三
そして今に至る。
結果的に、代わり身策はうまくいった。
カグナは口を閉ざせば、ただ端正な人形だった。
『舞焔』の支度をする村人は、誰一人疑わなかった。
「一体姉さんの何を見ていたんだ」と嘲笑めいた笑みを浮かべそうにもなった。
とはいえ好都合なのは確かだった。
宝冠。耳飾りに首飾り。
そして紅い衣。
村の『大人』たちはカグナに意匠を施した。
途中、感極まった壮年の女性が
「立派だよ。とても綺麗だよ」
などと抜かして涙目になった。
カグナは顔を背け、それを無視した。
そうして『舞焔』となったカグナは、棺のような木箱に自ら入ったのだった。
ガタン。
と、木箱は大きく揺れた。
それから一瞬の静寂があって、木箱はそれ以上動かなくなった。
「火ノ神様がいずるのを待て」
と、外から声がかけられる。
どうやら火ノ神様の磐座に着いたようだ。
木箱の中。
村人たちが遠ざかる足音が耳に届く。
それに反してカグナの心音は、徐々に主張を増していった。
息苦しい。
先の見えない状況に、カグナは少し不安なった。
カグナは縋るようにして、隠し持っていたモノを取り出した。
銅剣だった。
カグナは村で用事がない時は、人を避けて山で過ごしていた。
山の中には、墳丘墓があった。
村の功労者らが埋葬されているらしい。
が、墓は土の匂いと共に半壊していた。
獣に掘り返されたにしては大仰な壊れ方だった。
あたかも地面が混ぜ返されたかのように、墓は露出していた。
銅剣は、そこにあった。
古びてはいたが、刀身は今も鋭い光を放っていた。
カグナはどうしようもなく、心が惹かれた。
しかし、家に持ち帰るわけにはいかなかった。
家には姉がいる。
危ないし、供物だから返してきなさい、と叱られるのが目に見えていた。
カグナは一瞬躊躇ったが、えいやと銅剣を掴み取った。
握りしめた剣は、やはりカグナの心を踊らせた。
ひとまず剣は適当な木の上に隠し、山に来た時取り出すことにした。
それからは山に行くたび、一人で戦いの真似事をした。
剣を振るっていると、頭が空になって気持ちが良かった。
それがカグナの気晴らしだった。
カグナはその銅剣を、布に包んで隠し持ってきたいたのである。
自分が『舞焔』になるならば、とカグナには魂胆があった。
「火ノ神なんて、殺してやる」
そう呟き、カグナは剣を強く握りしめた。
カグナにとって、最早全てが腹立たしかった。
自分を揶揄う者。
爪弾きにする者。遠巻きにする者。
姉を慕う一方で、『舞焔』に選んだ村の奴ら。
「皆に優しく」として簡単に裏切られた。
にもかかわらず、全てを飲み込んで犠牲になろうとした、姉。
そもそも「毎年贄を寄越せ、さらば襲うぞ」などと宣う神こそ、度し難い。
傲慢であること甚だしい。
「……ぶっ殺してやる」
カグナは一層強く、刀身が震えるほど、剣を握った。
その時だった。
赤い閃光。
カグナの視界が暗がりからパッと開けた。
山の木々、そして背の高い一対の磐座が目に飛び込んでくる。
カグナは唖然とした。
何が起こったのかわからなかった。
恐慌に陥りそうになりながらも、カグナは首を振った。
炭の匂いがする。
黒ずんだ長細い屑が、辺りに散らばっている。
カグナは息を飲んだ。
それらは、木箱の燃え滓だった。
木箱が、一瞬で……燃えた!?
しかしカグナの注意は、強制的に別のモノへと惹きつけられた。
心音が、一足飛びに跳ね上がった。
空間が、緋色に発光している。
それはまるで天を照らす日が、降りてきたようだった。
だがソレは円ではなく、人の形をしていた。
違う。
人じゃない。
ソレは、炎のように波打つ長髪を、地面にまで届かせていた。
ソレは、こめかみから巨大な鳥の翼を伸ばしていた。
ソレは、一瞬裸に見えるが、肌にはびっしりと羽毛が生えていた。
ソレは、足は四つ又に分かれ、それぞれ鋭い鉤爪がついていた。
火ノ神様ーーーーー!!
息が上がる。
存在感に圧倒される。
カグナは地面に横たわったまま、動けず動くことができなかった。
その人ならざる姿と空気に、畏れをなしていた。
美しい。
そんな感情が、カグナの心中に浮かぶ。
が、
ーーーー違うだろ!!
と、カグナはぎゅっと目を閉じた。
コイツを殺しに来た。
コイツを殺しに来た。
コイツを殺しに来た。
カグナは頭の中で、その言葉を何度もくりかえした。
体は情けないほど痺れていた。
瞼の裏に炎の発光が透けて見えた。
恐い、敵わない、美しい、帰りたい。
様々な思いが交差する。
しかし、ふと気がつく。
俺に帰る場所など、もうない。
そして思う。
俺は、俺の怒りにけじめをつけにきた。
全てが腹立たしい、この心を解き放ちに来た!
俺はーーーー火ノ神を殺すんだ!!
カグナの目が開いた。
そして勢いよく立ち上がり、銅剣を振り上げた。
「うわあああああああ!!!!」
カグナは緋色の発光体へと突進した。
力に任せて、剣を振り下げようとした。
できなかった。
緋色にうねった長髪がとぐろを巻いて、剣を止めてしまった。
カグナの腕も宙に浮いたまま、動かすことができなかった。
カグナは歯を食いしばったが、次の瞬間にはぎょっとした。
剣に巻き付く髪束に、数十の目玉が浮かびあったのである。
「活きの良い贄だこと」
カグナは表情を凍らせた。
目玉たちは一斉に、カグナの顔を向いた。
「それもまたーーーー」
声が、止まった。
一寸の沈黙。
「お、お……」
目玉の集団はぶるぶると身震いした。
「おのこ……おのこではないか〜〜〜〜〜〜!!!!!!!」
目玉は次々と瞼を閉じ、毛の中に消えた。
同時に剣に巻き付いた髪もするする引いて言った。
カグナは、呆然した。
何がなんだかわからなかった。
が、半人半鳥は嬌声を上げながら、カグナに向かってきた。
「おのこではないか!おのこではないか!おのこではないか〜〜〜〜!」
カグナはたじろいだ。
そして動揺一色となり、一瞬相手は
が『火ノ神様』であることを忘れてしまった。
「な……な、なん……なんだあ、てめえはッッッ!!!」
しかし『火ノ神様』は気に留めず、屈んでカグナの顔をじっくり眺めた。
「女装男子、実に良き。吾は女は嫌いじゃが、顔のいい男はだ〜〜〜〜〜〜い好き♡」
そして人同様にある手の指で、パチンと音を鳴らした。
「まあじゃが、ショートカットの方が好きかのう」
音が鳴った瞬間、カグナの結い髪が解けた。
頭に熱い。
「…ッ!?」
カグナは咄嗟に飛び退いた。
すると地面に何か落ちているのが見えた。
カグナはまた、言葉を失った。
そこにあったのは、焼けて崩れた宝冠。
そしてカグナの髪の毛だった。
カグナは髪を焼き切られ、子供のように短髪になっていた。
「よしよし。吾好みじゃ♡」
火ノ神は、満足そうに頷いた。
「美しきおのこよ、そなたを寵童してやろう」
ちょう、どう……?
「吾のことは特別に『ホムラ』と呼んで良いぞよ♡ハニー♡♡」
ほむら……?
は、はにぃ……???
背に戦慄が走った。
わけのわからない状況。
意味のわからない言葉。
カグナは上手く声が出せなくなった。
「……………ふッ、ふ、ふッ……」
握り締めたままの銅剣が、目の前でガタガタと揺れた。
「ふ、ふッ……ふ、ふッ」
畏怖。
カグナはこれまで、そのような感情を抱いたことがなかった。
誰も怖くなかったし、尊敬もしていなかった。
だが、起きた事。
『ホムラ』と名乗ったモノ。
突然寵童とされた自分。
全てが、カグナの理解の範疇を超えていた。
圧倒的異質と不可解の前では、人はあまりにも無力だった。
胸の音が、痛い。
だらだらと額から汗が垂れる。
カグナは必死に、何か自分を落ち着かせるものを探した。
何か安心できるものを探した。
それは、カグナの内にあった。
姉のカグラだった。
姉さん。
あんな別れ方をしたけど、無事逃げ落ちただろうか。
あの優男は、良くしてくれるだろうか。
姉さん。
姉さん。
「………ぅふざけんなッッ!!!!」
カグナの怒気が復活した。
「何が寵童だ!俺はてめえを殺しにきたんだッッッ!!!」
カグナは剣を握り直した。
畏れを振り切り、ホムラを睨み上げた。
心音は、まだ煩い。
だがカグナには怒りがあった。
この諸悪の根源にぶつける激情があった。
「火ノ神だかなんだか知らねえが、殺してやるッッッ!!!」
ホムラは、唇に爪の長い指を当てた。
「……殺す?吾を?」
それから目を細め、カグナを見下ろした。
「ほほ、よいもののよう。顔面強い男からのクソデカ感情……じゃが吾も、理由くらいは知りたいのう」
「り、理由ゥ?!!」
カグナは声を裏返した。
「理由て……そりゃ……て、てめえが村に贄を寄越せっつうからだろうが!!」
「ほう、で?」
「で?!……じゃなきゃ村に悪霊を送るからだろうがッッッ!!!」
「ふむ、なるほど」
「お、俺はッ!」
カグナは再び、姉を心に浮かべた。
優しい笑顔が、カグナを向いた。
カグナはなんとか奮い立った。
「俺はッ……腹落ちなんねェんだよ!どいつもこいつも!!勝手なことばかり言いやがって!!!」
ホムラは「ほお」と、指で顎を叩いた。
「……どうやら誤解をしているようじゃのう。ハニー」
ホムラの巨大な羽が、静かに畳まれた。
四つ又に分かれた足が、すとんと地面に降りた。
それでもホムラの顔は、カグナの上にあった。
「誤、解だァ……?」
と、カグナが肩を強張らせた。
ホムラは顎を突く指を止めた。
「まず吾は、ハニーの村などに特別興味はない。悪霊を送るなんて、わざわざせぬわ」
「……はッ?!じゃあなんで……」
「土ノ神の仕業じゃのう」
ツチノ、カミ……?
「土ノ神は長い手足を持っておるじゃろう?」
土ノ、神。
そのような名を、カグナは初めて耳にした。
火ノ神なら知っている。
物心ついた頃から、村で何度も聞かされてきた。
村が栄えるのを厭い、悪霊を遣う神。
贄を捧げ、荒御魂を鎮めてもらう神。
そう信じてきた。
「あれで地中を混ぜ返しているのが、そもそもの原因じゃ」
その言葉に、カグナはふと思い出す。
銅剣を見つけた墳丘墓。
山中で半壊した墓。
あれはーーーー獣に掘り返されたにしては、おかしな壊れ方をしていなかったか……?!
「土ノ神は大地を混ぜ返す」
ホムラは四つ又の足を、一歩カグナへ近づけた。
「それ故、村の田畑は肥よくになる、作物もよく実る。じゃがアヤツは土と共に、眠る亡者も混ぜ返す。するとどうなる?」
また一歩、ホムラはカグラへと足を進める。
「犯された亡者が彷徨う」
一歩。
「体を求めて、村へとやってくる」
一歩。
ホムラはカグナの眼前に辿り着く。
「……下界ではそれも全て、吾のせいになっているのじゃのう。あのオンナめ。おかげでおのこが、吾を殺しに来たではないか」
ホムラは悪どい笑みで、カグナの顎をくいと持ち上げた。
カグナはその手を思わず、パンッと払った。
「……ッどうして!」
カグナは叫ぶ。
「どうして、そんなモンが……土ノ神なんてモンが村にいんだよ!」
「それは村の首長が、あのオンナと契っているからじゃ」
「ち、ち、契ってるゥゥ?!!」
物事はまた、カグナの理解から飛び出した。
「め、夫婦ってこと?!」
首長と、その土ノ神とやらが?!
人と、神だぞ!
あるのか?
そんなことが??!
カグナは肩の力が抜けてしまった。
銅剣が手からすり抜ける。
剣は地面へ落ちると、鈍い音を奏でた。
「おぼこいのう、ハニーは」
ホムラは掌でカグナ頬を包んだ。
「吾がイロイロ教えてやらんとのう♡♡♡」
「じゃあ何で……」
カグナはその手を払わなかった。
ただ地面に横たわる剣を見つめていた。
「お前は、贄を求めるんだ……?」
ホムラは顔を顰めた。
「ハンッ」と手を離し、そっぽを向いた。
「吾じゃない。向こうから申し出てきたんじゃ」
ドクン、とカグナの胸が嫌な音をたてた。
喉が渇き、腹が捩れた。
カグナは勢いよく顔を上げた。
そして自らホムラに詰め寄った。
「向こうって……村の方から贄を差し出してきたのかッ?!」
ホムラは一瞬、口をつぐんだ。
カグナの瞳は、ホムラのすぐそこまで迫った。
その実直な視線は、緋色の炎を照り返していた。
ホムラはややかしこまって、唇を開いた。
「吾は火ノ神。悪霊をはらうのも容易」
畳んでいた翼を、ばさりと広げた。
「代わりに、と首長から申し出てきた。悪くない条件。吾はそれで良しとした」
ホムラの唇は弧を描いた。
「女を燃やして遊ぶのは、実に楽しい。美人なら尚更ぞ」
カグナの頭は真っ白になった。
うそだ。
と言葉だけが、ぽっかりと浮かぶ。
うそだ。
と、胸中でカグナは繰り返した。
しかし、それがもし本当なら、と思い直す
「俺たちは今まで……何のために……」
カグナの肚は急激に熱を増した。
緋よりも熱い、蒼い炎が立ち昇った。
「ふッッざけんなッッ!!!!!!」
カグナの短髪が一気に逆立つ。
眉は吊り上がり、目は鋭い光を放った。
「ふざけんな!ふざけんな!ふざけんなッッ!!」
カグナは銅剣を掴んで拾い上げた。
そのままホムラに背を向けて、大股でズンズンと歩き始めた。
「これこれハニー、どこへ行くのじゃあ」
と、ホムラが口を尖らせていった。
「村に行くに決まってんだろッッ!!」
と、カグナは足を止めぬまま、大声で答えた。
「首長の話もてめえの話も、何が何だかわからねェ!だから直接確かめに行くんだよッッ!!」
すでに日は傾いていた。
木々は宵闇の中に沈んでいた。
しかしカグナは鼻息を荒く、その中へと分け入っていった。
ホムラはその怒れる背中を眺めながら、ホムラは「ほほう」と翼をはためかせた。
「面白そうではないか」
ホムラは宙に舞った。
そしてびゅん一瞬で、カグナのすぐ隣へと飛んだ。
カグナは「ゲッ」と目を丸くした。
「邪魔だ!ついてくんじゃねェ!!」
と、カグナは叫んだ。
ホムラは「まあ、待て」とニヤリと笑った。
ホムラはぐるりと宙返りをした。
すると半人半鳥の体は炎に包まれ、中からポンっと鶏が飛び出してきた。
鶏は、ホムラであった。
その証拠に鶏の尾は長く、炎のように緋色にうねっていた。
ホムラの長髪と同じ様相だった。
カグナは口をあんぐりと開けた。
その隙に鶏ーーホムラは翼を扇いで、カグナの頭の上に乗った。
「良き良き。上手く収まった♡」
「どけッ!!」とカグナは頭を掻きむしった。
しかしホムラは少し飛び上がって避けると、再び頭へと収まった。
カグナとホムラは数回、頭上攻防戦を行った。
が、カグナの方が先に面倒になって、ホムラを退かすのを諦めてしまった。
「クソッ村に行くのが先だ!!」
と、カグナは鶏を乗せたまま、山を降りることにした。
ホムラは「ほほほ」と満足そうに鳴いた。
「顔のいい男が必死な様。実にメロいのう♡」
一応ブルスカアカウントがありまして、そちらで更新ポストなどしてます
https://t.co/YrR7qkmi8z
(Xでも同名で更新ポストをしていますが、日常垢を兼ねてるので、更新を追うにはブルスカがお勧めです)
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