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挿絵(By みてみん)






ソレは、数多ある長い手足に、鉤爪を持っていた。

ソレは、黒珠の身体に、白い斑点が浮かんでいた。

ソレは、四つの目を動かし、口からは牙を生やしていた。

ソレは、首長の顔をしていた。


しかし最早、人ではなかった。



「うああぁぁうあぁぁぁあうぅああぁぅぁうああああ」



地中から出てきた怪物は、叫びを上げた。

甲高く耳障りな声だった。



村人たちは恐慌状態に陥った。



ある者は、狂乱して怒鳴った。

ある者は、全てを捨てて逃げ出した。

ある者は腰を抜かし、その場で固まって動けなくなった。



「ぁぁみんなあああぅぅぁきらいだぁぅぁあううあああぅ」



怪物はその長手多足で体を引き摺った。

ドーンドーンと地面が鳴った。

地響きの度に、砂も埃も一緒くたになって舞い上がった。



「なんだ、ありゃあ……」



カグナは唖然として口を開けた。

ホムラから離され、地面に降り立つ。

そして首長の変わり果てた姿を見上げ、背骨を震わせた。



畏怖。



それは、最初ホムラに抱いた感情と同じだった。

しかし次いで頭に、全く別の言葉が浮かんだ。




禍々しい。




姿形だけからではない。

あの怪物が放つ強烈な殺意。

匂いが、カグナにその印象を与えた。



「実らせたのは、穂だけではないようじゃな」


ホムラがまた、厳しい口ぶりで言った。


「よくまあ肥えよって。死肉はさぞかし旨かったのじゃろう」

「は?!一体何がーーーー」



とカグナが言いかけた瞬間、ナニカが月明かりに閃いた。

怪物の鉤爪が、尋常ならぬ速さで襲いかかってくる。


「ぐッッ!!」


カグナは咄嗟に、持っていた銅剣で爪を防いだ。



ガギッ!!ビキキッ!



だが、凶悪な力までは弾けなかった。

カグナは木の葉のように吹っ飛んだ。

木柵に勢いよくぶつかると、ずるりと地面に落ちた。



「なんて……力だ……ッ!」



くぐもった声が漏れる。


カグナは体を起こそうとした。

最早痛みに慣れ、痺れしか感じなかった。



「でもまだ、これしき……」



カグナは手を持ち上げた。

瞬間、ガコン……と何かが落ちた音を耳にした。

カグナはぞっとした。




先に限界が訪れたのは、カグナではなかった。




カグナは恐る恐る、地面に目をやった。




そこには銅剣の刃先が転がっていた。




「え?」



カグナは白い顔で右手を見た。

右手は今も柄を握っている。


その先に当然なのも、ない。



「折れやがった……」



カグナは絶叫した。



「折れやがった!折れやがった!折れやがった!!」




銅剣は、支えだった。



周りにうまく溶け込めず、遠巻きにされた時も。

姉の代わり身となり、贄の箱へと入った時も。

そして、『舞焔』の真実を聴き、山を下りた、あの時も。



剣は力の源だった。

孤独な心の支えだった。




「……うそだろ……」



カグナは項垂れた。

柄だけになった剣を放しがたく、握りしめていた。


ホムラが、カグナの隣に降り立った。



「つまり、丘の子は土ノ神と一つとなった」



燃え立つ長髪を揺らして、カグナを見下ろした。



「『神懸かり』じゃ。最早、人の力では敵わぬ」






「ぎゃあああああ!!!!」






村人の絶叫が轟く。

カグナははっとして顔を上げた。



長手多足の巨怪が、人々を次々に屠っている。



長い手で宙をぶん回されている。

妻子の盾となって、巨足で踏んづけられている。

背中を爪で切り裂かれている。

ただその場に跪いて、額を地面に擦りつけている。



「あ」



失意の中、カグナは口を開けた。



「あいつ……」



カグナは気がつく。

服を掴まれ空を回されているのは、見知った少年だった。

カグナをよく「女顔」だと揶揄ってきた奴だった。

何度もぶん殴ってやった、憎たらしい顔だった。


カグナはふと、思い出す。




俺だって、村が嫌いだっただろ?




「別に……アイツらどうなっても、いいじゃねェか……」




見捨てればいい。

俺は逃げ切れる。

その後はーーーーまあ、どうとでもなる。

姉さんだって、そうやって村から逃したのだから。




「……姉さん」




カグナの胸に、姉の言葉が蘇る。




『皆には優しくしなさい』




カグナは思う。


『優しさ』とは、なんと愚かな感情だろう。

そのせいで、姉さんは贄に選ばれたんじゃないか。

村の奴らはつけ込んだ。


俺は、それを許すことができない。




アイツらが殺されても、構わないだろ?




しかし思い出の中の姉は、カグナに向かって首を振った。




『順番なの。私の番なのよ、カグナ』




カグナは強く目を瞑った。

それでももう、目を逸らすことはできなかった。


皆のために、誰かが死なねばならなかった。

誰かが、自分たちのために死んできた。




「姉さん」




姉は全てを織り込んだ上で、今度は自らが『舞焔』になると決意した。




「俺は……」




カグナは薄く目を開けた。

剣は、折れてもなお手の内に在った。




捨てられない。


人である限り、この愚かな感情を放ることはできない。


姉さんの覚悟を無碍にした、俺はそれを引き継がねばならない。




「……俺の番か、姉さん」




カグナは目を開いた。

立ち上がり、眼前の光景を見やった。

人を逸脱した怪物が、人を蹂躙している。



「ホムラ」



カグナは火ノ神の名を呼んだ。

火ノ神は首を傾け、目を向けた。


カグナはカグナに向き直ると、その顔を真っ直ぐに見た。



「俺と契ってくれ」



この身が焼かれようとも構わない。



「俺をあの碌でもない怪物にしてくれ」



ホムラは軽く眉をあげた。

見定めるように瞳を細めて、口を開いた。



「…………本気かのう?一度断っておいて、軽く契りを口にする男などはーーーー」

「うるせえ!今度は本気だッ!」



カグナはぐいとホムラに接近した。



「俺と夫婦になれっつってんだよッッ!!」



ホムラの頬が、さっと赤らんだ。

実が熟してはじけたような、少女のような顔だった。

カグナは自分も赤面しそうになった。


もしや俺は、とんでもなく恥ずかしいこと口にしてないか?



「あ〜〜あれだ!あれあれ!お前がやりたいって言ってたやつ!」



爆発する心音を誤魔化すように、カグナは言葉を続けた。



「あれも俺が、叶えてやる!」

「ほ、ほ、ほんとか〜〜〜〜〜〜!!!」



ホムラは頬を手で包み、身を震わせた。



「ハニームーンじゃ!ハニームーンに行くのじゃ〜〜〜〜♡♡♡」

「は、はにむ……?」

「二人で世界を旅するのじゃ♡♡♡」

「はあ、よくわからんが……どこへでも連れてくよ」



カグナは、怪物へと顎を向けた。



「ーーーーの前に、アイツのこと、ぶっ倒せるよな?」



ホムラは鼻を上向けて、笑った。



「誰に物を申しておるのじゃ?」



カグナも少し、笑った。




カグナとホムラは向き合い、目を合わせた。

誓いはそれで十分だった。


どちらからともなく顔を近づけた。

噛み付くような口付けをした。


瞬間、二人は共に炎に包まれた。

蒼と緋色の炎が、混ざり合って立ち上った。





誰もが目を奪われた。

逃げていた者も、跪いていた者も。

村人を嬲っていた。首長でさえも。


その眩く輝く紫炎の柱を目撃した。




やがて炎の中から、一つの人影が現れた。




ソレは、背に炎の翼を生やしていた。

ソレは、短い髪を緋色に燃やしていた。

ソレは、青白い刀身の剣を持っていた。

ソレは、カグナの顔をしていた。




ソレは夜空に輝く、一夜限りの日輪だった。




「行くぞ」



カグナの声が言った。

呼応するように、炎の翼がはためく。

体怪物に向かって、びゅんと飛んでいく。



「なあああぁぁぁにいいいいぃいぃをぉぉぉぉ」



怪物は長い手を振り上げた。

飛翔する炎人を叩き落とそうとした。


しかし炎人はひらりと回転して、その手をかわした。

同時に、青白い剣で別の手を斬り落とした。


手に捕まっていた少年が、どさりと地面に落下した。


だが怪物の手足は数多ある。

怪物は規制を上げながら、幾つもの鉤爪で炎人に襲いかかった。


炎人は翼を翻して、軽々避けた。

手足を斬り落として、怪物を翻弄した。




その姿はまさに、炎を携えて踊る『舞焔』そのものだった。




「おぉぉおぉ、れえぇぇぇええ、はあぁぁああ」



怪物は残る足で、炎人を踏み潰そうとした。


炎人は避けなかった。

剣を突き立て、足を貫いた。

怪物の血が、炎人の頭上に降り注いだ。


怪物は苦悶に身を捩らせた。



「すすす、べ、てぇぇえ、むら、の、ためぇぇえ、にぃぃぃぃ」




カグナは小さく目を伏せた。

そうだな、食うに困ったことはなかった。

首長が築いた村は、孤児の姉弟をここまで育ててくれた。




だからこそ、炎人は言った。




「終わらせねばならない。強いることを」



炎人は旋回しながら上昇し、剣を振り上げた。



「始めねばならない。示すことを」




光の剣が、振り下ろされる。

斬撃は刀身を超え、怪物の体を引き裂いた。

斬り口がが燃え上がる。



怪物は、炎に包まれた。


首長と少女の断末魔が炸裂した。



怪物は土の上でのたうち回った。

しかし炎は勢いを増すばかりだった。


叫びは次第に薄れ、火炎に溶けていった。




全ては浄化され、跡には何も残らなかった。









一応ブルスカアカウントがありまして、そちらで更新ポストなどしてます

https://t.co/YrR7qkmi8z


(Xでも同名で更新ポストをしていますが、日常垢を兼ねてるので、更新を追うにはブルスカがお勧めです)


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