9.【まとわりつく影】
修司「どや〜?着れた〜?」
郁巳「あの、ちょ、これユニセックスですよね……?」
外に出たくなくてカーテンを握りしめていると修司さんが容赦なく開けてしまった。
修司「おおー……」
……絶望的に似合わない。
俺は初めて試着室から出たがらない人の気持ちが
分かった。
頼まれて着た服だからそんなこと考えなくてもいいはずなのにあまりにも不格好すぎて嫌になる。
何とか腕を通したジャケットはパツパツすぎて脱ぐ時に破れやしないかと心配になるし、パンツはそもそも
ウエストが現実離れした細さに作られているせいで、
ボタンを閉めることも出来ずに空いたまま。
恥ずかしくて真っ赤になっていると、
修司「ここまで出てきてや!!それ蘭世用
やから気にせんと雰囲気だけ見させてな?」
___〝蘭世〟用って。
その名前を聞いた途端、胸に痛みが走った。
蘭世こと梓蘭世は俺のいた三木プロダクションに所属
しているタレントだ。
蘭世は俺なんかとは違って、小さい頃からテレビに
引っ張りだこの超がつく売れっ子だった。
同じプロダクションにいても蘭世クラスになると別世界の住人で、久しぶりに聞いたその名前に身体が震えてしまう。
俺には全然手の届かなかった芸能界を体現したかのような生まれながらに選ばれし存在。
修司「今度の新作コレクションのPV撮影あるやろ?
それでニカが蘭世に着せたいやつなんよ」
蘭世に着せたい、ってことは最初から蘭世で決まってる出来レースなんじゃ……?
新作コレクションのPVを撮るとは聞いていたが、モデルはオーディションで決めると言っていたはず。
でもこの洗練された服に身を包む蘭世の姿が脳裏に浮かぶと同時に、何故か釈然としない思いがこみ上げた。
修司「まじで蘭世のサイズおかしいよな。いや逆か、
ニカのこだわりがおかしいんかも……んー、もう2針
縫って裾にチェーンか」
修司さんは独り言のように呟きながら、アクセサリーを手にまた何か考え始めた。
修司「いく、前向いて」
アクセサリーを服に当てて考え込む修司さんに言われるがままにポーズを取るけど、鏡に映る自分を見れば見るほど蘭世の影に飲み込まれそうになる。
二階堂さんのデザインは蘭世のような非現実的な存在のためにあるかのようだ。
自分の体を見下ろせば蘭世とほとんど変わらない身長のはずなのに、この服はまるで別次元の骨格を要求している。
……骨格から一般人だと叩きつけられたみたいで
死にたくなる。
俺の悲壮な顔に気づかない修司さんはああでもないこうでもないと呟いているが、
竜二「おい修司!!そんなの蘭世で確定してからにしろよ」
修司「こんなん蘭世で決まりやん!!蘭世以外誰が
着れんねん!!1つでも先にアクセサリー決めといたら
楽やろがい!!」
竜二さんに反論する修司さんの言葉は選ばれし存在で
ある蘭世と自分の違いを見せつけられているようでこれ以上ないくらいに落ち込みそうになる。
修司「いく、ありがとな」
郁巳「い、いえ……」
修司さんにもう着替えていいと言われ試着室に戻るけど胸の奥が痛いままだ。
カーテンを再び閉めてピチピチのジャケットを脱ごうとしてふと思った。
俺はもうどこのプロダクションにも所属してない、
ただの一般人じゃないか。
というか、1回もまともな仕事もらったことなんて無かったんだから元々一般人だろ。
この服が入らないからといってショックを受ける必要なんかどこにも……。
…………。
………………。
一般人、か。
あんなにも芸能界に憧れてあの世界を目指していたはずなのに、今こうして試着室で縮こまっている自分が酷く小さく感じた。
きっと蘭世なら二階堂さんが手がけたこの服をよりよく美しく見えるように着こなすんだろう。
蘭世はきっと、あの二階堂さんの賞賛を受けてステージでありえないほどの輝きを放つんだ。
そう思ったらシャツのボタンを外す指をわずかに震える。
何でモデルなんかするんだろう。
蘭世はテレビや舞台ので輝く、生まれながらのスターだというのに。
モデルなんて仕事する必要ないじゃんか。
しかもよりによって二階堂さんの作品を……。
カーテンを開け試着室から出るけどぐちゃぐちゃの感情が渦巻いて消えない。
ここにいないはずの梓蘭世が影のように後をついてまわる気がして、俺は頭をブルブルと振った。




