3.【連絡がない】
あの出会いから約半年___。
透明なガラスファサード越しに色とりどりの古着や
レザーアイテム、キラリと光るシルバーアクセサリーが並ぶ『Para_Kid』で俺はバイトをしている。
大須の古着屋やセレクトショップがひしめく通りの中でもこの店は一際異彩を放っていて、ヴィンテージの風合いと現代的なエッジが交錯するまるで物語の舞台のような空間だ。
郁巳「おはようございまーす」
「おはよ。……おい、修司まだかよ!!」
低く、渋みのある声が開店前の店内に反響するが、
この声の主はメイヒュー竜二さん。
『Para_Kid』には3人のオーナーがいて、そのうちの
1人である竜二さんはレザーアイテムを手掛ける職人だ。
180センチを軽く超える長身に黒い長髪が背中に流れる姿は、まるでヴィンテージのロックアルバムの
ジャケットから抜け出してきたみたい。
肩に羽織った使い込まれた革ジャンは彼の手による1点
もので、黒のレザーに施された細かなステッチとところどころに刻まれたシルバースタッズが朝の光に鈍く輝いている。
首元には燻されたシルバーのクロスチャームが揺れ、
太めのロールチェーンがその存在感をさらに引き立てている。
重厚なアクセサリーは竜二さんの無骨な雰囲気に完璧に溶け込んでいるけど、この渋い見た目とは裏腹に
竜二さんは驚くほど優しいのがギャップだよなぁ……。
俺みたいな新米バイトにも、ちゃんと目を見て話してくれる。
アメリカとのハーフらしいエキゾチックな顔立ちと、広い肩幅にすらりと伸びた脚の神がかったスタイルは店に入る客の視線を一瞬で奪うくらいだ。
「もうちょいやって、あかん!しゃんと立ってやしゃんと!!」
関西弁とも何ともつかない独特のイントネーションで
叫ぶのは、呉修司さん。
今日の修司さんはオーバーオールで肩紐を片方だけ外し、ロールアップした裾から覗く足元は竜二さんの手掛けたブーツ。
銀色の短髪をキリッと立てたお調子者だが、シルバーアクセサリーの職人としての一面を持ち、もちろんこの店のオーナーでもあり店長的存在で、実は1番の年長者だ。
修司さんは竜二さんのルーズジーンズの裾をまち針で留めて、自分の作ったシルバーチェーンを垂らす長さを確認している真っ最中。
真剣な手つきとは裏腹に会話がゆるいのも修司さんっぽかった。
修司「いくー? 今日、雨予報やし、お客さん少ないんとちゃうかな?」
修司さんが軽い調子で言うと竜二さんが眉を顰めてため息をつく。
竜二「それじゃ困んだよ。大体、ニカの野郎、〝服売っといてください〟って連絡だけ寄越しやがって……」
___ニカ。
その言葉に心臓が跳ねる。
ニカとは二階堂真弓さんのことで、『Para_Kid』のもう3人目のオーナー。
『Para_Kid』で洋服のデザインを担当する俺の憧れの人でもある。
渦中の人物である二階堂さんは、3ヶ月前パリへと旅立ってしまって今ここにはいない。
その事実が俺の胸にぽっかりと穴を開ける。
竜二さんがため息をつきながらカウンターに置かれた濃いグレーのファーショールを手に取るが、墨汁を垂らしたような独特の染めが二階堂さんの感性を物語っていた。
竜二「こんなファーどうやって売るんだよ」
修司「分割してシルバーつけてストラップにしたろかな?こんなんもうコギャルしか付けへんよ」
竜二「修司年代丸わかり、今はJKってんだよ。昨日ニカから電話かかってきてあれは使えねぇって怒鳴っといたわ」
竜二さんが呆れたように突っ込むが、この二階堂さん制作のファーショールを絶対売れないと断言するやり取りは今月に入って何度目だろう。
修司さんは怒る竜二さんの背を正し、チェーンの長さを再確認しているけど、今の俺はそれどころじゃなかった。
………で、電話がかかってきた!?
俺は目を見開き喉の奥で何か言おうと口を開いたが、まるで体が石膏で固められたように動けなかった。
心臓がドクドクと脈打ち、耳の奥で血が流れる音が聞こえる。
郁巳「お、俺には連絡来てませんけど……」
何とか絞り出した俺の声は思わず震えてしまった。
だって本当にないんだ。
俺には二階堂さんからの連絡がらまるでない。
ショートメールも電話も、何もない。
その事実が胸の奥で鋭い棘のように刺さるが、どうしてと俯く俺に修司さんがいつものように軽い調子で返した。
修司「えー? やって、いくに大層な用事があるわけちゃうやろ?」
郁巳「で、でも、俺たち付き合ってるのに___」
だが、俺の言葉が店の空気を一変させた、
言葉が口をついて出た瞬間、時間が止まったかのように店内が静まり返った。