episode1-7
翌日、クラウス邸某所。
「……急な呼び出しにも関わらず、迅速な対応に感謝する。ウルフヘズナル」
いつもの黒い燕尾服に身を包んだハンスの前には、それぞれ違う色のロングコートを羽織った五人がいた。ウルフヘズナルと呼ばれた彼らは円卓を囲み、それぞれ視線をハンスへと向けている。そのうちの、軍帽を被った一人の男が高らかに笑った。
「おいおいハンス、五人全員集めるなんて今回はどんな緊急事態なんだろうなあ? ククク、一年前のフェンリル失踪以来かあ?」
男はハンスをバカにするように笑う。
「兄さん、ふざけてる場合じゃ、ないでしょ……」
彼の隣に座っている、彼と顔が瓜二つの青年は気まずそうに彼を制した。
「フレキの言う通りですわ。確かに、集まったのが久々になったのは事実ですけれど」
黒の分厚いメガネをかけた女は、唇を孤の字にしている。
「あの、集まった際は点呼を取るのが軍人の常識だと思います」
明るい桃色の髪の少女は、手を上げて周りを見渡した。
「シュナイダー指揮者直々の任務なんだ。隊を束ねる隊長なら礼儀くらいはしっかりしろ」
珍しい紫の瞳を持つ銀の髪の彼女は、よく通るハスキーボイスで彼を咎めた。
「マナもハティも厳しいねえ。じゃ、俺から順番に挨拶でもしていこうかな」
最初の男は笑いながらわざとらしく咳払いをした。そしてコートの襟を正すと軍帽を少し上げる。彼の焦げ茶色の片目が帽子の影から覗く。
「コードネーム:ゲリ、ニクラス・ヴァルターだ。楽器チューバな」
「……続いて、コードネーム:フレキ、グレイ・ヴァルター。楽器は……えと、ユーフォニアム」
「じゃあ、次は私ね。コードネーム:スコール、アリア・フォーゲルです。楽器はクラリネットですわ」
「では次は自分が。コードネーム:マーナガルム、スカーレット・ファスベルダー。楽器はフルートです」
「最後に、コードネーム:ハティ、ロルフ・ヒルベルト。楽器はオーボエだ」
「……わざわざ律儀にありがとう、確認する手間が省けた。では本題に入ろうか」
彼らが、この都市最強の部隊──ウルフヘズナルである。性格も、プレイヤーと同じ能力を得たいと思った理由もそれぞれ違う五人だが、プレイヤー討伐の任務にかかれば一つにまとまる。今日の会議だって、連絡から一時間と経たずに彼らはきっちり時間を空けてきたのだ。流石はプロフェッショナル、といったところであろうか。
ハンスの言葉で部屋の中の空気がサッと変わった。五人の目が先程とは打って変わって鋭いものになったからだ。半分感心しながらハンスは手元の書類を見る。
「昨夜の件は知っているな?」
「ここに侵入したプレイヤー二名がお嬢様を誘拐して逃走、ですよね」
アヤメ色のロングコートを着用し、近年では珍しい丸メガネをかけた少女、スカーレットはメガネの位置を直しながらそう答えた。スカーレットはウルフヘズナルの中では最年少であるが、最年少であることを感じさせることなくこのようにしっかりとしている少女だ。彼女の方を向いてハンスは頷く。
「そうだ。世間に公開こそしなかったがこれはあってはならない事態だ。お前たちには、お嬢様を安全に保護してもらいたい」
「はいはーい、質問いいですかー」
そのスカーレットとはまるで対照的なこの男。会議の冒頭でもハンスに突っかかっていたニクラスが手を挙げた。その顔はニヤニヤと笑っている。様子を見るに今から悪戯をしかける男子高校生のようだ。数名がニクラスを睨んだが、ハンスは彼の質問を受け入れた。
「思ったんだけど、お嬢様一人保護するだけには人員割きすぎなんじゃねえの? 普通ならたった二人のプレイヤーなんかにウルフヘズナルのメンバー当てねえだろ。一般兵だけで十分だ。それとも何? 天才と呼ばれた指揮者さんが脅威って認めるくらい強いの、そいつら?」
「ちょっと兄さん、失礼だよ……!」
「フレキ、構わない。ゲリの言う通りだ」
ハンスに謝ろうと席を立ったグレイにハンスは静かにそう告げた。グレイは困惑した表情を浮かべていたが、一言謝罪の言葉を言いながら渋々席につく。そんな彼を見て少し困ったようにハンスは眉を下げた。この双子の兄弟とは出会ってしばらく経つが、一向に兄のニクラスの態度が改善されることはないし、弟のグレイもずっとこの調子である。なんとかなって欲しいものだが、二人のこれは一生変わることはないのだろうなと思いながら、ハンスは資料に目を落とすと続きを話しだす。
「問題はそこだ。お嬢様を誘拐した二名は一般兵なら簡単に倒すほどの実力を持っている。それにお嬢様に危害を加えることなく保護するためには対プレイヤー専用武装部隊を派遣したい」
「ふーん……そうかよ」
俺が聞きたいのはそこじゃねえんだよな。納得が出来ないのかニクラスはそう言うと帽子で目元を隠した。どうやら居眠りの準備らしい。ニクラスのこれは日常茶飯事である。ハンスは勿論、他の四人も気にしてない様子だったので彼には触れずに先に進むことにした。
「それで? シュナイダー指揮者、その二人の身元は判明してるんですの?」
灰色のロングコートに上品な口調の女、アリアはハンスに尋ねた。分厚いレンズの向こう側の、彼女の藍色の髪と同じ色の瞳はじっとハンスを捉えている。ハンスはアリアのこの視線が少し苦手であった。さっさとその視線を逸させるために会議を進める。
「ああ、この二人だ」
ハンスは二枚の写真つきの資料をテーブルの上に置いた。そのうちの一枚をアリアは手に取る。
「セルマ・アインザーム……19歳? 未成年じゃありませんの。それに、男の子なのに女の子の名前なんて珍しいですわね。というか、実際女の子なのでは?」
「……安心しろ、男だ」
アリアの発言にハンスはため息をついた。アリアは常に自分の中の常識に合わなければこのように重箱の隅を突くようにちょっかいを出してくる女だ。ハンスが彼女と関わる上で最も気に食わないのはこれである。というわけでハンスは早々にアリアを無視するともう一つの方はとテーブルを見やった。それはスカーレットの元へ渡っていた。
「もう一人はバルド・エックハルト、23歳。はあ……彼、結構有名ですよ」
「そうなのか?」
ハンスにとってはバルドとの関わりは昨日が初めてだった。資料を見て苦い顔をしているスカーレットは、誰が見ても彼と何かしら因縁があるのだろうという雰囲気を醸し出していた。スカーレットはハンスにその苦い顔を向けると書類と交互に彼の顔を見ながら自嘲気味に笑う。
「はい。プレイヤーを捕まえるのに何度邪魔されたか……。いや、思い出しても仕方ないですね。私の部隊では以前からよく聞く名前です。もう聞き飽きてます」
はぁ、とスカーレットは大きくため息をついた。部屋に響き渡るほどのそのため息は、なんとも言えない空気となる。すると、スカーレットの隣に座っていたロルフが優しく微笑んでスカーレットをなだめる。
「スカーレットはよくやっているさ。今回は私もついているから、二人で頑張ろうじゃないか」
「うん。ありがとう、ロルフ」
「相変わらずハティはマナに対して甘いんですから……。仕事に支障のないように頼みたいものですわねぇ」
二人で話しているスカーレットとロルフを見ながらアリアは笑った。また始まったとハンスは額に手を当てる。ロルフとアリアは、すこぶる仲が悪い。犬猿の仲という言葉は二人のためにあるのではないだろうか。そう思うほどにだ。仕事で関わらなければ一生お互いに干渉しようと思わないだろう。いつも通り、ロルフが視線を鋭くしてアリアに噛み付く。
「逆に聞くが、これまで私が完璧にこなさなかった任務があったか?」
「……冗談ですわ。そんなに真面目に受け取らないで頂戴」
ロルフの鋭い目つきに押されたのか、アリアは声のトーンを落として反論する。勘弁してくれ、とハンスは真面目にため息をついた。これ以上この流れを進めさせてたまるかとハンスは資料を返してもらう。
「話を戻そう。彼らが今回の主犯だ。二名とも生け捕り、そして出来れば、隠密に任務を遂行してほしい。お嬢様が誘拐されたと世間に知られれば混乱するだろう。誰が出動するかは君たちに任せる。いいな?」
「分かりましたわ、シュナイダー指揮者」
「すまないが、俺はこの後楽団の仕事があるためここで退席させてもらう。ハティ、後は頼んだぞ」
「ええ、お任せください。また夜に報告をしに向かいます」
ハンスは頷くとニクラスの方に足を運ぶ。そして彼の耳元で小さく何かを囁くと部屋を後にした。部屋にはウルフヘズナルの五人が残される。長い沈黙の後、口を開いたのは居眠りをしていたはずのニクラスだった。
「……誰がやるんだぁ? こんなめんどくせー仕事」
「ずっと居眠りしていた貴方がなさればいいのでは?」
アリアが笑顔でそう言えば、ニクラスはわざと大きい舌打ちをした。帽子のつばをあげるとニクラスは元々悪い目つきをさらに悪くする。お咎めを受けて不貞腐れている子どものようなニクラスはふんと鼻を鳴らすとグレイを見た。
「めんどくせえ、パス。帰ろうぜ、グレイ」
グレイはオロオロするとロルフの方を見た。グレイからの視線を感じた彼女はニクラスを睨む。普段より一層態度の悪いニクラスに正直ロルフは苛立ちを隠せなかった。元よりニクラスはそこまで態度がいい方ではないのだが今日は尚の事悪かったからだ。
「ゲリ、フレキを困らせるのもいい加減にしろ。聞けば、最近任務をフレキに全部押し付けてるそうじゃないか。それにシュナイダー指揮者の前での無礼……そんなものでウルフヘズナルが務まると思っているのか?」
ロルフの言葉にニクラスは笑った。椅子に座り直し、テーブルに肘をついてニクラスはロルフの方を見る。
「ククク……まったく、ハティは頭が硬いな。俺はな、変化のない毎日はウンザリなんだよ。誰かに従うなんてこともな。それに」
「それに?」
ロルフが聞き返すとニクラスはその笑みをしまった。すっと細められた目はロルフではなくここにいないハンスを見つめている。
「今回の任務、あの野郎の実力だったらその場でプレイヤー二人くらい始末するなんて容易いだろ。なんで俺らにわざわざ押し付けるのか、それが気に入らねえだけだ」
「…………」
「納得する理由が説明されるまで俺はこの仕事は受けねえからな」
ニクラスとロルフの間で火花が飛んでいるようにグレイには見えた。彼の顔はどんどん青くなっていき、ついには失神しかけた。彼の隣のスカーレットが大丈夫ですかと彼の肩を持つ。大丈夫だよ、とスカーレットに笑いかけるとグレイはただでさえ縮こまっている背中をさらに縮こませてしまった。
「す、すみません。兄はこれでも、仕事はちゃんと……」
「分かっている、フレキ。伊達に三年間コイツと顔を合わせていたわけではない。……どうしようか」
ロルフのため息に一同が静かになった。彼女の隣に座るスカーレットも唸る。
「以前までお嬢様関連の任務はほぼフェンリルが受けてましたからね。それにお嬢様が騒ぎを出したことなんて今までないですし……経験がない分、不安ですね」
「本当にフェンリルの存在は大きかったですわ。というか彼、もしくは彼女? いったいどこに行ったのかしら」
アリアも息をついた。そして自身の髪の毛を指に巻く。俯いていたグレイはニクラスと他の面子を見ながら恐る恐る口を開いた。
「……もうすぐ、失踪して一年……らしいですね」
「あら、フレキ。そうなんですの?」
グレイの隣に座っていたアリアがそう聞いた。グレイはアリアの方を見ると頷く。
「はい。広報部の人が……騒いでたし、自分の隊も最近、フェンリルの話題で持ちきり、だから……」
「容姿も年齢も、性別も不明。同じメンバーである私たちですらフェンリルという名前しか知らない、全てが謎に包まれた人物。私はあえて彼と呼びますが、本当に今も生きているのでしょうか?」
スカーレットはハンスが残していった、セルマの書類を見ながらそう言った。スカーレットの疑問は誰に放たれたものでもない、言ってみればただの独り言だった。だがその独り言に苛立ちを覚えた者が一名。
「あーめんどくせぇ! 何をそんなにフェンリルにこだわる必要があるんだよ」
ニクラスは苛立ちを抑えきれずにテーブルを強く叩いた。ニクラス以外のメンバーの視線がいっせいに彼のもとに集まる。
「生きてたところで見つけても俺らは分かんねえだろうが。生きてても、逃げたってことはここのやり方が気にくわないんだろ。ま、気に食わねえのは俺も同じだけど」
いや、同じなんかいとロルフとスカーレットは一瞬彼に突っ込みかけたが彼の真剣な様子に口を閉じた。ニクラスは話を続ける。
「だから、連れ戻されたって今までのようにはいかねえって俺は思う。それならあーだこーだ言う前に仕事した方が俺らだって後々楽に出来るだろ」
そう言ってニクラスは少し上がりすぎていた帽子のツバを触った。彼の目が影に隠れる。沈黙が部屋を支配する中、口を開いたのはスカーレットだ。
「……確かに、今回ばかりはニクラスさんの言う通りですね。私が偵察に行きましょう。何事も、まずは状況を理解しなければいけません。その後の会議で詳しく決めるのはどうでしょうか」
「そうですわね。私は賛成ですわ」
「……僕も」
「私もだ。無理のない程度にしろよ、マーナガルム」
今回の会議は、これにて終了となった。




