8.【無様な姿】
俺はカウンターの奥で、畳んだシャツの裾をそっと
整える。
今日の客足はまばらだけど夏休みだからか学生らしき人が多く、静かなBGMが流れる中、俺の視線はふと店内の奥に飾られたトルソーに落ちた。
シンプルながら洗練されたデザインのジャケット__。
二階堂さんの最新作だ。
郁巳「試着もできますから、お声掛けくださいね」
……最近は接客にも大分慣れてきたよな。
芸能界にしか興味がなかった頃の自分を思えば、こんな風に服屋で働くなんて想像もできなかった。
スポットライトの代わりに、こうやって服に囲まれて
いるなんて……。
これも二階堂さんが『できる』と言ってくれたおかげ
だと好きな人を思い出して自然と頬が緩んでしまう。
二階堂さんはいつもレジカウンター横の椅子に座って
スケッチブックに何かを描いていて、2人にちゃんと接客しろって怒られていた。
今はフランスに行ってしまって、ここにいないのに服に命を吹き込むみたいにデザインする彼の姿が脳裏から離れない。
この気持ちは〝外見だけ〟なんかじゃないのに。
俺は店内にいても竜二さんの言葉がずっと引っ掛かったままだった。
でも改めて考えればこの店でバイトをし始めてから彼と話したことなんて数える程しかない。
それも業務連絡とか新作の説明を聞いたりとか……。
それでも店内で彼のデザインした服を手に取るたび二階堂さんの思考そのものに触れた感じがして胸がドキドキしていた。
………やっぱりこれが好きってやつだよね?
もう一度トルソーにかけられたジャケットを眺めながらよく考える。
修司さんと竜二さんは二階堂さんが俺を恋愛的な意味で好きじゃないって言ってたけど、俺の好きは……
どうなんだろう?
……。
…………。
……絶対に恋愛的に好きだと思うんだけど。
二階堂さんがデザインした服の写真がぎっしり詰まった冊子をついじっと見つめてしまう。
だって修司さんや竜二さんが同じことを言ってくれたとしてもこんな風に胸がドキドキなんてしない。
じゃあ内面で好きなところを探そうと、彼の顔を思い
浮かべた瞬間、
修司「いく〜?」
郁巳「は、はい!!」
修司「手空いたらこっち来てくれへん?」
修司さん声にハッとして我に返った。
わかりましたと明るく答えたものの、心はまだ二階堂
さんに絡めとられたままだ。
急いで服を畳みながら俺はそっと息をついた。
______
____________
客の波が引いた店内は、静けさを取り戻していた。
俺はカウンターの埃を軽く払いながら店内に置かれた
ソファに座りながらシルバーアクセサリーを手にしている修司さんを見る。
ローテーブルの上にチェーンの細いネックレスや鋭角的なデザインのリングを並べ、何やら考え込んでいる様子だった。
郁巳「修司さん、すみません、さっきの……」
修司「あぁ、ええで。接客助かったわ。忙しかったからな、ナイスやったで」
修司さんの関西弁風の口調ははいつも軽快で、軽く手を振って微笑まれる。
修司「いく、悪いけどちょっとあれ着てくれへん?」
修司さんは壁のフックにかかったセットアップを指さした。
修司「このアクセサリーとあれのチェーンのバランス
見たいねん」
郁巳「え、えぇぇ?」
ハンガーにかけられた服は一目で二階堂さんの力作だと分かった。
黒を基調としたスリムフィットのジャケットは、肩から裾にかけて流れるようなカットが施され怪しい光沢を
放っている。
襟元には細いシルバーのチェーンが縫い込まれ、動く度に光を反射して、袖口にはアシンメトリーなジッパーが走り、片側だけがわずかに長く計算された不均衡が目を引いた。
パンツはタイトで、膝下に絶妙なフレアが加えられ、
まるで動きそのものをデザインに落とし込んだような
シルエット。
修司「ニカの力作や。相変わらずハイセンスすぎてよう分からんけどなぁ……わざわざ空輸してまで送ってき
よって___」
修司さんの声を半分聞き流しながら、俺は目の前の服
から目が離せない。
二階堂さんの世界観が閉じ込められたこの一着は、確かに圧倒的な存在感を放っていて美しい。
それはそれは美しくて、すごいんだけど……。
こ、これを着るの?
修司「じゃ、早速着てみてや」
郁巳「あ、はい」
修司さんに促されるまま試着室へと足を踏み入れる。
カーテンを引いてから自分の服を直ぐに脱いで横の
ハンガーに掛けた。
……二階堂さんの服ってほぼユニセックスだよな?
修司「いく、これかけてな」
修司さんが試着室を覗いて渡された服を受け取るけど、よくよく見れば全体的に恐ろしいほど細身に作られている。
パンツのボタンを外し、そっと足を通してみるが__。
郁巳「……嘘だろ」
全く入らない。
いや、入らないわけじゃないんだけど腰のあたりで生地がピタッと止まり拒絶するかのようにウエストが閉まらない。
郁巳「え、ちょ、……」
最近体重なんて測ってないけど、そんなに太ったっけ?
三木プロにいた頃はスタイル管理も徹底されていて、
苦労する奴がいる中で俺はあまり何かを言われることも無かったのに。
焦りながら鏡を見ると、丈は確かには合っているはず
なのにどうにも腰が入りそうになくて奮闘してみる。
あまりにも無様な姿に、俺は苦笑いを浮かべるしかな
かった。




