1.【帰還】
〝カラフルジュエリスト メジャーデビュー決定!!〟
………。
………………。
商店街の喧騒を背に、綺麗に飾られたポスターが目に
飛び込む。
店先の一番目立つ場所に貼られたその紙は、まるで俺を嘲笑うかのようにそこにあった。
何度目か分からない重いため息が、胸の奥からこぼれ落ちる。
……本当なら。
本当なら俺もあのポスターの中にいたはずなのに。
「郁ちゃん、いらっしゃい!」
店の奥から、ばあちゃんの朗らかな声が響く。
赤木郁巳、今年で20歳。
今日からこの大須商店街でお茶屋を営むばあちゃんと
一緒に暮らすことになった。
郁巳「ばあちゃん……」
「なぁに郁巳ちゃんサングラスしてぇ…天ちゃんと同じ芸能人みたいじゃない」
郁巳「……あ、あはは……荷物置いてきていい?」
「置いといで。あぁ、あとダンボール、ばあちゃん
重たくて運べなかったから___」
郁巳「うん、一緒に運んどく」
1階がお茶屋、2階が住居という時代に取り残されたようなアーケード下のこのお店。
階段の手前に置かれたダンボールにカバンを放り、軋む木の階段を登りながら、正面口から入ったのは失敗
だったかもしれないとため息をつく。
店先にまだたむろする若い女の子たちの楽しげな声が耳に刺さる。
いつからこんな古ぼけた茶屋に若い女の子たちが来るようになったんだと思えば、彼女たちはトレカを手にポスターをスマホで撮影していて一目でカラフルジュエリストのファンだと気づいた。
___しかもあの子たち、絶対に天ちゃんのファンだ。
尚更俺とバレるわけにはいかない。
一旦店前まで来たはいいけど引き返してスリコでサングラスを買ってきたのは正解だった。
どさ、と和室の居間に荷物を置くと何だか全身の力が
抜けていく。
サングラスを外し机に置いて座布団を枕に寝転がる。
……俺もアイドルになりたかったのに。
一昨日まで、俺は名古屋の芸能事務所〝三木プロダクション〟に所属するタレントの一人だった。
事務所の片隅で、夢の第一歩を踏み出したあの日のことを今でも鮮明に覚えている。
子供の頃、芸能界に憧れた俺は半ば勢いだけで三木プロの門を叩いたのが始まりだ。
難色を示す親を説き伏せて履歴書を送ってもらったのも懐かしい思い出で、唯一の誤算はその時のオーディションに弟の天晴が母親と一緒についてきたことだった。
オーディション会場で緊張で手が震える俺の手を握る天ちゃんは応募もしていないのにその場で社長にスカウトされた。
その後俺も無事受かって俺たち兄弟はレッスンに通うことになり、ダンスに歌に日舞など芸能界に必要なことは全て叩き込まれてきたが、エキストラばかりの俺と違って社長のオキニの天ちゃんは子役として引っ張りだこだった。
いつか、いつか俺だってあのステージの輝く場所に
立って___。
必死に芸能界のステージに立つ日を夢見て頑張ってきた俺にとうとうチャンスが訪れた。
三木プロ初のアイドルユニット〝カラフルジュエリスト〟のメンバーに見事俺も抜擢された……はずだった。
……はずだったんだ。
郁巳「……トーク……華……オーラ……」
寝転がったまま腕で顔を覆うが、事務所の先生達の冷たい言葉が頭の中で何度も反芻される。
最年長でリーダー的立ち位置を任せるにはトーク力が
足りず、アイドルとしては華とオーラがない。
対して弟の天晴は華とオーラに溢れ、ちょっとわがままな性格が場を明るくする、と。
結果、俺はあっさり別のメンバーに差し替えられユニットから外された。
社長の息子で企画者の春樹くんだけは、
『郁巳、絶対次でお前を選ぶ。頼むから他の事務所に
移るなんて考えないでくれ』
と言ってくれた。
でも、次なんてない。
そんな甘い世界じゃないことくらい俺は分かってる。
夢敗れた俺は糸がぷつりと切れたかのように、お世話になりましたと三木プロダクションを退所した。
初めてこの事務所に足を踏み入れ希望に満ちていた自分はどこへ消えたのか。
足音だけが虚しく響き、背負った過去と向き合うしかなかった。
「郁ちゃーん」
ちょうどその時ばあちゃんの声が1階から響く。
郁巳「はーい?」
「ごめんねぇ、ちょっとお手伝いしてくれるー?」
郁巳「わ、わかったー」
慌てて起き上がり、サングラスをかけ直した。
そもそも俺がこの大須のばあちゃんちに引っ越してきた理由はアイドルになった弟となれなかった俺の現実を直視するのが耐えられなかったからだ。
弟の天ちゃんはもちろん可愛い。
華やかで、自由で、弾ける笑顔が魅力のまるでアイドルになるために生まれてきたような弟だ。
一方、俺は……。
何の才能もない、平凡な人間でしかない。
天ちゃんと一緒にいるだけで自分の魅力の無さを突き
つけられる気がして、落ちた理由を考えては落ち込む日々。
そんな自分に耐えきれず、半ば逃げるようにしてばあちゃんの茶屋を手伝うという名目で大須に引っ越してきた訳だ。
今年で20歳か……。
もう何百回目か分からないため息をつきながら、俺は
軋む階段を降りていく。
古びた茶屋の匂いと、遠くで響く大須商店街の喧騒が
俺の新しい現実を静かに包み込んでいた。