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episode1-11

夜が明けて朝一番、まだ目をこすっていたりあくびをする者が多い中バルドは酒場の中心に立って大きな声で叫ぶ。


「だれか! 旧研究所の場所を知ってる奴はいねえか! 知ってる奴は至急俺に教えてくれ! 俺の仲間がそこにいるんだ!」


「この前教えたばっかり!」


端のテーブルで朝食を摂っていた男が笑い混じりにバルドに向かってそう言った。


「え? マジ?」


「マジだ。それでお前、分かったって俺に言ったろ!」


「わー覚えてねえ! もう一回教えてくれないか!? 頼むよ〜〜!!」


じゃあ俺にジャンケンで三回勝ったら教えてやるよ、などと言って男は笑った。そりゃあないぜ、と半泣きで男の元へ走っていくバルドに苦笑いしながらルカはウォールの所へと歩いていく。


「ウォールさん、おはようございます」


「やあルカ、おはよう。よく眠れたか?」


「ええ、おかげさまで」


──ホントはセルマが心配であまり寝れていないけど……。


さすがにバルドと同じ部屋というわけにはいかなかったので、ルカも一つ部屋を与えられていた。昨日の夜は、ルカはセルマをどう救出しようか、まずどんな言葉をかけようかなどと考えていっこうに眠れる気がしなかったのだ。結局今日は寝過ごしてしまいバルドから起こされてしまった。


「それは良かった。今日は早く出るんだろ? 二人分の朝食を作ったから持って行きな。腹が減っては戦は出来ぬって言うからな」


「ありがとうございます!」


ルカはウォールから朝食の入った容器──中身は卵とハムとレタスをライ麦パンで挟んだ大きいサンドイッチだった──を貰うとバルドの元へ向かった。男から場所は聞き終えたのか、バルドは準備体操をしていた。やる気は充分ということだろう。


「お、ルカ」


「はい、ルカですよー。ウォールさんがバルドと私に朝ごはんだって。もういつでも出かけられるよ」


「お! じゃあ行きますか!」


よっと、とバルドは立ち上がった。ルカはふっと微笑むとバルドに朝食を渡した。

その後、酒場を出た二人は軽く話をしながら途中でウォールが作ってくれたサンドウィッチを頬張って旧研究所への道を歩いていった。街の郊外にひっそりと立っているという旧研究所は酒場からは良い感じに離れており、ウォーミングアップには十分であった。そして、


「ふーん、俺ってば天才かな? いーや、これは天才にしかできないね! 一回聞いただけで道を完璧に覚えちゃうなんてさ」


バルドは旧研究所の前で踏ん反り返っていた。今の彼の姿をセルマが見たら何と言うだろうか。多分セルマであれば何か言う前にまた眉間にシワを寄せているであろう。それか、無視して先に入っていくかもしれない。


「バルド、いいから入ろう」


ルカはそんな彼の腕を引っ張って中に入るのであった。ルカの顔には覚悟の色が見えていた。それはセルマを必ず助けに行くことでもあるし、もう一つの覚悟でもあった。この瞬間だけルカは、強く願った。そしてバルドと共に旧研究所を覗く。


「わ……ボロボロだ。セルマ、どこにいるんだろ」


「スカーレットが教えてくれたから見つけられるさ。……調べながら慎重に行こうぜ」


「うん。ここは名前の通り、数年前まではプレイヤーの研究はここで行われてた。大事な文書こそ残っていないけど、何か落ちてるかも」


施設内は人こそいないものの異様な雰囲気を醸し出していた。ただの廃墟ではないらしい。歩き出したバルドは床に落ちていた紙を踏んでしまいそちらに視線を落とす。


「……『プレイヤー能力移行実験について』?」


バルドが拾い上げたその紙は埃を被っていて文字も掠れていたが、かつてここで書かれていたものだという事が分かった。とりあえずバルドは読めるところまで読んでみることにした。


「えーと、『通常の人間に能力を移行する場合、それぞれの持つ感情の中で最も強い感情に能力を付与することとする。なぜならプレイヤーの能力はその者が持つ最も強い感情が影響しているということが分かったからだ。この実験を実施したところ、現在のウルフヘズナルと呼ばれる六名は非常に良い結果を我々に見せてくれた。ニクラスは喜、スカーレットは哀、──────────。これからアスガルデの軍事力はこの実験によってどんどん飛躍し、強くなっていくだろう』」


読み終わってからバルドは首を傾げた。プレイヤーの能力の源が感情にあるなんて知らなかったし、情報量が多いのだ。バルドは情報を読み解くのは苦ではないし、頭もそこまで悪いわけではないが今回のこれについてはいまいち理解が追いつかなかった。バルドは気まずそうにそれをルカに渡す。ルカも少し考え込みながらその文書を見つめる。


「……実験が開始されて初めの頃の文書だね」


「そうっぽいな。でも、俺が読んでも何もわかんないや。なあ、ルカは実験のことは知ってるのか?」


「それはもちろん。とはいっても、研究はこの概要くらいしか知らない。このプレイヤー能力移行の研究は、ハンスを中心に行われているものだから……」


「ええっ、知らなかった。そうなのか……」


バルドは驚いて思わず声を漏らした。今までバルドはクラウス家が全てを握っているものだとばかり思っていた。それ故にプレイヤーの中にはクラウス家の人間がプレイヤーにとって最大の敵であると考える者もいる。バルドも例外なくそう思っていた。だが、


「あ、でもよくニュースとかで名前はよく聞いてたな」


バルドはよくニュースを見ているため事情はすぐに理解できた。よくよく考えてみれば、先代のクラウス家の当主が亡くなってからルカをテレビで見たことはない。いつも、代わりといってはハンスが何かを話していたような気がする。そう思うとクラウス邸はほとんど関係ないのではとバルドには思えてきた。ルカはため息を零す。


「でしょ? クラウス家が運営しているように見えて、実際今は彼が実権を握っているようなものなのよ」


「あー……もしかしなくても、ハンスを止めるっていうのはそういうことなのか?」


バルドは何の気無しにルカにそう聞いた。ルカはそれには何も答えず、文書を見ながら黙ってしまった。まずいことを聞いてしまったかとバルドは焦ったが、ルカは顔を上げていつものように笑うと口を開く。


「それはまたちゃんと話すね。それより早く進もう? セルマを見つけなくちゃ」


──うまくはぐらかされたな。


バルドが一人でもやもやとしていると、ルカは一人で奥へと歩いて行ってしまった。バルドはそれを急いで追いかける。戦えないルカに万一のことがあったら心配だからだ。


「そこまで大きな施設ってわけじゃないんだね。ここでもう終わりみたい」


「よし、ここで俺の出番だ」


バルドは指を鳴らすと離れた場所にあるボロボロの棚の戸を開けた。中にはバルドの予想通りのものが入っていた。


「何? これ」


「スカーレットが教えてくれたんだ。ここにスイッチがあるからこれを押せば……」


バルドがスイッチを押すと色あせた壁が動いて通路が現れた。あまりの轟音にバルドとルカは二人で目をパチクリさせる。もう使われていない施設のはずなのに、よくこのような設備が整っているなとバルドは感じた。そもそも旧研究所は三年前に職員の不手際による爆発事故が起きたせいでクラウス邸のビルに移転したのだ。その爆発をもってしても壊れないとは。


「……通路ができるんだってさ」


「凄いね……言われなきゃ分からないね……」


通路の奥には暗闇が広がっていた。中から不気味なオーラが流れてくる。ルカは唾をごくりと飲み込んだ。いよいよだ。そんな感じがする。


「ここから先はアイツ……ゲリの隠れ家らしい。だからウルフヘズナルしか知らなかったんだ」


「この先にセルマが……」


「セルマの保護を優先しよう。アイツの安全が一番だ」


「分かった」


二人は顔を見合わせて頷くと部屋の中に入っていった。

部屋の中と思った場所は暗い廊下が続いていた。二人は慎重にその廊下を進んでいく。すると廊下の最奥には大きな扉があった。二人は中から物音がしないことを確認するとその扉を恐る恐る開ける。


「バルド、それにルカ……なのか?」


薄暗い部屋の中で響いた声は弱々しかったがセルマのものだった。二人はその声の方に走る。その部屋の中でセルマは二人を見ると立ち上がろうとしたが、彼が立ち上がる前に二人がセルマを抱きしめていた。


「セルマ! こんなに怪我して……! 痛かったでしょ……ごめんね……」


「俺たちが来たからな! もう大丈夫だぞ……!」


セルマはそんな二人を見て困惑していた。困惑しながら二人の背中をさすってあげることしかできなかった。てっきりセルマは怒られてしまうと思っていた。勝手な行動をした上に約束も破って、二人を関係のないことに巻き込んでしまったのだから。


「ち、ちょっと待ってくれ。オレからも言うことがあるんだ。え、えっと……その、迷惑かけて……」


「全然迷惑なんかじゃねえよ! そりゃめっちゃ心配したけどな! お前が無事なだけで俺たちはいいんだ」


「帰ったら傷の手当て、ちゃんとしようね?」


セルマは二人からの言葉が嬉しくて、二人の肩に顔を埋めた。そのままセルマは覚束ない口で言葉を繋ぐ。


「……オレ、二人と違って普通じゃないから……二人は頼ってくれって言ってくれたのに……変に気張って……ごめん……」


「謝るなよ。俺たち、仲間……いや、俺たち友達なんだからさ。お前を一人にさせたくないだけなんだ」


「今はまだ、大丈夫。ちょっとずつ……ちょっとずつ頼ってくれたらいいから、ね?」


セルマはその言葉を聞いて顔が赤くなるのを感じた。心臓の鼓動が速くなっていくのを感じる。セルマの二人を抱きしめる力が少し強くなった。


「なーに照れてんだよ!」


「セルマ、耳まで真っ赤になってるよ」


「う、うるさい……」


セルマはしばらくそのままでいたが何かを思い出したように二人からの離れるとばっと立ち上がった。慌てた様子で二人に問いかける。


「あ、アイツは! ウルフヘズナルの……!」


「ゲリのこと? どこにもいなかったけど……」


「そんなはずない! ついさっきまで一緒に……」


「──あーあ、俺のプライベートルームに不法侵入者が二人。あ、一人はお嬢様か。どうもお嬢様、ようこそおいでくださいました」


いつの間に出入り口に彼が立っていたのか、三人は分からなかった。が、確かにニクラスはそこに確かに立っていた。だが今の彼の目、そして彼の口から発せられる声はいつもの彼とは違うものだ。異様な雰囲気に部屋の中は緊張感に包まれる。


「やるじゃねえか、バルド。ま、ここにたどり着いた経緯は聞かないでやるよ。さ、仕事仕事と」


ニクラスの口元がつり上がった。と同時に彼の纏うオーラが一段と強いものになる。



「さあ! 誰が俺を喜ばせてくれるんだあ?!」



ニクラスの右腕を覆うようにして金色の大楯が現れ、部屋の明かりが一斉についた。セルマたち三人は明るくなった部屋の中を見て、動揺を隠さずにはいられなかった。先程まで暗くて分からなかったが、壁や床、そこら中に血が飛び散った跡があるのだ。


「な、何だっ、ここは……!」


「っ、答えなさい、ゲリ! 貴方はここで何をしてきたの……!」


ルカはニクラスの方を向くと震える声でそう言った。ルカから問われたニクラスは意外にもその笑みをしまった。どうやらこれはお巫山戯ではなく、彼なりの信念があるらしい。


「何を? ハッ、セルマにやったことと同じだよ。ゲームと称して、俺はプレイヤーを捕まえてはここに連れてきて命を賭けて戦ってもらった。勝てば見逃してやる、だが負ければ研究所に連れて行く……そう約束してな。……つまらなかった。どいつもこいつもすぐに倒れて楽しくなかったぜ。己の命が大事なら自分で掴み取るしかねえのにさ」


「ッ、信じられない! 貴方も同じ能力を持つのなら、プレイヤーに対して思うことはなかったの!? それとも、貴方からしてみればただのおもちゃなのかしら!」


今までどんな時でも柔らかく微笑んでいた彼女の顔が悲痛に歪んでいるのを、横で見ていたセルマは思わず息を飲んでいた。ルカの目はニクラスを強く睨んでいる。ニクラスは右腕の盾を見ながら笑うと帽子を触りながらルカを見た。


「おもちゃも何も、何のために俺たちウルフヘズナルが作られたと思ってる? この能力は戦うためにあるようなもんだろ! それに、今はこれが正義だ。クラウスお嬢様はこんな簡単なことも分からねえのか?」


「なっ……!」


怒りでニクラスの元まで歩いて行こうとしたルカを止めたのはセルマだった。その手は震えており、唇は強く噛み締められている。ニクラスの言動をセルマも許せなかったのだ。セルマは低く唸る。


「……いい加減にしろ。アンタ、自分の言ってることが恥ずかしくないのか」


「お? やる気になったか?」


「ああ、そんなに戦いたいならオレが相手してやるよ」


「そうかよ。……クク、ハハハハハハハハッ! いいぜ、かかってこいよ!」


セルマは一瞬のうちに武器を出現させるとニクラスの元へ突っ込んだ。金属同士がぶつかる音が部屋に響き渡る。


「ハハハッ、バカかお前! ホルンがチューバに勝てるとでも思ってんのかよぉ!」


「どうだろうな」


セルマは一旦ニクラスから退くと、チャクラムを構え直した。


「低音だけでは、確かに劣るかもしれない。だが……時として低音で全体を支え、時として高らかなファンファーレを奏で、時として木管のような繊細なメロディを作り出す。アンタに奏でられるかな、この風の流れのように変わっていく音楽が」


セルマのチャクラムの輝きが、増したような気がした。青白い光だけではない、彼の瞳のような緑の光も少しこぼれ落ちた。明るい緑色の光がセルマの右腕を包み込む。当然だ。今回は操られて戦うのではなく、自分の意志で戦うのだから。


「俺のこの鉄壁は誰にも壊せねえ! ホルンじゃ出せねえようなチューバの一音一音の重さをお前に思い知らせてやるよ!」

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