34.すれ違い
「アレン殿って〜される方が好きなの〜?」
ニヤニヤと小声で言ったが、アレン殿の耳にはしっかり入っていたようだ。
彼はこちらに視線を向けて、素早く手をかざしてきた。
(あ、これは……)
何かされるなぁ。そう思った瞬間、浮遊感を覚えて視界が暗転した。
◇◇◇
気がつくと、ボクは王宮で軟禁されていた部屋へと戻っていた。部屋の外が騒がしいのはボク達がこの部屋から抜け出したことがバレて、捜索されているからだろう。
「あ〜あ。アレン殿ってば秘密主義なんだから〜」
ふう、と部屋のソファに座ると、同じく転移で飛ばされて来たバートが目の前にいた。
「アレン殿の転移は見事だねぇ。こんな連続で相手だけを飛ばせられるんだ〜」
「……クラウス様、よろしかったのですか。あの聖杯は我々がようやく手に入れたものでしたのに」
「う〜ん。惜しいよねぇ。研究機関で上手いこと使えるようにならないか調べるつもりだったのにね〜」
シェリルちゃんたちに話した「聖杯かどうか研究機関で調べる予定だった」なんて大嘘だ。
あの聖杯の呪力に可能性を感じた我が国は、武力行使に出る際の切り札として使えるよう研究機関へ出すつもりだった。
「この国のどこかに散らばったとされる5つの強力な道具……ようやく隣国であるボク達が手にしたと思ったのに〜。でもぉ、あんなものは無い方が良いんだよ〜」
「それは。シェリル様の浄化を見たからでしょうか」
「そうだねぇ」
光の粒を宿したシェリルちゃんを思い出しながら、水魔法で自身とバートの土汚れた部分を綺麗にした。
「まさか、シェリル様は……」
バートが言葉を詰まらせたところで、ボクはにっこりと笑って服を脱ぎはじめる。
「あ〜あ、長年父上……いや、陛下からの命令で探していた物をようやく見つけたのに、壊されちゃったとか報告しづら〜」
「残念がられるとは思いますが、利用されず破壊されたとの報告をお聞きになれば陛下も安心なされるかと」
「だといいけどねぇ〜。聖杯が無くなったんだ。今回の遊びはもう終わりだねぇ」
「……手伝います。急いでお召し物を替えましょう」
「よろしく〜」
着替えた後は、あたかもこの部屋にずっと居たかのように振る舞ってシラを切るつもりだ。
そうすることで、この王宮内の騒動も収まるだろう。
問題は──、
(アレン殿、あんなしどけないシェリルちゃんに耐えられるのかな〜)
先ほどの石像のような彼を思い出してボクは、ぷっと吹き出した。
◇◇◇
一体何が起きているんだろうか。今の状況を説明できる人間がいるならば、すぐに出てきて欲しい。
俺、アレン・アッシュフィールドの人生、こんなに頭が真っ白になることはなかった。
いや、シェリルが婚約者を探しているという話を耳にした時。あの時も焦った。しかし今ほど何も考えられなかったわけではない。
かろうじて近くにいたクラウス王子と従者のバートを王宮に飛ばしたが、そんな俺に構わずシェリルは再び距離を詰めてくる。
「シェリル……」
「アレン」
鈴を転がしたような声が耳をくすぐり、蜂蜜ような瞳に吸い込まれそうになる。
…………夢、か……?
夢じゃないとシェリルから口付けされるような、都合の良いことなど有り得ない。しかも2度も。自分の欲望が夢に現れたのだろうか。怖いな。俺は、かろうじていつもの調子で声をかける。
「魔力の調整は出来たし、もう楽なはずだよ?」
「だめ……もう少しアレンの魔力を感じていたいの」
真っ直ぐ見つめてくるシェリルから、俺は咄嗟に目を逸らした。
「…………っ」
駄目だ。反則だ。可愛いすぎる。
このままだと本当に大変なことになる。
「……ねえ、俺が我慢出来てるうちに離れて?」
「?」
「じゃないと、どうなってもしらないよ」
飛びそうになる理性を必死に堪え、自分から引き剥がそうとした。しかし彼女は再び俺に近付いてくる。
早く彼女を引き離さないと、俺自身がシェリルに何をしでかすか分からない。彼女からふわりと漂う甘い香りに頭がくらくらする。
自分に警鐘を鳴らすも身体は固まったままで、じわじわと自らに熱が込み上げてくる。
シェリルと目が合うと、熱っぽい彼女の瞳が柔らかく微笑んだ。
「私、アレンとならどうなっても良いわ」
「…………っ」
胸が締めつけられるくらいの愛おしさが込み上げて、顔が熱くなっていくのを感じる。
好きな女の子に自分とならどうなっても良いと言われて、こうならない男なんて居るはずがない。
「でも、アレンは私じゃなくて他に好きな人がいるものね」
「………………は?」
「でもお願い、今は……」
俺は気が付くと、シェリルを強く抱きしめていた。そのまま深く口付けをしながら彼女に魔力を流し込んでいく。
いつもならされるがままの彼女が、今日はしっかり応えてくれた。
「ふぁ……んっ……」
なんだそれ。
「んう……」
ふざけるな。
俺にシェリル以外の想い人がいると思っているなんて。
彼女を抱く手に力を込める。
「っは。信じられないよ、シェリル」
「……っ」
「俺はこんなにシェリルしか見てないのに」
自分が思っているよりも乾いた笑いが出た。怒りなのか切なさなのか、よく分からない感情に胸を締めつけられる。
その感情を当て付けるかのように、より濃い魔力を込めてシェリルに流していく。
「ふ……う……っ」
「…………」
十分な魔力を彼女に流し込んだ後、そっと唇を離す。
「…………足りた?」
肩で息をしながら頬を紅潮させたシェリルは、うっとりとした表情で首を横に振った。
「ううん。もっと欲しい……」
「……っ……」
鼓動が経験したことないほどに早まり、身体の芯が疼くのを感じる。
「シェリルは俺の魔力が好きなんだね」
「私は……アレンが……好き……なのっ」
「…………っ」
とんでもないことを聞いた気がする。
しかしそれが、彼女の本心なのかも今の状態だと分からない。それに彼女はなぜか俺に別の好きな人がいると思い込んでいる。
どこかですれ違いが生じていそうで、これは後で確認が必要だ。
でも、今は。勘違いさせてほしい。
「……シェリル」
優しくシェリルの顎を上げて、そっと口付けをする。
「俺はシェリル以外に好きな人なんていない」
「んっ……は」
「俺がどれだけシェリルのことしか考えてないか、分からせてあげるよ」
「んんんっ」
ーーーー
いくばくの時間、シェリルと唇を重ねていたか分からない。とにかくたっぷりと魔力を注ぎ込んだ。
「っん……ん」
シェリルの口内を貪りながら、俺は彼女の体温を感じ続けた。
今にも消えそうな彼女の細い声で、いよいよ限界に近づいているのだろうと悟る。
「はぁ、はぁ」
「ん、は……はぁ、はぁ」
顔を少し離し、唇の水滴を舌で舐めとりながら乱れた息を整える。そのまま息のかかる距離で口を開いた。
「……俺も、シェリルのことが好きだよ」
「っっ」
そう言って笑って見せると、シェリルは驚いたように目を見開く。しかしその瞳は段々と重たくなっていき、ついに彼女は目を閉じた。
「…………」
はやり限界だったようだ。念の為、魔力流れを再び見ていると彼女から穏やかな寝息が聞こえてきた。
俺の胸に顔を埋めているシェリルの頭をそっと撫でながら、ゆっくりと深呼吸をする。
『私は……アレンが……好き……なのっ』
つい先程、彼女に言われたことを思い出して顔を赤く染めた。
シェリルが、俺のことを、好き?
……いや、真に受けてはいけない。
あの聖杯を浄化してからのシェリルは少しおかしかった。何か変なものに当てられたのかもしれない。
期待してはいけない。
そう固く思いながらも、さっきまでの俺を見つめるシェリルを思い出して頭をぐしぐしと片手でかいた。
ふうーと長いため息を漏らして、愛しい彼女をじとりと見つめる。
「……起きたら訊きたいこと沢山あるから、覚悟しといてね」
幸せそうに眠るシェリル。そんな彼女に、思わず笑みが溢れた。
いつもありがとうございます。
クラウス編もあと少しです!
そんな中ですが機種変更時に
書き溜めていたデータが飛びました。
少しずつ書き進めて参りますので
よろしくお願いいたします!




