31.今の王子
クラウス王子は軽い身のこなしで、どんどん敵をいなしていく。
「全く、アレン殿は何をしてるんだろうねぇ。シェリルちゃんの危機なのに〜」
「おそらく統率が取れなくなった騎士団をまとめているのかと」
「彼ってただの騎士じゃなくて王宮騎士だもんねぇ。さぞかし頼りにされそ〜……っと!」
「ぐああ!」
クラウス王子は私を後ろ手に守りながらも、どんどんと敵を倒していく。
彼は、私の記憶の中のクラウス王子より圧倒的に強かった。
無鉄砲で無茶苦茶で、華奢で逃げ足が早く、バート様に怒られ守られながらも我が道を行く王子。
今、そんな姿は全く見られない。
──もしかしたら私は、昔のクラウス王子に囚われすぎて、今のクラウス王子をしっかり見ていなかったのかもしれない。
「とりあえずここまで来たけどぉ、すっごい状況だね〜」
私たちは甲板まで上がってきた。しかしそこはもはや騎士団と商会の援軍、入り乱れての戦いとなっていた。
(アレン……)
「あ〜っ、シェリルちゃん、あっちに行こう!」
あたりを見回してアレンを探していると、ぐいっとクラウス王子に引っ張られた。
彼が指差した先には、クラウス王子が言ったとおり援軍として追突してきた船があった。どうやら彼はそちらの船にロマンを感じたらしい。
「あっちに行く!? い、嫌です! 大人しく騎士団の方に保護されましょう! 聖杯だって見つけてくださるはずです!」
そう必死に訴えると、困り顔のクラウス王子が頭をポリポリとかいた。
「いや〜その聖杯、実は国家機密でさぁ。この国で保護されちゃうとぉ、ちょ〜っとまずいんだよね〜」
クラウス王子は私の肩をぐっと抱き寄せる。
「なっ……」
急にスパイスのような複雑な香りが漂った。
(この香り。まさかクラウス王子の魔力)
思わず彼の方を見るとキラキラと輝く銀髪がふわりと広がった。
「さ、いくよぉ」
「クラウス王子! なにを!」
その瞬間、浮遊感に襲われる。
(まさか……転移)
転移魔法は超高度な魔法。この国でも転移魔法を使いこなせる人間はアレンと他数人だけだ。
そんな魔法を隣国の王子が出来るだなんて。
(クラウス王子は一体……)
そのまま、私の視界は暗転した。
◇◇◇
転移が終わったと理解した私は固く瞑っていた目を開ける。
ふわりと降り立った場所は、この船の帆を張る柱に付いている帆桁だった。
「ありゃ。まだ不完全かぁ」
「………っ」
(高い……)
クラッとしそうな高さだったが、ぐっと意識を戻してクラウス王子を見る。
「転移魔法が使えたのですか?」
「最近使えるようになったんだぁ。ちょ〜っと失敗しちゃったけどぉ」
「最近!?」
「ん〜正確に言うとぉ、アレン殿の転移魔法を見ただけでぇ、使ったのは初めてかな〜」
「…………」
とても恐ろしいことを聞いた気がする。転移した先が近くで、とにかく命があって良かった。
(にしても、見ただけであの高度な魔法を使えるようになる? そんなことあるのかしら)
「転移魔法は属性関係なく使えるでしょぉ? そういう魔法は1回見たら大体出来るようになるよぉ」
私の考えを読んだかのようにクラウス王子は説明してくれる。しかしそれは信じ難い内容だった。
少なくとも昔はそんなことなかったはずだ。
「いつからそんなこと。昔から出来ていたのですか?」
「まさか〜」
私の言葉に、クラウス王子は首を振る。
「シェリルちゃんが神殿にいたこの数年、ボクだって何もしていなかったわけじゃないんだよぉ」
一見儚げで線の細い彼は、帆桁の上で綺麗に微笑んだ。
「おい! そこにいるのは誰だ!」
ピュンッと何かが弾かれる音と共に、クラウス王子のリボンが解けた。彼の銀糸のような長い髪がサラッと風に靡く。
「わ〜やば〜」
「……っ」
上を見上げると銃を持った海賊のような男が2人居た。銃口はこちらに向けられている。
これは、絶対絶滅という状態だ。
「仕方ないなぁ」
「……えっ」
クラウス王子は瞬時に私の腰を抱く。思った以上に強い力で引き寄せられて、やや苦しい。
「また引き金を引かれたら大変だからねぇ」
「あの?」
「飛ぶよ〜、シェリルちゃん」
「えっ。え、え!?」
考える隙も与えられず重心がぐらりと傾く。思わずクラウス王子の服をぎゅっと掴んだ。
「……いいねぇ。そのまま掴まっててね〜」
「ま、まってくだ、ひぃ!!」
クラウス王子はスカートから何かを取り出したかと思うと、そのまま帆桁の先端から飛んだ。
彼は私を抱いていない方の手を、男たちが居る方にかざす。
パァン、パァンと横から大きな音がした。見ると、クラウス王子はいつの間にか拳銃を持っていた。
男たちからは痛みに歪んだ声が発せられる。
(クラウス王子、こんな体勢なのに発砲して確実に倒していらっしゃるわ)
そのまま彼はついでとでも言わんばかりに、他の帆に登っていた別の男たちも倒して行く。
そこそこ強いお兄さんというのはあながち間違いではないらしい。というか、かなり強い。
(私の知っている昔のクラウス王子ではないわ)
関心しながらその様を見ていたが、だんだんと落ちていく速度が速くなって行く気がした。
ちょっと待って欲しい。
クラウス王子は飛ぶと言っていたが、よく考えてみれば彼は水魔法使いだったはず。風魔法使いではない。
先ほど使用した転移魔法も、連続で使うことはできないだろう。
これは飛ぶ、つまり飛行ではない。
落下だ。綺麗に落下している。
頼もしい姿をみて、クラウス王子の性格を忘れていた。
──やはり、彼の性格は何も変わっていない
「くっクラウス王子!! おっ、落ちっ、落ちるーーーー!!」
「あはははははははぁ〜!!!!」
「きゃあああーーーー!!」
私の悲鳴とクラウス王子の笑い声は、潮風にさらわれて消えていった。




