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挿絵(By みてみん)





首長の家は、村の中心にある。


カグナのような『下戸』と首長ら『大人』とでは、生活圏が異なっていた。

『下戸』が外縁に住み、『大人』は中央、木の柵に囲まれた内に居を構えていた。

物見櫓も、この柵の中にあった。


まつりごとは『大人』が取り決め、『下戸』はそれに従う形で、村は成り立っていた。

つまり『大人』の長である主張が、



「今年の『舞焔』はカグラとする」



と決定したのならば、カグラーー姉もその弟のカグナも、誰であろうとも、本来覆せないのである。




が、しかし。

今その障壁を、荒ぶる魂でぶち抜かんとする者がいた。




「どけどけどけッ!!」




下山したカグナは、村をまっすぐに突き進んでいた。



『舞焔』の出で立ち。

短く焼かれたザンバラ髪。

欠けた銅剣を持ち、頭にば緋色の鶏まで乗せている。



突如山から降りてきた異様な姿に、外縁の『下戸』たちは声をかけられなかった。

夜闇を閃き進むカグナを、ただ見ているだけしかできなかった。


カグナが通り過ぎてからようやく、


「なんだ!」

「どうした?!」


皆騒ぎ立て、遠く離れたカグナの背を追った。




村中央入り口ーー檜門の前には、屈強な『大人』二人がいた。

彼らは警戒心を強め、カグナの前に立ち塞がった。



「お前だな、聞いているぞ!」

「『舞焔』の役から逃げ出したそうだな!」



どうやら無事逃げ帰った中男が、すでに事を伝えているようだった。

男らは共に眉を吊り上げ、むんっと胸を張った。

まるで一対の岩石のようだった。



それでもカグナは止まらなかった。



「邪魔すんなッ!!」



カグナは怯まなかった。

そのままの勢いで、男二人の間を突っ切った。よもや強行突破されるとは。

男らも身構えていなかった。

二人共にして膝を崩した。

巨体は回転し、弾き出された。


内一人が辛うじて、カグナの大袖を手に掴んだ。

カグナは腕をぶんと振った。

男はぐいと引っ張られ、地面の上に倒れ込んだ。

その衝動で、衣から手を離してしまった。


カグナは振り返る事なく、首長の家へ直進した。


カグナの頭上で、ホムラが「ホホホ」と鳴いた。



「ゴーインじゃのう」





首長は、家の前で待ち構えていた。


首長の家は、小高い丘の上にあった。

白髪を丁寧に束ねた首長は、初老にしては生に満ちた目をしていた。

丘の上にどっしり立ち、迫り来るカグナを鋭く見下ろしていた。



「何故戻ってきた、『舞焔』」



首長は低く、感情を抑えた声で言った。

すぐ脇には、青ざめた中男が膝をついていた。


カグナは丘の下で立ち止まると、首長を見上げて叫んだ。



「その『舞焔』とやらの真実を明かしに、還ってきたんだッ!!」



首長はにわかに顔を顰めた。



「お前……カグラでは……」



首長は目を見開いた。

煌々とした灯りに、カグナが照らし出されていた。


その声、この表情、その態度。

どれをとっても、姉カグラとはかけ離れていた。



首長は再び眉根をきつく寄せた。



「まさか……お前、弟の……!」



カグナは「へッ!」と鼻を鳴らした。



「バカめ、今更気づいたか!」

「本物の『舞焔』は……カグラはどうした!」

「村から逃しちまった!ははは、ざまあみろってんだ!」



首長は額に浮かぶ筋を増やした。



「お前ッ!!自分が何をしたかわかっているのかッッ!!」



首長の語気は、迫力を増した。

低く圧のある声だった。

声が地を這い、カグナへと届いた。

足裏が痺れる。

まるで、大地そのものが激憤しているようだった。



「火ノ神様に『舞焔』を捧げねば、村は悪霊に襲われるのだぞ!!」



しかし、




「ふざけんじゃねえッッッ!!!」




カグナはそれ以上の声量で応えた。



「悪霊は、火ノ神のせいじゃねェだろ!!」



憤怒しているのは、カグナとて同じだった。

肚は、蒼炎に支配されていた。



「『舞焔』も関係ねェ!!」



カグナは空に向かい、声を張り上げた。



「首長!てめえが……土ノ神と契ってるからだろがッッッ!!!」






周囲は、騒然とした。


場所は村の中心である。

周りには当然、多くの『大人』たちがいた。


それだけではない。


カグナを追ってきた『下戸』たちも、すでに集まっていた。



皆、動揺していた。

互いの顔を見合わせ、次々に口を開き始めた。



「土ノ神……?悪霊は、火ノ神様が……?」

「待って、首長はずっと村を守ってきたわ!」

「神と契ってる?!」

「だからなんだ、首長はいつも正しい!」

「一体どういうことなんだ!!」



村人たちは各々声を上げた。

飲み込めない者もいれば、庇う者、問いただす者もいた。


首長を唇を噛んだ。

そして「違うッ!」と腕を振った。



「デタラメだ、作り話だ!この『下戸』が嘘をーーーー」




「それはーーーー大層な言い草じゃのう」




その声は、喧騒を貫いて響いた。

そこにある、全ての頭に届いた。


身体の芯から身の毛のよだつ。

しかし聞かずにはいられない。

超常的な音だった。




その声は、カグナの頭上から発せられた。




「嘘つきはどちらか。己が一番知っておるだろうに」




緋色の鶏ーーホムラは、嘴を傾けた。




「久しいのう。丘の子」




首長の体がびくりと固まった。

カグナへの糾弾は急速に萎み、顔中に汗の玉が現れた。



「火ノ神……様……?」



目は血走り、喉は震えていた。



「どうして……ここに……?」



カグナは舌打ちを禁じ得なかった。

えもいわれぬ嫌悪感が体内から湧き出てきた。


ホムラは正しい。


首長の態度が、何よりそれを示していた。




首長と土ノ神は繋がっていた。

ずっと騙されていた。


確かに嫌なことはあった。

それでも毎日を穏やかに過ごしていた。


姉さんと一緒に笑っていた。

日々は、誰かの犠牲の上に成り立っていた。


俺は疑問さえ持たなかった。

ずっと、ずっと!




それが、求めていた真実だった。

苦々しい現実だった。

できればずっと、目を逸らしていたかった。





しかし一度明るみに出したものを、葬ることはできない。





カグナは顔を上げた。

首長は丘の上で震え上がっていた。

ぶん殴ってやる。

カグナはぐっと拳を結び、丘へと足を進めようとした。




その時だった。




「なんの騒ぎかしら、坊?」




突如、首長の隣にナニカが現れた。

いつからそこにいたのか。

まるで、ソレは土から生えてきたようだった。


ソレは、小さな子供の形をしていた。


髪は闇より暗く短い。

顎のところで綺麗に切り揃えられている。

真っ白な衣は、袖も裾も手足を隠すほど長い。



「ヤ、ヤソメ……」



その子供を見るなり、首長の表情はぐにゃりと歪んだ。

眩暈でも起こしたかのように、体勢を崩す。



「いや、なんでもない。なんでもない」



しかし大袈裟に頭を振って、首長は土気色の顔に均衡を保とうとした。




子供ーーおそらく少女は、にっこりと笑った。




「どうしたの?」



そして花蜜のような甘い声色で、首長に言った。



「我の可愛い坊や」



次の瞬間、信じられないことが起きた。



「ああ……!」



首長が少女に縋りつき、泣き喚いたのである。







異様な光景だった。





初老の男が、幼い少女に抱きついている。

村の頭たる首長が、赤子のように泣いている。


周囲皆一同、言葉を失ってしまった。

昂っていたカグナの心も、冷や水を浴びせられたように固まった。



首長の泣き声が響き渡る。



誰もがその光景を受け入れられなかった。

『ヤソメ』と呼ばれた少女だけが、首長の涙を受け止めていた。



「あらあら、坊。またみんなにいじめられたのね」



少女は首長の白髪頭を愛おしそうに撫でた。

すると首長の喚きは、さらに大きさを増した。



「おれは……!飢饉から、みんなを……!」

「そうだね。みんな飢えていたものね」

「土を耕し、実らせてきたのにィ!!」

「うんうん、坊はいっぱい頑張ってきたね」

「うううううううううああああああああああ」



母にすがる幼子のような慟哭が、耳を劈く。



村人は皆、絶句し続けていた。


首長は長年、村を取り仕切ってきた。

もちろん『舞焔』の選定も行ってきた。


「贄など惨いことだ」と、誰もが奥底では思っていた。


だが首長は、村の存亡という重積を担っていた。

だから皆、その決断を尊重した。


それだけ、彼は威厳のある『大人』だったのだ。





「…………蜘蛛女が」



そう侮蔑を溢したのは、ホムラであった。



「もしかして……あ、あれが土ノ神なのか?!」


カグナは声を裏返して聞いた。


「こ、子供じゃねェか!あんなのが地面をひっくり返してるのか?!」

「あれはアヤツの趣味じゃよ」



ホムラは珍しく不機嫌そうに言った。



「これ見よがしに純白の衣なんぞ着おって。吾には理解できぬな」



それを耳にしたのか、土ノ神の顔がぐるんとカグナたちに向いた。

その瞳には、ほとんど黒目しかなかった。

首長は変わらず喚き続け、土ノ神の衣を握りしめている。



「もう嫌だ!嫌いだ!みんな嫌いだ!」



土ノ神はカグナたちを見たまま、首長の頭に頬を乗せた。



「ねえ坊。それならみんな、殺してしまってはどうかしら♡」



土ノ神の顔はうっとりとしていた。



「こんな村、もういらないでしょう♡♡」



首長は鼻声で答えた。



「ううう、でもおれには首長の役目が……」



土ノ神は首長の顎をゆっくり撫でた。



「我と二人きりは、嫌?」



首長の体は一寸揺れた。

しかしすぐに、頭を土ノ神に押し付けた。



「ううん、ヤソメさえいれば、それでいい」



土ノ神が満面の笑みを浮かべた。




短い沈黙の後、首長と土ノ神は崩れた。

文字通り体がドロドロ解け、土に還った。

彼らの姿は、その場から消えてなくなってしまった。





まさかの顛末に、全員が息を飲んだ。

これまでも十分異様だった。

だが今目の前で起こったことは、あまりにも理解の範疇を超えていた。




場に、今度はやや長め静寂が訪れた。




「に、逃げたのか……?」



カグナは訝しげに言った。

彼らが溶けた所を確かめに行こうとした。



が、



「マズイ!!!」



ホムラが声を荒らげた。



「取り込みおったな!」



その瞬間、地面が大きく揺れた。


ホムラは小さく悪態をつくと、宙返りをした。

緋色の長い尾は炎に変わり、鶏を包み込む。

炎は立ち上るように大きくなり、元の姿のホムラへと変化した。


「!?」


カグナはぎょっとした。

しかしホムラは構わず、その襟首を掴んだ。

こめかみの翼が、ばさりとはためく。

ホムラはカグナを連れ、後方へと飛んだ。



間一髪のところで、丘に地割れが走った。



地面はさらに揺れた。

村人たちたちは耐えきれず、次々に倒れ込んだ。



「うわあああ!」

「きゃああ!」



と、そこかしこから悲鳴が上がった。



「何が、何が起きてる!」

「土地が怒っておる!祟りじゃ、天罰じゃ!」



丘は膨れ上がり、首長の家は倒れた。

地割れが広がり、地中から何か長く固いモノが飛び出した。


それらは折れ曲がって引っかかると、地中からナニカを引っ張り出した。


地面は裏返り、土埃の中からソレは現れた。


蠢く無数の手足と共に、巨大な黒塊が現れた。










一応ブルスカアカウントがありまして、そちらで更新ポストなどしてます

https://t.co/YrR7qkmi8z


(Xでも同名で更新ポストをしていますが、日常垢を兼ねてるので、更新を追うにはブルスカがお勧めです)


コメント、ブクマ、評価等いただけるとめちゃくちゃHAPPYです!

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