気温のせいじゃない。

 生き物に触れた時の、あの感覚だった。


「リオ」

 ミーナの声が少し硬い。

「これさ……」

「言うな」

「うん、言わない」


 言わなくても、分かっている。


 地表が治っている。


 治るという表現が、正しいのかどうかは分からないが。

 少なくとも、「元に戻ろうとしている」。


 その代わりに、何が起きているのか。


 調査の途中、簡易診療所に立ち寄った。


 昨日より、人が多い。

 そして——昨日より、静かだ。


 咳は少ない。

 代わりに、みんな無口だった。


「オルドさんは?」

 俺が医師に尋ねる。


 一瞬の沈黙。


「……容体が、悪化しました」

「重症?」

「ええ。呼吸が安定しなくて」


 俺の背中に、冷たいものが落ちた。


 病室の奥で、オルドは眠っていた。

 いや、眠っているように見えただけかもしれない。


 リナがベッドの横に座っている。

 昨日より、ずっと小さく見えた。


「おじさん」

 彼女が俺を見る。

「パパ、治るよね」

「……治る」

 俺は即答した。

「ちゃんと、治る」


 根拠はない。

 でも、ここで言えない言葉は、言ってはいけない。


 ミーナがそっと、リナの肩に手を置く。

「星、今ちょっと風邪ひいてるだけだから」

「ほんと?」

「ほんと。熱が出るのは、治る途中だから」


 ——免疫。


 その言葉が、頭をよぎる。


 庁舎に戻ると、星の健康診断が予定より早く始まっていた。


 診断室の空気は重い。

 誰も拍手しない。


 水晶柱が淡く光り、脈打つ。

 心臓みたいに。


 グラド局長が紙を持って壇上に立つ。

 今日は、少しだけ声が震えていた。


「惑星エルディア……健康状態……」


 一瞬の間。


「……概ね、良好」


 ざわめきが起きる。


「概ね?」

「概ねって何だ」

「昨日まで“良好”だっただろ」


 局長は続ける。

「一部機能に負荷が見られますが、自己修復が確認されています」

「自己修復……」

 誰かが呟く。


 俺の脳裏に、暗い石畳が浮かんだ。


「星は、自分で治る」

 ミーナが小さく言った。

「人と一緒だね」

「……人と違うのは」

 俺は答える。

「治るために、何を切り捨てるかを選べるところだ」


 彼女は、笑わなかった。


 その夜、俺はまた端末を開いた。


【免疫反応レベル:中度(安定)】

【排除対象:未確定】

【調整余地:あり】


 調整。


 誰が?

 何を?


 画面を閉じた瞬間、胸の奥がずきりと痛んだ。


 ふと、ミーナの言葉を思い出す。


――星に褒められるかな。


 嫌な考えが、頭をもたげる。


 免疫は、敵を選ぶ。

 でも、完全には選べない。


 だから、巻き添えが出る。


 だから——

 「強い個体」だけが、必ずしも生き残るわけじゃない。


 窓の外を見る。


 星は静かだ。

 嵐も、揺れもない。


 健康そのものに見える。


 だからこそ、俺は確信した。


 ——これは、始まりだ。


 ただの風邪じゃない。

 体質改善が始まっている。


 その改善が、

 誰にとって都合がいいのかは——

 まだ、分からない。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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