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恋鬼  作者: 有月 悠
11/14

十、六波羅の忘れ草

「ここは、どこですか・・・?」

 亮澄は貴族用の衣服を手に入れ、わざとその着物を引き裂いてボロくして、石で頭を打ち出血させ、六波羅にある平家の門前をふらついてみせた。

 ここ六波羅は平氏一族の拠点。その広さは二十町余り。その広大な区画に塀を巡らせ、その中に三千三百余りの邸宅が立ち並んでいる。

 その中の清盛の居館は泉殿と呼ばれる。紫苑姫はそこで暮らしている。

「なんだなんだ、何事だ」

 すぐに数名の侍たちが亮澄を取り囲んだ。

「ここはどこですか?私は、私は・・・誰だ・・・?」

 亮澄は頭を抱え込み、苦しんでいる演技をする。

「何だお前、記憶を失ってるのか?」

「町人ではないな、この服装。どこかの公家のお坊ちゃんが夜遊びの帰りにすっ転んで記憶を失くしたのかもしれない。役所に調べてもらおう」

「とりあえず中に入れ」

 亮澄は内心ほっとした。うまくいかなければ魅了させて言うことを聞かせようかと思ったが、そんなことをしなくても騙されてくれた。

 まぁ、元々貴族のお坊ちゃんなんだし・・・。

「それで、何も覚えてないと」

 髭面の侍が床几に座り、簡素な土間の一室に座り込んだ亮澄の顔を覗き込んで尋ねる。

「はぁ・・・」

 亮澄はさも困ったように目線を落としてため息まじりに答える。

「しかし役所に問い合わせてもそんな者はいないとの答え」

「はぁ・・・」

「しかし身なりから察するに高貴な身分の方と思われる。一体どうしたものか・・・」

「う~ん」

 周りの5、6人いる侍たちも一様に首を傾げた。その様子がおかしくて吹き出しそうになったがなんとかこらえる。

「都の人ではなく、地方から帰ってきた貴人では?」

「打ち捨てられた宮人が都恋しさに帰って来たのでは?」

「宮人!?」

 なんだかすごいことになってるなー。宮人って天皇の血筋の人だぞ。

 そんなこんなで結局平家預かりの身となった。

 とある人の屋敷に世話になり、「萱人かやと」という名前をもらった。

 萱草かやくさ、別名忘れ草と呼ばれる植物が由来だ。全て忘れてしまった人、と言う意味でつけられた。

 紫苑とは何と対象的な名前だろう。付けた人は知ってか知らずか・・・。

 亮澄は萱人と呼ばれ、読み書きできるのでその家の家政的なことを手伝って日を暮した。


 やがて機会は訪れた。

 屋敷の使いで泉殿に行くことになった。

 遠見をして姫の住んでいる建物や場所は分かってる。

 うまく時を会わせれば例え御簾越しだろうと姿を見ることは可能だろう。

 瞼の裏に描かれる姫は美しさをさらに増したようにみえる。

 顔はやはり別人。だけど分かる、魂は確かに紫苑姫だ。

 一目、一目会えればそれでいい。そう思ってここまで生きてきた。

 姫に会える、そう思うと嬉しさで体が震える。

 心臓が高鳴り、激しく脈打つ。呼吸さえも苦しくてめまいを起こしそうだ。

 だがこんなところで倒れるわけにはいかないので自分を奮い立たせて歩く。

 泉殿に着き、用が終わると人の目を盗んで庭へ出る。

 怪しまれたら迷ったとでも厠を探しているだのなんだの言えばいい。

 はやる心を押さえて姫の住む建物を目指した。

 大丈夫、ちょうど姫はどこかへ行くところだ。

 そう、道に迷ったふりをして、さりげなく、さりげなく・・・。

 やがて廂を渡る数人の女の列が見えた。

 亮澄はさも偶然行き当たったという感じを装って地面に平伏した。

「誰ぞっ」

 鋭い誰何の声が飛んできた。

「申し訳ありません!私平××様の下にて家令をしております萱人と申す者であります。道を間違えこのような所に出てしまいました。平にご容赦を!」

「萱人・・・、ああ、大層顔のいいという記憶喪失の居候ね。どれ、顔を上げてごらん」

 物好きのしそうな声で女が言った。

(やった・・・)

 亮澄はどきどきしながら顔を上げる。顔が良くて本当にこの時ばかりはよかった。

 廂の渡りには誰何すいかしたであろう中年の女性と、その後ろに・・・。

 紫苑姫・・・。

 懐かしさと嬉しさで泣いてしまいそうだ。

 まだあどけない幼い顔。不思議そうに亮澄をきょとんとした顔で見ている。

 覚えてなどいない、だろうな・・・。

 当たり前だ。

 忘れられていることなど、そんなこと百も承知だったはずだ。

 それでもやはり自分を見てぼんやりとされているのを見ると憎らしい。

「もうよい、お退がり」

「はい」

 一度平伏してから顔を上げないようにそそくさと退散する。

 だが一度だけ目を上げた。

 するとなんと姫がこちらを見ていて目が合った。

 やはり不思議そうな顔で亮澄をじっと見る。

 まさか覚えてるわけ、ないよな・・・。

 ・・・でもそれだけでも報われた気がした。

 紫苑姫はお付きの者に促され、亮澄から目を離すと歩き出した。

 

 

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