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36.彼の心



 クラウス王子の言っていたことを、本当に私がアレンに対してしていたのであれば……。



 ずっと夢だと思っていた出来事が、ひょっとすると現実だったかもしれない。



 (どこまでが現実でどこからが夢なのかしら)



 いずれにせよ、私がアレンに縋っていたことは事実のようだ。そう考えると、もうアレンの顔さえ見れない。



 「シェリル」



 表情は確認できないが、変わらない穏やかな彼の声にびくりと肩がはねる。



 「な、なに」

 「この後少し時間ある? 2人で話したいことがあるんだ」

 「……ええ」



 場所を迷った結果、結局王宮から近い私の家で話すことになり馬車に乗り込む。



 アレンが我が家に出入りする光景は使用人たちも皆慣れたもので、かなりスムーズに私の部屋まで来れた。



 ここに来るまでお互い何も言葉を交わさなかったため、そわそわとした空気が漂う。



 「…………」

 「…………」



 私の背中から嫌な汗が流れる。



 ひとまずどこからどこまでが現実に起こったことなのかを確認しなくてはいけない。恐ろしいが、しっかりと聞き出して謝ろう。



 そう結論を出した私は、部屋へと入ったアレンをチラリと見る。相変わらず優雅な雰囲気はあるが、どことなくぎこちなそうだ。



 「よかったら座って」

 「ああ。ありがとう」



 私はアレンにソファへと座るよう促し、私も向かいのソファへと腰を下ろした。



 「「…………あの」」



 2人同時に話し出してしまい「先にアレンが」「俺はシェリルの後に」というラリーを少し続けた後、私から話すことになった。



 アレンの視線が私に向けられて緊張してしまう。しかしこのままだと話が進まない。ここは勢いに任せて言ってしまおう。



 私はぎゅっと目を閉じて何度も脳内で反芻していた言葉を発する。



 「わ、私、聖杯を浄化してからの記憶が曖昧で。自分の夢とごちゃ混ぜになってるの。あの時、私が、その……アレンに対して失礼なことをしていたら本当にごめんなさい」



 私は勢いよく頭を下げた。恥ずかしさと気まずさで顔を上げることができない。



 少し時間が経った後、頭の上から穏やかな声が聞こえた。



 「知ってるよ」

 


 彼の言葉に驚き動けずにいると「顔を上げて」と言われ、恐る恐る顔を上げる。



 そこにはアレンの綺麗な顔があり、澄んだブルーグレイの瞳と目が合いドキリとした。



 「クラウス王子が話していたことだよね。本当にあったことではあるけれど。俺はシェリルの意識が混濁してそうだって理解してた」

 「あ……」

 「だから、大丈夫だよ」



 思い返すと、アレンは何回も魔力暴走した時の私を見ている。そのことから私の状態に予想がついたのだろう。



 かなり緊張していた私だったが、アレンの言葉にほっとして胸を撫で下ろした。



 「本当に、ごめんなさい」

 「謝らないで」



 今日はじめて、ちゃんとアレンの顔を見れた気がする。相変わらず気を引き締めていないと、ふっと笑う彼にうっかり見惚れてしまいそうになる。



 アレンはそのまま視線を床に落とす。



 「ねえ、シェリル。ひとつ、確認したいことがあるんだ」



 口角は上がったままだが、アレンの表情は読めない。



 「私に確認したいこと?」



 アレンはこくりと頷いたものの、うーんと少し考えた後、首を振った。彼は再び柔らかい雰囲気を纏う。



 「……いや、やっぱりいい」

 「?」

 「次は俺の話を聞いて欲しいんだけど、いい?」

 「え、ええ。もちろん」



 アレンはゆっくりと席を立ち、向かいに座る私の横へやってきた。これから何の話があるのかもアレンの考えも行動も分からず、私は頭の上に大量の?を浮かべる。



 「……どうしたの?」

 「シェリルはそこに座ったままでいてくれる?」

 「い、いいけど」



 するとアレンは綺麗な動作でその場に膝をついた。彼の服と赤い髪がふわりと風に揺れる。窓からの日差しに照らされ、全身光をまとったように美しい。



 「……アレン?」

 「シェリル」

 「…………っ」



 どうしたのだろうと声をかけたが、真剣な表情でこちらを見つめるアレンに私は思わず固まってしまった。



 そんな私をみたアレンは顔を綻ばせて穏やかに微笑む。そして私の瞳を見据えて口を開いた。



 「シェリル。大好きだよ」

 「…………へ?」



 だいすき? 大好き?



 大好きとはどんな意味があっただろうか。



 人として大好きということ?



 それなら理解できる。私との関係の線引きに、あえて伝えようとしてきてくれているのかしら……?



 「えっ、と」



 私が何も言えずにいると、アレンは口をきゅっと結んで私の手をとった。



 「俺は1人の女性としてシェリルに惹かれてるってことだよ」

 「…………え」



 彼は今何と言っただろう。



 (アレンは私のことが……大好き? 1人の女性として、私に惹かれ……て……え、それって……)



 私の中で何かが弾けたように、熱が頭上にかけのぼる。



 「え、えええ!?」



 私は声を上げながら腰掛けていたソファの背に思いっきり仰け反るも、アレンが私の顔の左右に手を置いて身動きが取れなくなった。



 「逃げないで」

 「…………っ」



 鼻の先が当たりそうな距離に、少し焦りの色を見せるアレンがいる。目が合って、美しい瞳に吸い込まれそうになった。



 「大好きなんだ、シェリルのことが。ずっと前から」

 「………………」

 「出会ったあの時からずっと、愛してる」



 ひゅっと空気を吸い込んだところで、時が止まる。



 私はまだ自分都合な夢から覚めていないのだろうか。動揺でおぼつかない手を必死に自分の顔へと持って行き、頬をつねってみる。



 「い。いひゃい」 

 「ふふ。現実だよシェリル」

 「そ、そんな」



 私を笑顔で見つめてくる超絶美形のアレンにクラクラしながらも、思考を巡らせる。



 こんなはずない。こんなはずないのだ。



 「だ、だって。アレンには他に好きな人が──」



 私が言葉を発すると、アレンのブルーグレイの瞳が顰められた。



 「あの時も、シェリルは今と同じことを言っていたね」

 「私。そんな……ことまで」



 あの時、というのは聖杯を浄化した後のことだろう。ちょっと待って欲しい。全く記憶にない。



 そんな私の気持ちを知らぬまま、アレンはため息をついて口を開く。



 「シェリルにそう思われていることに関して、全く心当たりがないんだ。俺はシェリル以外の令嬢を好ましいと感じたことは一切無いし、今後も有り得ないよ」

 「…………え?」




 

 私の瞳は驚きによって、今度こそこぼれ落ちてしまうのではないかというほどに見開かれた。




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