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2.【オーラとはこういうこと】




軋む木の階段を一歩ずつ降りながら、胸に重くのしかかる現実を噛みしめる。



郁巳「学歴は大事って、マジかもなぁ……」



アイドルになる夢を追いかけ事務所に所属しながら中学から芸能活動を許された山王学園に通い、高校卒業後は大学進学を捨ててレッスンに全てを捧げてきた。


それなのにこれからはただのフリーターとして生きていくしかないのか……。


自然と重いため息が漏れ、階段を降りきって店内を

そっと覗く。



……良かった。



天ちゃんのファンの女の子はもういなさそうだ。


落ち着いた和の雰囲気が漂う店内はほのかにお茶の香りが漂い、木の温もりに満ちた内装がどこか懐かしさを呼び起こす。


棚には色とりどりの茶筒や急須が整然と並んでいて、

入口から差し込む自然光が柔らかく店内を照らす。


壁には茶器や茶葉の種類を説明する小さな掛け軸が

かけられていて、入口の1番目立つ場所には……。



カラフルジュエリストのポスター。



しかもよく見ればサイン入りじゃないか!?



郁巳「て、天ちゃん……いつサインなんか作ったんだ…?」



それを見たら急に胸の中で虚しさと悔しさが渦巻く。


……俺も密かにデビューを夢見てノートに何度もサインを練習していたのに。


ペンを握り芸能界で輝く自分を想像しながら、何度も

曲線と直線を組み合わせノートに自分だけのサインを

刻んだことを思い出す。


でも天ちゃんのサインはプロの手による洗練された輝きを放ち、デビューを掴んだ人との差をこうも鮮明に突きつけられると胸が締め付けられるように疼いた。


自分の中であんなにも輝いていたサインが、まるで子供の落書きのように思えて悲しくなる。



「郁ちゃん、お客様に温かい緑茶出してあげて?ごめんねぇ……ちょっと待っててねぇ……」


「いえ、お気になさらず。座ってていいですか?」


「もちろんですよ」



店先から聞こえる祖母の声とは違う低く艶やかな声に、落ち込んでいた俺は顔を上げる。


声の主は、軒先の赤い布のを敷いたベンチに腰を下ろしていた。


大須商店街の素朴な雰囲気が一瞬で色づくような派手な存在感に驚きを隠せない。


こんな古ぼけたお茶屋でわざわざ緑茶飲んでくお客さんなんているんだな……。


てか、ここのお茶そんな美味しかったっけ??


うちなんて近所のおじいちゃんおばあちゃんが茶葉を

買いに来るくらいの店だったのに、大須もずいぶん変わったんだな……。



………。



いやいや、今はそんなことを考えている場合じゃない。


俺は急いでサンダルを履いて中央の木製カウンターに

向かうと急須と湯呑を用意する。


ばあちゃんがすでに湯を沸かしてくれていたことに感謝しつつ、急須と湯呑に少量の湯を入れて全体を温めてから湯を捨てた。


それからティースプーンで茶葉を一匙掬い、急須に投入。


お湯を注ぎながら、昔ばあちゃんの手伝いで茶の淹れ方を覚えたことが今になって役立つとは思わずホッとした。



郁巳「バイト先が見つかるまでとはいえ、ただの役立たずで居座るわけにはいかないもんな…」



チラリとベンチの華やかな客を見やると、手持ち無沙汰なのか彼もまたカラフルジュエリストのポスターを

じっと見つめている。


店内に焙煎機の音とほうじ茶の香ばしい香りが漂う中俺は急須に湯を注いで蓋をして蒸らすが、再びため息が漏れた。



……あんなに厳しい春樹くんのレッスンを耐え抜いてもダメだったなんて。



俺は次の機会じゃなくて、今すぐデビューしたかったんだよ。



胸の中で愚痴りながら湯呑に少しずつ均等に茶を注ぎ分け、最後の一滴まで丁寧に注ぎ終えると、盆に湯呑を乗せ客のもとへ向かう。



郁巳「お待たせしまし……」


「あぁ、ありがとう」



低い声で礼を言うその男の首には、顎下から喉元に沿って蜘蛛のタトゥーが全面に刻まれていた。



___す、すごい。



鋭い個性とミステリアスな魅力を放つ圧倒的なオーラの持ち主は周囲の視線を一瞬で奪い、その存在自体がまるで夜の闇に光る一筋の雷のようだった。


ただそこにいるだけで、周囲に新たな息吹を吹き込む華とオーラに満ちた存在。


その姿は俺が憧れ続けた芸能界そのものを体現しているかのようだった。


彼がそこにいるだけで空間は鮮やかに、鮮烈に変わる。


こういう人が_____



「ねぇ」


郁巳「は、は、はい!?」


「見惚れてるとこ悪いけど、お茶貰っていいかな?」


郁巳「えっ……あ!す、すみませ、」



俺は顔が赤くなるのを感じ、それでも胸の高鳴りを抑えきれなかった。


この人は、俺に足りないもの全てを持っている。


本当にかっこよくて、俺の欲しかった輝き全てを__



郁巳「あっ……!?」



首の蜘蛛のタトゥーが放つミステリアスな魅力に魂を奪われたせいか、俺の手は震えつい手元が狂ってしまう。



「……っ!?」


郁巳「す、す、すみません!!!すみませんすみませんすみません!!!ほんとごめんなさい!!!」



湯呑みから熱い緑茶がこぼれて彼の胸元にかかってしまい、俺はパニックに陥り慌てて頭を下げる。


思いもよらぬ失態にまるで足元から地面が崩れ落ちるようだった。


だが俺はこの取り返しのつかない失敗が暗闇に投じられた一石のように運命の水面に波紋を広げ、予期せぬ扉を開くきっかけになるとは夢にも思わなかった。






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