九、平家の姫
(生まれた―――)
感覚で分かった。
紫苑姫の魂がこの世に再び生を受けたのが。
暗い洞窟の中で何十年ぶりかに目を開ける。
ふっと息を吹いて鬼火を作る。音もなく虚空から現出した炎は亮澄の姿を照らす。
体はもちろん元のままだったが着物が茶色く古びてぼろ布になってしまっていた。
これでは外に出られない。
遠見をするとこの洞窟の入り口付近を盗賊がねぐらにしているようだった。
外は夜、皆寝こけていた。
(ちょうどいい)
鬼火をそのまま伴い足音を立てないように近付く。
風を操り冷たい風を洞窟の奥から吹かせる。
その気配に一人の者が目を覚ます。
「んー、寒い・・・いいっ!?」
鬼火と、それにぼんやりと浮かび上がっているであろう自分の姿。
「で、で、で、出たーーーーーー!!!」
その声に他の者も全て起き出す。
「ぎゃーーーーーー!!」
「ひーーーー!!」
「お助けーーーー!!」
てんでに叫び声を上げて洞窟から逃げ出していく。
「お、おおお己源氏の亡者か、たたた退治してくれる!」
その中に一人骨のある奴がいた。剣をこちらに向けているが切っ先は震え定まらない。
「っが!」
金縛りにかけて近づく。
「あわわわわわ・・・」
失禁したのか小便の臭いが漂う。そのまま失神してしまった。
(着物をもらおうと思ったのに・・・)
仕方がないので男の額に手を当て記憶だけをいただくことにした。
(今は応保元年(1161年)・・・。この者は平家のはぐれ者か。・・・なんとあの平家が宮廷を牛耳っているだと!?信じられん・・・)
時の移り変わりとはすさまじいものだ・・・。
武家など歩く犬にすぎなかったものを。
男の記憶では大した情報は得られない。
亮澄は盗賊の棲みかをあさり、着物と銭や金目のものをいただくと洞窟を出た。
それから時々都や町に出入りしては世情を入手しながら、紫苑姫の長ずるのを待った。
会ったところで赤子ではやりきれない。さらっても亮澄には育てられない。何より生まれた父母から引き離すのは亮澄には絶対にできない。
紫苑姫に会ったのは彼女が15の年。一応それまで待とうと思った。
(だがどうやって姫に近づいたものか・・・)
<ゆめ忘れるなかれ、鬼と覚られてはならぬ・・・>
この制約があるので鬼の力はあまり使えない。
あくまでふつうの一般男子として近づかねばならない。
紫苑姫はこの時代にあっても貴族の姫として生まれ変わっていた。
平清盛の八女、母は常盤御前。またも権力者と身分低い女との間に出来た子だ。
紫苑姫は清盛の元に引き取られ大切に育てられていた。
(手の出しようがないな)
まぁ、何とかなるだろう、時間はまだある・・・。