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episode1-9

ニクラスは数日前のことを、小脇に抱えているセルマの顔を見つめながら思い出していた。彼の頭には雑にだが包帯が巻かれている。ニクラスが殴った際に少しだがセルマの頭から出血をしてしまったのを、スカーレットが急いで治療したからだ。


『納得がいかないのなら、後で俺の執務室に来い』


ハンスが部屋を退出する直前に彼はニクラスにこう囁いたのだった。居眠りなどしていなかったニクラスはこの言葉をしっかりと聞いており、会議が終わった後にいの一番に彼の執務室を訪れた。そこでハンスはニクラスに向けてこう言ったのだ。


『二人を生け捕りにしろとは伝えたが、実質、セルマ・アインザームが生きていれば問題はない。バルドはついでのようなものだ』


『はあぁ? あのガキを生かす価値がどこにあるって言うんだよ。バルドみてえに前から名前が出てりゃ考えもするが……何してきたかも分かんねえし、実力も知らねえ。なんでそうする必要がある?』


『確かに、今のお前は納得できないだろうな。こう言った方が分かりやすいか。どうして俺が消さなかったと思う?』


『……チッ、ああなるほど。そういう訳かい……』


『っ、ククク……防犯カメラの映像も見てみるか? この前のアイツの戦いぶりは凄かったぞ』


ハンスは手元の端末を操作した。画面に防犯カメラが撮影した映像が流れる。そこには、セルマがバルドへと向かっていくところが映されていた。確かに目を見張るものがある。バルドの銃弾を受けても一切怯まずに向かっていく様はニクラスも感心した。なるほどな、とニクラスは帽子を深く被る。


『これで納得してくれたか?』


『……分かったよ。ただし、俺のやり方でやらせてもらうからな』


『そこはお前に任せよう。お前も今は分からなくとも会ってみれば分かる。アレがどれほど良いものなのかがな』


「……やっぱり気に食わねえ」


ニクラスは低くそう呟いた。頭では分かっていても事実を受け入れようとは思わない。実際に見てないからだ。ニクラスはそういう性格である。ハンスがあそこまで言うのだからと最低限セルマに対して対策はしてきたが、何も情報がないことがニクラスをイライラさせた。はてさてコイツはどうしてやろうかとニクラスが思った時だった。


「ん……何か言ったか?」


ニクラスの言葉が聞き取れなかったのか、いつの間にか起きていたセルマは彼に聞き返した。ニクラスが目を落とせば眠そうに顔を顰めているセルマの顔があった。コイツもう起きたのかとニクラスはギョッとしてセルマを見る。


「あ! お前いつから起きてやがった!」


「今だよ……。そんな大きな声を……うわっ!」


突然床に落とされたセルマはここはどこなのだろうと辺りを見渡した。室内なのは分かるが窓や照明もなく真っ暗で、目先にいるニクラスの靴がやっと見える程度だ。痛みに耐えながら立ち上がろうとしたセルマは自分が立ち上がれないことに気づいた。視線だけを動かせば腕も足もきっちりと拘束具によって後ろに拘束されている。地面にセルマをそのままにして、ニクラスはセルマの目前にある椅子へと腰を下ろした。そして彼を見下ろす。


「抵抗はしねえんだろうが、一応拘束させてもらった。クク、こうして見るとお前マジで名前と相まって女みてえだな」


「悪かったな、女顔で」


セルマはムスッとした顔でそう答えた。同時に、どうしてこんなに女扱いされなきゃいけないんだとも思っていた。確かにセルマの顔は中性的だと言われる類の顔立ちである。でも別にそんなにからかわれるほど女の子らしい見た目はセルマはしていないしそんな服装をしているわけでもない。だから、ここまで言われる筋合いはない。セルマはニクラスを睨む。


「ハハハ、そんなに睨まなくてもいいだろ? まあでも……、その目は嫌いじゃない」


ニクラスの煽りに下手に乗せられない方がいいとセルマは思った。そして服の中に携帯がないことに気付いてニクラスに問う。


「……バルドから連絡は?」


「まだだ。クックック、迷ってんだろうなぁ……。ま、24時間仲良くしようぜ」


「はあ、誰がアンタなんかと……」


「おっと、仲良くしようってのはそんな優しい意味じゃなくてな……」


ニクラスは椅子から立つと縛られて動けないセルマを蹴り上げた。満足に動けないセルマの体はゴロゴロと床を転がる。


「がっ……!?」


「人質はある程度傷をつけておいた方がいいんだよ。俺は鉄面皮ちゃんとは違って優しくねえから質問に答えなければこんな風に痛い目を見るし、半端な口を聞いたら容赦しないからな。さてと」


「…………」


「お前、ハンス・シュナイダーとどんな関係だ? アイツは信じてくれたようだが俺は騙されねえぞ」


嘘じゃない、とセルマは言いたかったが開きかけた口を結んだ。話そうとしたってこの男は信じてくれないと思った。さっきまでニクラスに向けていた視線を逸らし、顔を背ける。話すことはないの意思表示だ。


「へえぇ……いい度胸してんじゃねえか!」


ニクラスはセルマの肩に足をかけると、セルマの体を仰向けにした。そして思いっきり彼の無防備な腹を強く踏みつける。


「ぅああああッ……!」


「黙ってねえで答えろよ。お前はアイツの何を知ってる?」


「っ、何も……知らないっ……!」


「ハハッ、嘘つけよ! じゃあ何でアイツがお前を気にかけるんだ! アイツが気にかける奴なんて早々いねえ! つまりはお前にも何かあるってことなんだろ?!」


「知らないッ! オレはッ、く……! 関係、ない……ッ!」


「頑固な奴だなぁ! 潔く吐けよぉ! 楽になりてえだろ?」


先刻の言葉通りにニクラスは容赦なく自身の足で彼の腹を何度も踏みつけた。その度にセルマの体が何度も跳ねる。ニクラスはこの程度のことくらいは何も感じないほど慣れていた。彼の目に初めて、セルマへの嫉妬が浮かび上がる。何故かは分からないが、ニクラスはセルマの態度がすこぶる気に入らなかった。今までニクラスを見て逃げようとしたプレイヤーはたくさんいた。彼らはその最期まで恐怖が浮かんだ瞳でニクラスの姿を映していなくなっていく。だが肝心のセルマは、どうだ。顔を歪ませながらも彼が与える痛みに耐えている。そこにはニクラスに対する恐怖はない。まるでニクラスから向けられる負の感情を無視しているかのようだった。しばらくして、ニクラスのコートのポケットから携帯の着信音が鳴り響いた。ニクラスはセルマから一歩退くと携帯──勿論それは彼のものではなくセルマのものである──を取り出し、電話を繋いだ。


「よお、バルド。わざわざ電話してきたのは賢明な判断だ。褒めてやるよ」


『セルマは無事なのか』


携帯から聞こえてきたバルドの声は大人しいものだった。だがトーンは低く、怒りを孕んでいる。声だけでも殺気が伝わってくる勢いだ。ニクラスはいいねえ、と笑いながら肩で息をしているセルマを見下ろす。


「俺にしては丁重に扱ってるから無事なんじゃねえの? そんなことより、電話かけて来たってことはやる気あるってことでいいんだな?」


『やる以外の選択肢はねえよ。要するにお前を探し出してぶっ倒せばいいんだろ?』


「ハハハハッ! 威勢がいいねえ! こりゃあ対面するのが楽しみだ! ハハハハハ!」


『セルマと話がしたい。いいか?』


「ああいいとも。これが最後の会話かもしれねえからな」


ニクラスはしゃがみ込むとセルマの顔に画面を近づけた。見慣れた通話画面にはバルドの名前が表示されている。だがこの状況でセルマはバルドにかける言葉が決まっていなかった。口を開きかけては閉じ、また開きかけて、というのを繰り返しているとバルドの声が聞こえる。


『……セルマ、そこにいるのか?』


「……っ、ば、るど」


セルマを安心させるためなのか、バルドは落ち着いた優しい声だった。彼の声にすがるようにしてセルマは顔を画面に近づける。もっとバルドの声が聞きたかったからだ。バルドの声を聞くと安心するからだ。


『いるんだな? よく聞けよ。一回しか言わないからな』


「…………」


『──俺たちが行くまで絶対に負けるな。何されようが言われようが俺たちを信じろ。いいな』


セルマの中で、バルドの声だけがハッキリ聞こえた。この場にニクラスがいようが関係ない。今この瞬間だけはこの空間はセルマとバルド……そしてルカの三人のものだった。セルマは声を出そうとする。


「っ、バルド、オレ、は……!」


やっと口を開くも虚しく、セルマの眼前から画面が離された。それはセルマにとっては絶望だった。藁にもすがる、とはよく言うものだ。この会話がもしかしたら最後だったかもしれないのに、とセルマは唇を噛む。


「そこまでだ。ククク……滑稽、実に滑稽! ここは誰もたどり着けない秘密の場所なのに……クックック……アハハハハハハハ!!」


ニクラスは一方的に電話を切ると笑いを抑えきれずに哄笑した。完全に勝ち誇ったような笑いだった。ひとしきり笑うとニクラスはしゃがんでセルマの顎に手をかけると自分の方に向かせた。


「お前もウケるぜ。このゲームにのった時点でお前の負けは決まるってのにさ」


「それは……どういう意味だ!」


「そのまんまだよ。逆に何を期待してたんだろうな? まさか、マジでこのゲームに勝ちにきたのか? バルドはこの場所を見つけられやしない。だってここはウルフヘズナルの面子しか知らねえからな。お前らプレイヤーには無理なわけ。理解できたか?」


「っ、じゃあ、最初からこうなることが分かってて、オレをゲームに誘ったのか!?」


「大正解! 24時間後にここに来るようハンスにはもう伝えた。残された時間を有意義に過ごすんだな」


ニクラスの顔が不敵に歪んだ。セルマの顔に冷や汗が滲む。


「冗談はやめろ……! バルドがこの場所を見つけられないはずがない!」


「残念! これは冗談抜きでマジのことだ。クク、焦ってやがる。面白い奴」


顎から手を離され、ニクラスから肩を掴まれた拍子に右手に力が入り、セルマの体が武器を出現させようと青白く光る。でもその光はチャクラムに姿を変えることなくセルマの身体を包み込むとそのまま消えてしまった。武器が出ないことにセルマは目を見開いて固まる。


「……なんで……」


「そっか、初めてだから分かんねえか。お前の手首についてるのは、プレイヤーが武器を出す時の体内の特殊なエネルギーの流れを読み取って無効化する優れもんだ。武器出ねえだろ? 偉大な博士様が開発してくれたらしいぜ」


そんな馬鹿なことが起きてたまるかとセルマは何度も武器を出そうとした。それでも彼の体が持つ光は浮かんでは消えていく。


「卑怯だとか思わないのか……!」


「卑怯なわけあるかよ! さあ、そこまで喋れるんならさっきの質問の答えから続きと行こうぜ!」


「ッ!」


「ククク……改めてようこそ、俺の檻へ」


ニクラスの拷問がまた始まる。セルマは痛みに耐えるように目を瞑り、そして唇を噛んだ。


*****   


「ああもう! ったくどうすりゃいいんだ!」


自身の携帯を床に投げつけたい思いを必死に抑えながらバルドはその場で地団駄を踏んだ。とりあえず携帯をテーブルの上に置くと、バルドはルカの隣の椅子に腰かけた。珍しくバルドの顔も顰められている。


「ルカ〜〜、なあ、どうすればいいと思う?」


「うーーん……」


ルカはあのメールを見てからずっとこの状態だ。何かを考え込んでいる。バルドが何度聞いてもルカの口からそれを話されることはなかった。ここ数日のセルマのうわの空状態が移ったみたいだ。バルドはテーブルに頬杖をついて彼女の方を見やる。


「お前はウルフヘズナルと関わりはなかったのか?」


「ほとんどなかったかな……。ごめんね」


「ああ、謝らなくていいよ。ないなら仕方ないって」


どうしようかという言葉をバルドは飲み込んだ。ルカに対するバルドなりの配慮だ。だがいかんせん、情報がない。手元にある紙とペンも今日は役に立たない。手持ち無沙汰にペンを手に取るが何も浮かばないことと制限時間が迫ってることに焦りが増すだけだった。


「3.141592653589793238462643383979302884197169399……」


「えっ、バルド……急に数字なんか言い出してどうしたの?」


「また始まったな」


ルカは考え事をしていた頭の回転を止めてバルドの方を見る。バルドはぶつぶつと数字を唱え続けるばかりでルカの方は向かなかった。そのバルドの代わりにウォールがカウンターから頭を出してルカに答える。


「これがですか?」


「コイツ、考えごとする時に決まって円周率唱え始めるんだ。俺も最初は驚いたが、今じゃ当たり前の光景だな」


「そうなんですか……」


「アイツは極度の理系頭さ。すぐ理科とか数学に関連づけて話をしたがる」


「確かにバルド、計算は得意って言ってたな……」


ルカは先日のバルドが戦っている時の様子を思い出した。確かに戦いながらブツブツ言っていたような気がする。恐らくあれも彼の数学脳が作用しているのだろう。ルカは再びバルドの方を見た。まだ彼は数字を言い続けているようだったが、ふとそれは止まった。


「ウルフヘズナル…………そうか! アイツなら俺会える!」


バルドはハッとすると急いで立ち上がった。バルドの顔はいつもの輝くような笑顔になっている。バルドの顔を見てルカも自然と自分が笑顔になっているのを感じた。


「おっさん! グラスのことまた今度な! ルカ、いくぞ!」


瞬く間にバルドは酒場から姿を消した。残されたルカは心配そうにウォールの方を見る。


「え、ええ……?! ウォールさん、いいんですか?」


「いいよ、終わった後にまとめて請求するから。ほら、行ってきな」


「……ありがとうございます!」


ルカを外まで送り出し、二人の背中が見えなくなるまでウォールはその場で彼らを見守っていたのだった。


「懐かしいね……俺も、あんな時期があったんだがな」


かつての仲間を思い出しながら。

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