花嫁のフィナーレ
流血の表現ががあります。苦手な方は気をつけてください。
結婚式のパレードで、髪飾りを一つ抜く。はらりと髪が舞う。
隣の嫌な男が怪訝な顔をする。
久しぶりに私の顔を見たわね。
おもむろに髪飾りの尖った方を自分の首にあて、一気に引き抜いた。
こんな髪飾りでは頸動脈まで届かないか。
でも、生ぬるい感触を白いグローブがはまった手で触り、新郎の顔になすりつける。
「ひゃあああああ!」
腰抜けが、自分で騒ぎを大きくしてくれる。
あははは、ざまぁみなさい。
目が覚めたら、病院だった。
首にはぐるぐる包帯が巻かれている気配。
父親が「そんなに嫌なら言えばよかっただろう」と涙声で言う。
「聞く耳をもたないから、こんなことになっているんですよ、侯爵閣下」と返したら、絶望に染まったような顔をした。
いや、ほんと、なに父親ぶっているのよ。
気持ち悪い。
「誰も、私の話を聞いてくれない。
浮気は男の甲斐性、一時の気の迷い。
浮気相手にバカにされ、逆に虐めていると冤罪をふっかけられて。
それを鵜呑みにするアホに、仕事を押しつけられて過労死しそう。
人を働かせている間に、愛欲にまみれて楽しんでいる奴らに利用されるだけ。
そんな人生を断ち切って、逃げたいと思うのが不思議ですか?」
「王族になって、幸せになってほしいと……」
「だから、あなたの言う幸せとやらが、私にとっては地獄だと……ほら、言っても無駄じゃない」
私は目を閉じ、枕に頭をうずめる。こんな会話も無駄だもの。
「父親」と名乗る人は病室から追い出された。
どうして、私があんなことをしでかしたのか――みんな気になるよね。
当然、取材して、報道するよね。
ばっちり、王子の浮気が白日の下にさらされました。
側近が止めるどころか煽っていたことも。
王妃殿下が、イジメのような教育をしていたことも。嫁姑の確執が王家でも……って、下世話な話題が人気らしいわ。
学園にお友達はいたからね。
主に、側近の婚約者たち。
「魅力がないから浮気される」なんて悪口に耐えていた、その鬱憤を吐き出していた。
どれだけひどいか、洗いざらい……ちょっぴり盛っていたのはご愛敬ね。
王子とは教会で誓ったから離婚は難しいかな、と半ば諦めていたんだけど、できました。
王子がトラウマを抱えちゃって、私の写真を見ただけで叫びだすんだって。
髪を振り乱して、血を流しながら迫ってくる悪夢を見るそうよ。パレード用の馬車だったから、髪がたなびいていたのねぇ。
でも、私は王子妃教育を終えている。
どうするのかな~と他人事のように考えていたら……王弟殿下との再婚が待っていました。
年上だけど、初婚。
側妃腹で王位継承権は下の方だから、魔術研究所で研究者をなさっている。
うん、静かに暮らせそうで、いいじゃないですか。
そうして、私はいい感じの人生を手に入れたのでした……。
あ、王子は廃嫡で、浮気相手と再婚。
相手の家に婿入り。
それによって跡継ぎの座を追われた嫡男に、目の敵にされているそうです。
側近とか守ってくれる人がいなかったら、王子なんて箱入りボンボンですもん。
王様の威を借りるだけのボンクラだったし。
小舅につつかれて、泣き暮らしているかもね。
意地悪な王妃は、本性が暴露されて、肩身が狭いらしいですわ。
王宮って、逃げ場が自室しかないのよね。
廊下にだって警備の目が光っているし、庭園に出ても人目を避けるのは難しい。
だから、王妃専用のシークレットガーデンがあるんだけど、王子がこっそり逢い引きに使っていたのもバレました。
息子を甘やかしすぎたツケですね。門番も、「不審に思ったのですが、あれだけ溺愛しているなら、許可することもあるかと思いまして」ですって。
王妃が王子が規則を破っても叱らないのは、王城に勤める人間には有名なこと。
国王はそれを黙認していたから、同罪だと思うけど、責任を王妃に押しつけましたね。
シークレットガーデンを取り上げて、王子を城から追い出して。
知らん顔ですよ。ふてぶてしい。
私はというと……旦那様に大切にされています。
出会って早々に、特注のチョーカーをプレゼントされました。
傷を隠すためと言っているけど……なんか、束縛系?
私、放置されて育ったから、あんまり構われると「ひとりの時間がほしい」ってなっちゃうんだよね。
この前、町歩きをしていて護衛と侍女とはぐれたの。
わざとじゃないんだけど、そのまま町歩きを楽しんだら、チョーカーに位置探索魔法の石を着けられた……。
「僕を見捨てたら、駄目だからね」って。
口元は笑っているけど、目が笑っていなかった。
母親の側妃様に邪険に扱われていて、見捨てられ不安があるみたい……ちょっと大丈夫かな。
おひとり様万歳の私と、実はボッチ耐性ないけどおひとり様をやっていた研究者。
相性がいいのか、悪いのか……。
監禁エンドになりませんように、と祈る日々。
でも、うっかり一人で行動しちゃいそうなのよね。
令嬢なのに実家では侍女をつけてもらえなかったから……あの、自称「父親」は、それも知らなかったと謝罪の手紙が届いたわ。
好きなだけ、お仕事していればいいんじゃありません? 知らんけど。
――なんか、私の人生、詰んでる?
おひとり様が好きな人は、溺愛を受け入れられるのか?