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恋鬼  作者: 有月 悠
2/14

一、花見の宴

 

 時は平安時代―――。



 京の都。


 今宵この土御門の左大臣邸では夜空を明けに染めよとばかりにかがり火をたいて花見の宴が催されていた。

(特に今日は盛大だ)

 一人の青年貴族が牛車から降りてきて昼のような明るさを見てそう思った。

 すらりとした上背、切れ長の美しい瞳、通った鼻筋、優美な曲線を描く唇、細く整った顎・・・。月の光にも似た冴え冴えとした美しさに、内裏の女性達はこの青年を白銀しろがねの君と呼んでいた。

 本当の名を橘亮澄たちばなのあきずみ

 橘の名が示す通り名家の出だがこの藤原全盛の世、身分はまだ低く、参議に上った祖父のおかげてなんとか中務省従六位下、中宮職少進を賜ったところ。他の氏族の同じ貴族からみれば恵まれている方だが、殿上に上がることもまだできない。

 だが中宮職という後宮を司る役職をいただいたせいで、後宮の女達に顔が知られ、名前ばかりが世に知れ渡っていた。目にも絢なる美貌の青年がいる・・・と噂話を里下がりついでにばらまくからだ。

 だから亮澄が邸内を歩くと、簾中からどよめきが起こり、一画の御簾がふくらんでその後ろに多くの女達がいることを知らされる。

(珍獣じゃあるまいに・・・)

 亮澄はたくさんの視線を受けることに辟易して、扇で口元を隠しながらほうっとため息をつく。

 それさえも女達には好評のようできゃーと黄色い声が上がった。

(やっぱり来なければよかった)

 とは思いつつ、耳の中にこだまする爺の声を思うと帰るわけにはいかない。


 

「坊ちゃまー!!」

 左京三条にある亮澄の邸宅の長い廂をどたどたと足音を立てて老人が走っていく。

「な、なんだい?爺・・・」

 亮澄は読んでいた漢籍から目を離して顔をひきつらせてなんとか笑う。

(また、縁談の話かな・・・)

「左大臣家の七の姫の婿選びの宴が催されるそうですぞ!!」

(やっぱり・・・)

 亮澄は今年数えで18になるというのに未だ通う姫一人すらいないでこの広い邸宅に一人で住んでいる。

 父を3つの時に亡くし、母も世を儚んで尼になり、出家してしまった。

 幸いにも祖父が存命で彼にかわいがられて育ったが、その祖父も亮澄が元服すると、自分の役目もこれまでと思ったのか間もなく死んでしまった。

 幼い亮澄とこの家を盛りたててくれたのがこの口うるさい、いや、世話焼き、いや、祖父の時代から仕えてくれている忠義者の家司けいし光雄だった。

 だから彼のことはとても口で表せないほど感謝し、信頼しているが・・・。

「左大臣家の姫なんて・・・。とても私なんか相手にしてくれないよ」

 やんわりと断った。

「万が一ということもありまする!必ず行って下され!!」

 床に手をつき頭を叩きつけんばかりに下げる。

「そ、そうだね・・・」

 と言って亮澄は再び漢籍に目を戻す。

 亮澄は早くに父親を亡くし、母親に去られたせいか厭世的で感情の起伏が乏しく、物事に関心があまり向かなかった。

 女性も同じで幾人も妻が持てるこの時代に未だ一人の妻も持っていない。

「坊ちゃま!!」

 光雄の鋭い声が亮澄の胸を打つ。

「う・・・」

 もちろんこの家のためにも自分の出世のためにもいずれは妻を持つつもりだ、いずれは・・・。

「光雄がこの家にお仕えして早30年・・・。父君が亡くなられてから坊ちゃまだけがこの家の唯一の希望!お顔も大層良く頭も非常に良く今年になって六位をいただいてからまた男ぶりも増しておられるというのに何故に妻を取られませぬ!坊ちゃまほどの男であれば女の一人や二人、いーや十人や二十人誘えば簡単についてきましょうぞ!」

「そ、そんなことないよ・・・」

「そんな気弱なことでどうされまするー!左大臣家の七の姫といえば左大臣が身分低い女に産ませたとはいえ、見れば息も止まると言われるほどの美人!そして左大臣家の婿ともなれれば出世は間違いないなし!必ず行って下され!」

  

 というわけで。

 爺にああも強く言われては行かないわけにはいかない。

 乗り気はしなかったが、当代随一と言われる土御門の庭をみるのもおもしろいだろう。

 たくさんの桜が宵闇の中、薄桃の花を満開に咲かせ、かがり火がそれを幻想的に浮き上がらせていた。

 そしてまた野心を持った多くの男たちが、幽玄な桜散る庭に、廂に群れ集っていた。姫の御姿を一目見れないかと、皆鵜の目鷹の目である。

 亮澄はその間を縫って邸をうろうろとしていた。

 来たはいいが、やはり乗り気がしない。人の少ない方を探して歩いていた。

 「あ、あの、し、し、白銀の君様っ!」

 ふいに若い女の声がかかった。

 振り返ると14、5歳の少女が切羽詰まった緊張した顔をしてこちらを見ている。

 宴用に唐衣を美しく纏っているのを見ると、この家の女房だろう。

「確かにそうですが、何か?」

 亮澄は怪訝に思いながらも答える。

「あ、あの・・・あの・・・」

 少女は顔を赤くしながら何かを言おうと口を開けかけては閉じたりを繰り返す。

「どうぞ、何か用なら言ってください。別に怒ったりしませんよ」

 人に言わせると罪作りな笑顔と称される、やんわりとした笑みを向けると少女は少しぽうっとした後、決心をしたようで、

「た、大変不躾とは思いますが、どうか私と一緒に来ていただけないでしょうか!」

「は、はぁ・・・?」

 突然のことに面食らう。一体どういうことだ?

 逡巡していると人の来る気配がした。

 少女はおろおろとその気配の方向と自分とを交互に見て、何かを決意した顔をすると、

「お、お願いです!ちょっとだけでいいんです!」

 少女は青年の袖を掴むと引っぱって歩き出した。

「え、あの・・・」

 振り払おうと思えば簡単にできるが、少女に引かれるままその後をついていった。

 殿舎の角を曲がり人の気配をやりすごし、そのまま渡殿を渡り、おそらく東の対の屋と思われる普通邸の子女たちが暮らす建物にやってきた。

 い、いいのか、こんな所来て・・・。 


 

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