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恋鬼  作者: 有月 悠
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七、鳴神の夜

 そうして紫苑姫との仲も少しずつ進展していた。

 だいたい亮澄がいたずら好きの姫にからかわれて逃げ帰るのが定石というような仲ではあったが・・・。

 結婚の証である露顕ところあらわしも間近と思われた。

 ただ、貴族の結婚のしきたりとして吉日に三日間続けて通わなければならない、というものがある。三日続けて通った後に三日夜の餅を食べ合いながらようやく露顕となる。

 だが中々三日間連続の吉日はそうなく、例えあっても今上の覚えもめでたい亮澄は宮中で宴があれば出席しなければならず、姫のもとになかなか通えないでいた。

 それでも姫との結婚はほぼ決まったも同然で、焦ることなど何もなかった。

 梅雨が明けても夏の太陽が照りつける季節がきても、ままごとのような時を過ごし、良い日が来るのをのんびりと待っていた。


 その日は夜半から怒れる鳴神がお出ましになっていた。

 生温かい風が強く吹いたかと思うと空に閃光が走り、遅れて低い唸り声がどろどろと響く。

 もうすぐ夏が終わり、秋が来る季節なのだ。

 亮澄は床に就いていたが目を覚まして雷鳴を聞いていた。

(姫は怖がってなどいないだろうか・・・)

 左京三条の邸で相も変わらず一人寝を続けている亮澄。

 早く姫の元へ三日通って露顕ところあらわしをして昼も夜も堂々と左大臣の家にいたいが、非蔵人となって早や三月、だんだん重要な職を任されるようになり忙しさも増してきた。

 紫苑姫を放っておいているわけではないが、仕事が楽しく充実しているのでつい忘れがちになってしまう。

 今でもまだ左大臣家に行くのは気が引けるし・・・。

 と、激しい閃光とともに、ガーンッ、バリバリバリッとものすごい音がした。

 近くに落ちたらしい。

(くわばらくわばら)

 亮澄は雷避けのまじないを唱えて再び眠りに就いた。


「か、火事ですぞー!!」

 どたどたどたと廂を鳴神さながらに足音を立てて光雄が駆けてきた。

 亮澄はがばっとはね起きる。

 だがきな臭くもないしどこからも炎の明かりが見えない。

「光雄、どこが火事なんだよ!」

 眠りをさまたげられて不機嫌に言う。

「ち、違います、我が家ではなく・・・土御門邸が・・・」


「おいたわしや・・・」

「あっという間のことで・・・」

「なんとむごい・・・」


 目の前に遺体を見せられてもまだ信じられなかった。

 落雷による発火だった。折からの強い風にあおられ土御門邸は全焼、他にも多くの命が失われたが左大臣家の者で火事に巻き込まれたのは紫苑姫だけだった。

 紫苑姫の遺体は近くの寺に移され、朝の静謐な光の中でも目覚めることはない。

「火ではなく、煙にやられたのでしょう。お顔はとてもきれいなままで・・・」

 この寺の僧侶が訳知り顔に言う。

 確かに火事に見舞われたというのに火傷はほぼなく、こうして横たわっている姿はただ眠っているだけのようにも見える。

 ただしこの瞳はもう二度と開くことはない。

 もう、二度と・・・。

「紫苑・・・紫苑姫・・・」

 呼びかけたところで帰ってくることのない答え。

 白い頬にそっと触れると金属のように冷たくてびっくりして手を引っ込めてしまった。

(冷たい・・・)

 冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい・・・。

「坊ちゃま・・・」

 光雄の声にはっと我に返る。

「ここはもう左大臣家の方々にお任せして、私たちは帰りましょう・・・」

 本当はそうするべきなのだ。自分なんて正式に夫婦にさえなっていないのだから。

(だけど・・・)

 亮澄は力なく首を横に振って動かなかった。

「坊ちゃま・・・」

 涙声の光雄は仕事があるのだろう、先に一人で帰っていった。

 左大臣家の者たちも遠巻きに亮澄達を見ていたが遠慮したのか出ていき、僧らもいなくなり、広いお堂に二人きりになった。

(どうして・・・)

 ぱたぱたぱた・・・と堰を切って涙があふれ出した。こんな時にも弱さを他の者に見せられない自分だった。

(もっと心のままに生きて下さい)

 耳の中に聞こえる姫の優しい言葉。

(姫・・・)

「・・・何で・・・っ・・・」

(我慢ばっかりしてるから、きっとそんなに頑なになってしまったのですわ)

(我慢を・・・) 

 するのを、やめよう・・・。

「何で・・・、何で死んだんだ何で死んだんだ何で死んだんだ!うわーーーーーーっ!!!」

 姫の遺骸にすがりつき張り裂けんばかりの声で叫んだ。

(どうして、どうしてこんなことになったんだ――――)

 これから、二人幸せになるはずだった。

 春も夏も秋も冬もずっとずっと二人一緒に生きていくはずだった。

(これからは私がずっと側にいますわ。私の大好きな白銀の君様。もう寂しい思いなどさせません)

 そう、言ったじゃないか・・・。

「ずっと側にいるって言ったじゃないか!言ったじゃないかーーー!!」


 そうして小半刻こはんとき(30分)も泣いていただろうか。

(秋になったら、紫苑を見に行きましょう)

 ふっと、姫との会話を思い出した。

 そうだ、そんな約束をした。山間やままには紫苑の群生地があり、薄紫の花を一斉に咲かすんだとか。

 普段外出しない姫のためにも見に行きましょう、と・・・。

(そうだ、紫苑を見に行こう・・・)

 亮澄はお堂を出てふらふらと外にさまよい出た。

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