五、幸運の階
ろくに食べてなかったのに急にたくさん食べて少々胃もたれ気味だが、払暁に起き出していつものように大内裏へと向かった。
仕事、たまってるだろうなー・・・。
案の定書類や巻物や手紙が自分の机に山になっていた。はは・・・。
「おはよう。随分長い物忌みだったね」
上司の中宮職大夫が嫌味たっぷりに話しかけてきた。
「はぁ・・・」
「それにしても、なかなかやるな。今様を歌ったんだって?」
「は、はぁ・・・」
「いやー、うらやましいもんだ。私も若ければやってみたいもんだ、はっはっは」
「はぁ・・・」
それから入れ替わり立ち替わりいろんな人が自分を見に来た。
さすが貴族社会、こういう出世話には皆敏い。
おかげでちっとも仕事がはかどらない。
そうは思うが自分だって宴の席で楽もないのに今様なんて戯れ歌を歌いながら一差し舞って、左大臣や姫の気を引いたなんていう素っ頓狂な奴がいたらどんな顔か見てみたい。
自分なんだが・・・。
やっぱりやめときゃよかったんだ。なんであんなことしたんだろう・・・。
涙目になりながら全然減らない仕事の山に本当に泣きたくなった。
「やぁ、邪魔するよ」
「こ、これは左大臣様っ!」
今度はとうとう左大臣様が来た。
今日の仕事はもう諦めよう・・・。
「少進殿はいるか?少進殿」
「は、はいここに・・・」
左大臣様はにこにこと笑いながら一目散に亮澄の元へ来た。
「少進殿、おや、少し痩せたかな?顔色もよくない」
「は、はい、少し気分を害しておりまして・・・」
「それはいけない。今度顔見知りのよい僧都を紹介しよう。加持祈祷をしてもらうといい」
「そ、そんな私などにもったいです・・・」
「なんのなんの。あの舞が見れなくなったらそれこそもったいない。主上にこの間の宴の話をしたらとても興味を示されて、見てみたいとまでおっしゃられたのだ」
「主上が!?」
自分の下手くそな舞を主上が見たいって・・・?
「もちろん、我が娘も楽しみにしておるぞ。宴の際にはまたぜひ来ていただきたい」
「は、はぁ・・・」
左大臣様は亮澄の細っこい肩をばんばんと叩くと、恰幅のいい体を揺らしながら帰っていった。
・・・本当に、自分は左大臣に気に入られて、紫苑姫の婿がねになったんだ。
おまけに主上の耳にまで届いてしまった。
「少進殿、仕事大変そうだね、手伝おう」
「え?」
いつもさぼってばかりの同じ位の権少進が妙なことを言う。
「少進殿、左大臣様がおっしゃられていたように顔色が悪い。辛かったら帰ってもいいぞ」
「え?」
大夫まで・・・。
これが貴族社会だ・・・。今まで鼻にもかけられない存在だったが、左大臣、そして主上にまで気に入られたとなれば皆目の色が変わる。
お言葉に甘えて帰ることにした。胃もたれもつらいし。
それから話はとんとん拍子に進んだ。
まず主上にお目にかかるために五位以上の位か特別に昇殿を許される官職が必要だった。
そのために秋の除目を待たずに非蔵人という官職をいただいた。蔵人は定員いっぱいなので。
非、とはいっても立派に蔵人でもちろん昇殿が許される。
蔵人といえばエリートコースの登竜門。ここから参議、果ては大臣まで登りつめることも可能だ。
自分でも信じられない思いでいっぱいだった。
今まで禁裏をただ外から眺めるだけだったのに、今やそこに立ち、仕事は前よりもずっと簡単な仕事ですんだ。
主上には舞を捧げ、お褒めの言葉もいただいた。
今では蔵人の中でも一番のお気に入りだ。側近く召されることも多く、宴には必ずと言っていいほど列席させられる。
自分のことを苦々しく思う輩もたくさんいたが、バックには左大臣がついているのでおいそれと露骨なこともされない。
そして紫苑姫とは・・・。




