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挿絵(By みてみん)






***





「カグナ」


名を呼ばれて、カグナはバツの悪い顔をした。

陽はすでに落ちていた。

カグナは家の前を行ったり来たりして、なかなか中へと入らなかった。

だがら呼び止められて当たり前なのだが、カグナには躊躇する理由があった。


「どうしたの。また喧嘩でもしたの?」


見透かされたように理由を言い当てられ、カグナはムッとして振り返った。


「アイツらから仕掛けてきたんだ!」


すると姉のカグラは眉を下げ、呆れたように笑みを浮かべた。


「それでも喧嘩はよくないわ」




カグナは姉と二人で暮らしていた。

両親はすでに他界していた。


姉は心優しく、誰にでも親切だった。

美人であって、村では誰からも好かれていた。


だが弟カグナは、跳ねっ返りの強い粗暴者であった。

外見だけは姉に似て端正だった。

土を耕すよりも、籠を作る方が様になるほどだった。

それが同年代の男子からは揶揄いの的となり、「女顔の軟弱者」と笑われた。

その度に、カグナは烈火如く怒り散らした。

「誰が軟弱だと!」と関係のない周囲までも巻き込んで、暴れ回った。


ーーーー私たちは孤児。それでも皆よくしてくれる。

ーーーーだから皆には優しくしなくちゃだめよ。


喧嘩をする度に、姉はそう言った。

カグナにはそれが気に食わなかった。


他と同程度に働いているのに、どうして自分たちだけ気を使うのか。

乱暴者のカグナを村の皆は爪弾きにした。

カグナも村の皆が好きではなかった。


そのため労働の時以外、カグナは山にいることが多かった。

木々の中に一人いると、日々の煩悶を忘れられる気がした。




「今日は一体何を言われたの?」


姉が聞いた。

顔には心配の色が浮かんでいた。

カグナは姉を横切って、家の中へを入った。


「倉庫建てるのを手伝ってた。そしたら『丸太に組み敷かれんなよ』ってニヤニヤする奴らがいた。全員ぶっ倒してやった。ざまあみろってんだ」

「……それにしてはずいぶん帰りが遅かったわね」

「山行ってた」


カグナはぶっきらぼうに答えると、ゴザにどかりと座った。


「殺気だったまま帰ってきたら、姉さんだって困るだろ。だからちょっと気晴らししてた」


「それは懸命ね」と姉は小さく笑った。

しかしすぐにそれを収め、カグナの反対側に腰を下ろした。


「カグナ……いつも言っているけど」

「わかってるよ」


カグナは鬱陶しそうに手を振った。


「『皆には優しくしなさい』だろ?」

「わかっているならーーーー」

「でも腹立つんだ!皆と仲良しの姉さんにはわからねェよ!」


カグナは声を荒らげて、その瞬間から後悔した。


炉の火が、姉の悲痛な表情を照らしていた。

カグナは何か取り繕うとしたが、何も言葉にできなかった。



薪が弾ける甲高い音が、炉から上がった。



先に気を切り替えたのは、姉の方だった。


「何か食べましょう。お腹空いているでしょう?」


と、姉はいつもの柔和な笑みを取り戻した。

カグナはただただ頷く他なかった。



いくら獰猛なカグナでも、姉には敵わなかった。



村の皆は嫌いだった。

だけど姉のことは、誰よりも好きだった。


もちろん狼藉を働けば、咎められはする。

だが姉はこうして、最後にはカグナを受け入れてくれるのだった。

皆に優しくなど到底できないが、姉にだけは優しくありたかった。

あってほしい、とも望んでいた。






そんな姉が、今年の『舞焔』に選ばれた。






カグナは耳を疑った。


「なんで姉さんが!!」


驚きのあまり村中を走り回った。

普段雑談でさえしない人にも、その理由をしつこく聞いた。

しかし皆、首を振るばかりだった。

どこか諦めた顔だった。


「酷いことだとわかっておる。だが誰かが行かねば、悪霊がやってくる」

「この村全員が飢える」

「首長が決めた事。首長は皆食わせ、この村を守ってきた。誰も意見できんよ」



それは姉も、同様だった。



「順番なの。私の番なのよ、カグナ」


姉は、家の物を静かに整理していた。

家にはさほど物があるわけではなかった。

だから姉は壺を手に取っては、汚れを拭き取るなどしていた。

カグナは姉に詰め寄った。


「待ってよ姉さん、俺が首長に頼みに行くよ!」

「……」

「姉さんを『舞焔』にすんなって、文句つけてやる!」

「やめなさい」


姉はぴしゃりと跳ね返した。


「もう決まった事よ。あなたが行っても、拗れるだけ」


眩暈がした。

涙が出そうだった。

抑えきれない疑念が、震えるカグナの唇から飛び出した。


「どうして……姉さんは……姉さんはッ!皆に好かれていたじゃないか!」

「……私も、皆が好きよ」



姉が持つ壺が、微かに揺れていた。



「育ててくれた恩もある。だから皆が助かるなら、私は『舞焔』になるわ」

「姉さんに……『死ね』と言う奴らのために?!」


カグナは思わず姉の肩を掴んだ。

姉の体が揺れ、手から壺が滑り落ちた。

壺は地面と衝突し、パンッ!と粉々に砕け散った。


「……ッ」


その音に肩を跳ねたのは、カグナの方だった。

姉は黙って割れた破片を見つめていた。


破片には、アワの粒が付いていた。

よく煮て食べたあの味が、カグナの舌に蘇るようだった。



やがて姉はカグナの顔を見上げた。



姉の目は赤かった。

だが揺るがない、決意の籠った瞳をしていた。





ふざけるな。

と、カグナは思った。





カグナは、一計を案ずることにした。





姉は村中から好かれていた。

なのでもちろん、姉を好いていた男も多かった。


中でも姉と仲の良い、人の良さそうな青年がいた。

カグナは隙を見て、青年を呼び出した。

というより、カグナに急に話しかけられて訝しむ年長の青年を「オラッ来い!」と蹴り上げて、ほぼ無理矢理人引っ張っていった。


「姉さんを、この村から連れ出してくれないか」


開口一番にカグナがそう言うと、青年は目を丸くした。

青年は姉に惚れていた。

だから彼も、姉が『舞焔』になるのを悲しんでいるはずだった。


「……い、いや、でも……」


青年は目をキョロキョロとさせた。

村の事情も、青年にはわかっていた。

青年は小声で言った。


「今年の『舞焔』はどうするんだ!彼女がいなくなれば村は混乱するぞ!」

「大丈夫だ。俺が姉さんの代わりになる」


青年はひゅっと喉を鳴らした。

カグナは続けた。


「俺は姉さんと似てるし、背丈もそう変わらない。女のように髪を結い、黙っていれば、誰も俺だとは気づかない!そうだろう?」

「…………それは、お前が『舞焔』の代わり身をする……のか……?」

「そうだ」


と、カグナは間髪入れずに答えた。

そして姉と比べると苛烈すぎる眼光を、青年に向けた。


「だから何処へでもいい。姉さんを連れ出してくれ!頼むッ!」


青年は、最終的にはカグナの申し出に応じた。

青年とて仲のいい、好いている女が死ぬのは嫌だった。

何よりカグナの煌びやかに燃える瞳に、青年は押し切られてしまった。



姉が青年に好いているか。

正直カグナにはわからなかった。

だが「知るか」の一言で、懸念を一蹴してしまった。





姉さんは俺の気持ちなどわからない。

だから俺も、姉さんの気持ちなど知らない。





カグナは、怒っていた。





姉が火ノ神様に捧げられる前々日。

カグナと青年は計画を実行した。

夜中姉が寝静まった頃を見計らって、カグナは青年を家に招き入れた。

尻込みする青年を蹴り上げて、人攫い同然に姉を担ぎ上げさせた。


その揺れで姉は目を覚ました。

だが口を青年に封じられていて、叫ぶことができなかった。

代わりに姉は、目を見開いた。

暗闇に立つ弟の姿を認めたからだった。

姉は瞳を大きく震わせ、やがて全てを察したように眉をきつく寄せた。




カグナは黙ってそれを見返した。




青年は一度強く頷くと、そのまま姉を抱えて家から出ていった。

カグナだけがそこに残った。






カグナは怒っていた。






***








一応ブルスカアカウントがありまして、そちらで更新ポストなどしてます

https://t.co/YrR7qkmi8z


(Xでも同名で更新ポストをしていますが、日常垢を兼ねてるので、更新を追うにはブルスカがお勧めです)


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