十一、恋の鬼
そうして亮澄は日毎夜毎焦がれる想いを抱えて実らぬと知っていても分かっていても姫を想い続けた。
屋敷の主人に泉殿に用はないかと日に何度も尋ねては怒られた。
やがて姫が病気になったという噂が聞こえてきた。
急に食事を摂らなくなり、床に寝ついてしまったという。
原因は自分だった・・・。
知らず知らずのうちに魂を飛ばしていたようで、紫苑姫の周りに自分の生き霊が姿を現し姫を苦しめているという。
まさか自分の鬼の力が姫を苦しませることになるとは・・・。
だが姫を想うことを止められようはずもない。
京を離れようか・・・。しかし生き霊が距離を隔てたところで収まるだろうか?ましてや自分は鬼である。その恐ろしいほどの力は未だ計り知れない。
そうこうしているとある日泉殿から使いが来た。
「萱人はいるか?」
「はい、おります」
亮澄は出て行って対応する。
「お前か。なるほど、本当にきれいな顔をしているな」
「はぁ、どうも」
「噂は聞いているか?」
「・・・はい」
「悪く思うなよ」
男が片手を上げて合図をすると5、6人の甲冑をつけた侍たちがなだれ込んで来た。
「なっ・・・!?」
あっという間に捕らえられて床に組み伏せられて縄をかけられた。
「ひっ立ていっ!」
「待って下さい!何故にこのようなっ・・・」
「日毎夜毎八の姫様を悩ます悪しき鬼、だからだ」
(ばれたっ・・・)
(一つ、自分が鬼だと覚られないこと)
(霧となって消えましょうぞ・・・)
嫌だ、まだ消えたくないっ・・・。
「ん?」
「うわぁっ!」
「ど、どこに行った!?」
「き、消えたぞ!」
・・・良かったんだろうか?
とっさに隠行で逃げてしまった・・・。
遠見をすると六波羅は蜂の巣をつついたような大騒ぎ。
でもとにかくも自分はまだ消えてない。
しかしもうこれで六波羅には戻れない。紫苑姫である八の姫には近づけない。
また、待てばいい・・・。
亮澄は光の差さない洞窟に身を隠した。
時々覚醒しては八の姫の様子を遠見した。
それで知ったが、八の姫は自分の生き霊を見て寝ついたのではなく、あの日以来自分に一目惚れして、それで恋煩いで寝ついていたのだという。
それを知った父である清盛は亮澄をさっさと殺すことに決めたらしい。鬼だということにして。
ばれてないなら、逃げることもなかったかもしれない。
(だけど・・・)
八の姫はその後平家とともに壇ノ浦まで行動を共にするが、その後都に帰り、貴族の上臈女房となり、それなりに幸せな人生を歩んでいる。
それに引き換え自分はどうだろう。鬼である身ゆえ人と交わることはできず、暗い洞窟の中に身を潜ませ、絢の錦はすでに色を失い、遠くからただ姫を眺めるばかり。
日の光の中、姫は立派な屋敷に住み、他の女房達と笑い合い、移りゆく身を少し嘆きながらも何不自由することもなく暮らしている。
鬼である自分には姫を幸せにすることなんかできない・・・。自分はもう貴族でもなければ人でもないのだから・・・。
(会ったところで決して・・・)
なるほど、こういう意味か・・・。
所詮自分は人の道を外れた鬼。
浅ましい執着でこの世にさまよう亡霊。
あの時終えなければならなかった生を我欲で捻じ曲げてしまった。
罪人は罪人、その咎を負うは定め。
(それでも・・・)
それでも求めてやまない紫苑姫の面影。
どれだけ傷つこうと苦しもうと構わない。
姫に会えるのならば、どのような艱難辛苦も耐えてみせよう。
亮澄は目を閉じた。
次に目を開けた時は海の彼方から来た敵国との騒乱の時。
3度目は天皇家が南北に分かれて戦った動乱の時代。
4度目は日本全体が戦に明け暮れた戦国時代。
5度目は天下が定まった泰平の江戸時代。
6度目は日本が世界を相手に戦い、敗れた有終の時代・・・。