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35.気まずい雰囲気



 私は自室で目を覚ました。



 聞くところによると、あの船の上で私は眠ってしまったそうだ。そんな私をアレンが家まで運んでくれたらしい。



 「………………」



 あの日の記憶がかなり曖昧だ。特に聖杯を浄化してからのことが。



 (急激な眠気に襲われて、夢を見たことは覚えているのだけれど)



 そう、その夢はかなり幸せな夢だった。



 詳しくは覚えていないが、あろうことか私がアレンに好きと伝えてしまう夢だった。夢の中だから許されることだ。



 これで完全に玉砕したかと思えば、驚くことにアレンは、好きだと言ってくれて。



 そして……



 「〜〜〜〜〜〜っ」



 あの美しい笑顔が頭から離れない。



 自分都合の身勝手な夢すぎて、かなり恥ずかしい。



 「シェリルお嬢様、失礼いたします」



 扉をノックする音が聞こえ、侍女が中に入ってくる。



 「体調はいかがですか?」

 「もう大丈夫よ。とてもよく寝たわ」

 「顔色も良いですね、安心しました。お茶を入れますね」

 「ありがとう」



 侍女は手早くお茶を用意してくれる。



 「明日はクラウス王子がご帰国なされるそうですが、見送りには行かれるのですか?」

 「……ええ、行くわ」



 彼とは今回も色んなことがあった。残念ながら、見送りに行かなくてはならない。



 そしてクラウス王子の見送りに行くということは、当然ながら彼も付いてくるだろう。



 「はぁ。顔を合わせづらいわ」

 「王子とですか?」

 「……いいえ」



 私は彼の揺れる赤髪を思い出す。



 そういえば、夢に出てきた彼は私と同じ紅茶色の髪をしていた。



 なかなかあの日に忠実でリアルな夢だったことを思い出し、自分の逞しすぎる想像力、いや妄想力に急激な恥ずかしさを覚えて顔を手で覆った。





◇◇◇





 翌日。私たちは王宮の外にてクラウス王子を待っていた。



 「………………」

 「………………」



 (……え。なによ、これ)



 顔を合わせづらいとか、どんな顔で何を話そうとかそんな考えは、いつもと違って様子のおかしいアレンのせいで吹き飛んでいた。



 普段なら私を見つけた途端、笑顔でからかってくるアレンだが、今日はかなり口数が少ない。



 いつもは近すぎる距離感もしっかりと人1人分のスペースが取られている。その上、私をじっと見てくるのだ。



 おそらく、いや絶対なにか私に言いたいことがあるといった表情だ。にも関わらず、何も話してくれない。



 もはやどことなく気まずい空気に、居心地の悪さを覚えた。



 「髪の色、戻ってきたわね」

 「……うん。残念だけど」

 「私はそっちの方が好きだわ」

 「シェリルがそう思ってくれるなら悪くないかな、なんて。ふふ」

 「………………」

 「………………」



 なんだろう、なんだろう。



 私とアレンの間に、見えない分厚い壁がある。そしてこの壁に対して全く身に覚えがない。



 「やぁ〜、待たせたね〜」



 そんな私たちの前に、クラウス王子とバート様が現れた。彼は陽にキラキラと反射する銀髪を、今日も後ろで束ねている。



 「シェリル様、アレン様、この度もクラウス様がご迷惑をおかけいたしました」

 「そ、そんな。バート様は悪くありません。お顔を上げてください」

 「……どうだかね」



 相変わらず90度の美しい礼を見せてくれるバート様に私は慌てて首を振って顔を上げるよう促す。アレンが何かボソッと言ったような気もするが、聞こえなかった。



 「あれぇ? シェリルちゃん。その言い方だとボクは悪いみたいじゃないか〜」

 「むしろ悪くなかったと言えるのですか?」

 「わ〜、シェリルちゃんが怖ぁい」



 クラウス王子をじとりと睨めば、彼はおどけて見せた。



 あの船の上で一時的に守られたとはいえ、そもそもクラウス王子からの申し出がなければ船に乗ることもなかったのだ。



 精一杯、謝っていただきたい。



 「うそうそ。ごめんねぇ。今回も楽しかったよ〜」


 

 クラウス王子は口角を上げたまま、少し寂しそうな表情で私を見つめた。意味ありげな視線に私は首をひねる。



 するとクラウス王子はゆっくりと口を開いた。



 「シェリルちゃん。ボクはこれからきっと、自国のことで忙しくなる。だからもうあんまり遊べないかも〜」

 「…………え」



 私は驚いて目を見開く。クラウス王子の顔は少なからず嘘をついているようには見えなかった。



 そのことを確認して私はきゅっと口をつぐむ。



 (う、嬉しい)



 ようやく彼のお世話係から解放されるのだ。心の中に安堵感が溢れる。



 「ねぇ〜、そんなあからさまに嬉しそうな顔しないでよ。もっと寂しがってよ〜」

 「あっ」

 「も〜正直なんだからぁ。ボク、そろそろ正式に立太子するんだよねぇ。そうなるとこんな自由も効かないってわけ〜」

 「それは、おめでとうございます」



 するとクラウス王子は長い指を顎に当てながら、ゆっくりとこちらに近付いてきた。



 美麗な容姿と金色の瞳に不覚にもドキリとしてしまう。そんな私を見ながら、彼はこてんと頭を傾ける。



 「シェリルちゃん。本当にボクと婚約する気はないの〜?」

 「っありません!」



 近い距離で迫ってくる彼に驚き、思ったより大きな声が出てしまった。



 そんな私に、クラウス王子は苦笑いを浮かべる。



 「はぁ。いい加減諦めないとね〜。まぁボクも、この国でアレン殿と居るシェリルちゃんに惹かれたんだしね〜」

 「…………」

 「ていうかぁ。いつもならこれくらいのタイミングでアレン殿の邪魔が入るのに今日は入らないね〜」

 「……っ」



 アレンの方にチラリと目をやると、彼はふいと目を逸らした。そのことにズキリと胸が痛む。



 もしかして、知らぬうちに何か彼の気分を害することをしてしまったのだろうか。



 もやもやと心配を募らせる私を他所に、クラウス王子はニヤッと笑ったあと大袈裟に手を叩いた。



 「あ〜、アレン殿ってば。船の上でシェリルちゃんが魔力暴走を起こした時のこと、まだ気にしてるの〜?」

 「なっ……!」

 「え」



 アレンの焦りようから、やはり私がアレンに何かやらかしてしまったのだということを悟る。



 一体何をやらかしてしまったのだろう。いずれにせよ、あとでしっかりと話を訊いて謝らなくては。



 そう思っていると、目の前のクラウス王子は揶揄うようにアレンを指差しながら衝撃的な言葉を発した。



 「シェリルちゃんが『アレンもっとぉ〜』ってチューしてくれたやつを引きずってるんだぁ。うわぁ。アレン殿ってばムッツリ〜」



 一瞬にして、この場の空気がピシリと固まった。



 少し待ってほしい。私の聞き間違いかもしれない。



 思考停止しつつある頭を無理矢理働かせ、クラウス王子が発した言葉をゆっくり頭の中で反芻させる。



 何度繰り返しても同じ言葉、同じ解釈にしか辿りつかない。私がアレンに……



 (まさか、まさか本当に、私が?)



 「…………へ、はっ。えっ」



 一気に顔に熱が集まる。心臓は早く打ち、何か言わなくてはと口を動かすも、言葉にならない。



 アレンを見ると顔も耳も首も真っ赤に染めていて、もういたたまれない。



 クラウス王子はそんな動揺している私にゆっくりと近づき、手の甲に優しくキスを落とした。



 「魔力調整の過程はバッチリ見たし、ボクも次からはシェリルちゃんの魔力を調整できるよ」

 「ば、バッチリ……」



 普段の魔力調整される時の自分を思い出して、()()を見られたのかと思うと更に恥ずかしい気持ちが押し寄せる。頭も心臓も、もういっぱいいっぱいで、視界がぐるぐるしてきた。



 「あははぁ、照れちゃって可愛い〜。……魔力調整の仕方も分かったし、アレン殿が嫌になったらボクの所においで」

 「えっ」



 クラウス王子は私のお腹あたりに人差し指でトンッと触れた。口元は綺麗な弧を描いているにも関わらず、彼の表情はいつになく真剣で目を晒せない。



 「シェリルちゃんの中に、ボクの魔力を注ぎ込んで良いのなら、ね」

 「…………」



 先ほどからの動揺に加えて、驚くほど妖艶な彼の容姿に何も言えず黙っていると、クラウス王子はパッと手を挙げて肩をすくめた。



 「ま。王子であるボクがシェリルちゃんに魔力を注いだとなると、すぐに結婚させられちゃうだろうけどね〜」

 「なっっ」

 「うんうん。そんな日が来るのも悪くないねぇ」

 「…………っ」

 「来ません、そんな日は。絶対に」


 

 腰をぐいっと引っ張られ、見上げるとアレンが私を引き寄せていた。



 少し顔の赤みは残っているものの、クラウス王子に冷ややかな目線を向ける彼はいつものアレンだ。



 「……そ? まぁボクは振られちゃったしねぇ。でも気が変わったらまた教えてね〜? 婚前であればシェリルちゃんと婚約するし、結婚してても側妃として迎えられるからぁ。決して不自由させないよ〜」

 「結構です。私に王妃や側妃は務まりません」



 私は全力で否定する。



 「でも」

 「ん〜?」

 「立太子されても、いずれは国王となられても、少しくらいは私にも会いに来てくださると幸いです」



 クラウス王子は貿易が盛んな隣国の王子だ。彼が持ってくる珍しい商品たちは私が入手できないような興味深いものばかり。それが無くなってしまうのは少し寂しい。



 そんな気持ちでクラウス王子を見上げると、彼はハッとしたように目を開きながらも笑顔で応えてくれた。



 「……もちろんだよ。っはぁ〜」



 クラウス王子は片手を頭にあててため息をつく。



 「ねぇ〜本当にボクのフィアンセになってくれないの〜?」

 「なりません」

 「ちぇ〜」



 名残惜しそうなクラウス王子だったが、そこへクリストフ殿下をはじめ色々な方が挨拶へと来られたため私たちのもとを離れた。





 その後、無事に馬車の準備も整い、クラウス王子はバート様と共に国へと帰って行ったのだった。



 隣国の王子の出立後、挨拶へと来ていた人々は散り散りになり、この場には私とアレンの2人だけが残る。





 「………………」

 「………………」



 そして私たちの間には、来た時以上に、恐ろしく気まずい雰囲気が流れていた。



ゆっくり再開いたします!

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