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32.聖杯に見えるもの



 いよいよ地面が近づいてくる。



 (……ぶつかる!)



 ぎゅっとクラウス王子を掴んで衝撃に備えていると、急に私の手から青い光が放たれた。



 「なっ!」



 その光は私たちを包み込んで浮遊させ、ゆっくりと下降していく。



 驚いて光が出てきた自分の手元を確認すると、アレンからもらった指輪が光っていた。あの夜会の日以降、ずっとつけていたものだ。



 「アレン……」



 私が囁く彼の名に、クラウス王子がぴくりと反応する。



 私たちの足が地面に付くと、その光はふわふわと私の周りをまわった。



 嗅ぎ慣れたベルガモットが、その光からかすかに香り安心して胸がきゅっとなる。



 光は流れるように再び指輪の中へと入っていった。





 『ふふ。その石、万能だから。安心して俺に守られてね』





 夜会の日、アレンに言われたことを思い出す。



 「……確かに万能だわ」



 私はポツリと呟いた。



 「さすがアレン殿〜。その指輪は彼の魔力が込められた魔法石かぁ。とんでもない指輪だねぇ」


 

 クラウス王子が私の指輪を珍しそうに覗き込む。



 「よくここまでの魔力が込められたねぇ。理論上だと石が耐えられずに割れてしまうはずだけど〜」

 「私を守りやすくするためにとアレンからもらったものです」



 (アレンが石から作ったことは黙っておいた方が良さそうね)



 「……こんな石をシェリルちゃんに渡すなんて拗らせの最高峰だねぇ。じれったいな〜」



 クラウス王子はまだ話していたが、私は彼から視線を外してあたりを見回した。船の甲板に降り立ったようだが静かで薄暗く、どこか気味が悪い。



 「ここは、あの追突してきた方の船ですか」

 「そうみたいだねぇ。いやはや、あそこから落ちたのに最高の着地だよ〜」



 きっとこの指輪のお陰でふわふわと浮遊してここまで来れたのだろう。



 「クラウス様〜!」



 見知った声が船の奥から聞こえた。その声に私は驚く。 



 「え」



 段々とこちらに走ってくる音が大きくなり姿が見える。そこには、こんな時でも綺麗な身なりで眼鏡をかけたバート様が居た。



 「バート。遅いよぉ」

 「申し訳ございません!」



 彼はクラウス王子を見つけて美しい礼をする。



 「なぜバート様がこちらの船に?」



 私は驚きのまま声を発する。



 「ああ〜、バートにはオークション会場ではなく、商品が沢山乗った船を捜索させていたんだぁ。まさかこの船が突っ込んでくるとは思わなかったけど〜」

 「そんな危険なこと……」

 「王子の従者だよ? 当然だよ〜」



 当たり前のように答えるクラウス王子だが、頭に無理矢理行かされたバート様の姿がよぎって心の中で合掌する。



 そんなバート様はゴソゴソと懐から何かを取り出そうとしていた。



 「先程、こちらの船に乗り込んだ者が持っていたものです。我が国で盗まれた聖杯で間違いないかと」

 


 バート様はクラウス様に銀色の錆びた聖杯を差し出す。



 「やっぱあの時、舞台から逃げた奴が持ってたんだ〜。ぽいと思ってたんだぁ」

 「もうひとつ、お伝えしないといけないことが……」



 バート様はまだクラウス王子になにか話しかけようとしていた。



 しかし、私はもうその聖杯から目が離せなくなっていた。



 (なぜこの黒いモヤがここにも……)



 バート様の手にある聖杯からはレイモンド様の家で見たものと同じ、禍々しい黒いモヤが見えた。



 「見つけたぞ! 侵入者だ!」



 大きな声にハッとする。バタバタと乱暴な足音がして、気が付くと私たちは大勢の男たちに囲い込まれた。



 「先ほどお伝えした通り、この者たちから逃げている最中でした。力及ばず申し訳ございません」

 「…………」



 やはりクラウス王子と関わると、ろくなことがない。この絶望的な状況を前に、私はそのことを再認識した。



 (でも、あの聖杯だけはそのままにしておけないわ)



 「皆の者! かかれ!」



 そんな合図を聞き流しながら、私はバート様の持つ聖杯に手を伸ばそうとする。





 「──うるさいな」



 穏やかな声があたりに響く。ここにいる人々全員に聞こえたようでピタリと動きが止まった。



 私たちと男たちの間に大きな魔法陣が現れる。その場から眩しい光と共にアレンが優雅に姿を現した。



 「アレン」

 「ひとまず眠っといてもらおうかな」



 一瞬の出来事だった。アレンが手を横に振ると、男たちは次々と気を失っていく。



 そしてあっという間に、ここで剣や銃を振りかざしていた男たちがバタバタと全員倒れてしまった。



 「超人……」

 「アレン殿がいると軍事力には困らないねぇ」



 バート様とクラウス王子は目を丸くして顔を引き攣らせている。



 アレンはそのまま、足早に私の前まで歩みを進めてきた。



 「シェリル、怪我はない?」



 両肩を掴まれて、ぐっと顔を覗き込まれる。彼の柔らかい雰囲気に心がホッとする。



 「ええ。ありがとうアレン。この指輪のおかげで助かったわ」

 「……遅くなってごめんね」

 「そんな。あっちは大丈夫なの?」



 私はオークション会場となった船の方を見る。



 「ああ。あいつら、いくつも魔力封じの道具を持っていてね。壊すのに手こずったよ」

 「魔力封じの道具を壊すことなんて出来るの?」

 「容量以上の魔力を流したら壊れるよ」

 「…………」



 ちょっと理解できない部分もあったが、摘発は成功を収めてワイズ商会の幹部たちも無事捕えられたようだった。



 「本当にもう」

 「ひゃっ。ア、アレン!」



 アレンは私のことをぎゅっと抱きしめて、そのままクラウス王子を睨んだ。



 「シェリルは返してもらいますよ」

 


 クラウス王子はため息をついてやれやれと首を振った。



 「シェリルちゃんとのデートも終わりか〜」

 「言葉にお気を付け下さい。シェリルがクラウス王子とデートをした、という事実はございません」

 「ちぇ〜」



 名残惜しそうなクラウス王子だが、あれをデートなんて絶対に言わないでほしい。



 「! バート様。すみません、そちらの聖杯を見せていただけませんか」



 大事なことを思い出してアレンから離れる。バート様が持つ聖杯の方へと意識を向けると、やはりその禍々しさに嫌悪感がどんどん込み上げてきた。



 「これは……」

 「いいよ〜。バート、渡してあげて〜」



 クラウス王子に促されたバート様は私に聖杯を渡してくれる。持ったところからピリピリと嫌な刺激が伝わってきた。



 「シェリル?」

 「これは盗まれたという隣国の聖杯らしいのだけれど。この黒いモヤが気持ち悪くて」

 「……黒いモヤ? それはミューラー公爵邸の指輪から発されていたものと同じ?」

 「ええ」

 「…………」

 「アレンにも見えないのね……」

 「そうだね」



 見えているのは私だけだと認識した時。頭がキィィンと鳴る。聖杯を持つ手に自然と力が入った。



 『ここにあってはダメなものだ』

 『消さなくては』

 『浄化するのよ』



 レイモンド様の宝石庫で聞いたものと同じ、大きな声が頭の中で鳴り響く。



 「っ……お願いです。こちらの聖杯、私に浄化させてください」



 クラウス王子からの返事を待たぬまま、私は自分の魔力を全力で聖杯に流しはじめた。



 「シェリル様っ! そちらは我が国の」

 「あ〜いいよ〜。て、もう聞いてなさそうだね〜」



 魔力を流すと同時に、身体の中から光の粒がふわふわと溢れてあたりを照らす。



 「……シェリル」

 「うわ〜、なにこれぇ……」



 アレンとクラウス王子が何か声をもらしているが、今は聖杯に集中する。



 ミューラー公爵邸の指輪と同様、この聖杯も私の魔力を勢いよく吸いとっていく。かなり早いスピードで黒いモヤは消えかけようとしていた。



 (お願い。どうか、どうか綺麗に……)



 グッと力を込めると、大量の魔力が聖杯へと流れたような気がする。その瞬間、ピキッと聖杯から大きな音が鳴った。



 魔力を流し込むのを止めてそっと手元を見ると、聖杯のカップにヒビが入っていた。そのヒビはどんどんと広がり、ついにバキッと聖杯のカップは粉々に散る。



 「…………っ」



 粉々に散ったカップは、そのままサラサラと霧のように消えていった。



 「シェリル! 怪我はない? 身体におかしなところは?」



 アレンが私の元へ来て、ぐっと私を引き寄せた。



 「へぇ。面白〜い」



 クラウス王子はなぜかニヤニヤしているし、バート様は驚いた顔で私を見つめている。



 「あ…………」



 聖杯を壊してしまってごめんなさい、そう言おうとしたが声が出ない。



 心配顔のアレンが私の身体に手を当てている。おそらく魔力の流れなどを確認してくれているのだろう。



 (なんだか、とても疲れたわね)



 私は自分の魔力がいつもとは違っておかしく流れていることに気持ち悪さを覚えた。



 おそらく魔力暴走が起こりはじめているのだろう。それをアレンが最小限に食い止めてくれているのかもしれない。


 

 私は彼に抱かれながら、ゆっくりと意識を手放した。

 



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