30.揺れる船内
「アッシュフィールド様、少しよろしいでしょうか」
船内の空き室に案内してもらった後、騎士様は気まずそうにアレンへ声をかけた。
アレンは何かを悟ったように騎士様へと目を向ける。
「……状況が思わしくないのかな?」
「申し訳ありません。予想以上に船内が入り組んでおり苦戦しています。海へ飛び込まれでもすれば、商会幹部の者たちを取り逃してしまう恐れも」
騎士様は私の方をチラチラと見てくる。
(私がアレンの護衛対象であることを知ってらっしゃるのね)
きっと騎士様は私に、アレンがここから離れても良いという許可を出して欲しいのだろう。
私はアレンの方を見る。
「アレン。私の護衛より、騎士としての任務を優先して」
「俺はシェリルの護衛騎士だよ。そもそも俺はシェリルさえ良ければ、この国が滅んだって良いんだから」
「そんな心意気で王宮騎士団やらないでちょうだい」
アレンが冗談を言ってくるので、思わず乗ってしまった。こんな時に何をやっているのだろう。
「安全な場所に案内していただいたし大丈夫よ。それに……何かあったら守ってくれるんでしょう?」
アレンを見つめると彼はぐっと詰まった後、はぁとため息をつく。
「ここを動かずに待ってられる?」
「ええ」
「……分かった」
私が返事をすると、アレンはやや不服そうではあるが騎士様と共に部屋の外へと出て行った。
外には別の騎士の方が護衛に立ってくれているようだが、部屋の中はツインテールのクラウス王子と私だけになってしまった。
「………………」
「………………」
(不安だわ。いつもアレンかバート様がいらしたもの。この奇想天外な王子の相手が私1人で務まるわけないし)
「心配だね〜」
「はい。とてもとても心配で……え?」
頭の中の感情を、クラウス王子に代弁された気がしてギクリとする。
「商会の幹部たち。早く捕まってほしいねぇ」
「あ。え、と。そうですね」
(摘発のことだったのね。びっくりしたわ)
私は無理矢理、作り笑顔を使った。クラウス王子はそんな私をじっと見る。
「なんでしょうか?」
「う〜ん。ちょっと失礼するねぇ」
女装姿のクラウス王子はその場から立ち上がり、私の真横に腰を落とした。肩が当たりそうな距離でぎょっとする。
「ク、クリスティーナ様?」
「……シェリルちゃん」
クラウス王子は私の肩に手を伸ばし、そのまま引き寄せる。
「えっ、ひゃっ! クリステ……クラウス王子!?」
彼と私の身体がぴたりと密着して、驚きと恥ずかしさで心臓の音が大きく鳴る。
「あの、なんですか!」
「…………」
この部屋の扉は閉められている。密室で王子に肩を抱かれたまま引き寄せられているなんて。
こんなところを誰かに見られて広められでもしてしまったら、私の嫁ぎ先はもはや隣国一択になってしまう。
(それだけは絶対に避けたいわ)
私はクラウス王子の胸を押しながら、顔を上げる。
「いい加減に……」
「船の揺れがおかしい。何か来るよぉ」
「え?」
その瞬間。ドォンと何かがぶつかる音がしたかと思えば、大きな衝撃が船内に広がる。
「きゃあ!」
船はひどく揺れて私は体勢を崩すが、クラウス王子が肩を抱いてくれていたお陰で怪我はなかった。
「あ、ありがとうございます」
「いいえ〜、これで貸し1個ね〜」
「………………」
急に部屋の外がバタバタと騒がしくなり、剣を交える音がする。
「あーあ。おそらくさっきの衝撃は、この商会の援軍が入ってきたものだろうねぇ」
「そんな」
「っシェリル様とお連れの方は、部屋から出ないでください!」
外に居た護衛の騎士様は、私たちに注意を呼びかけた後すぐに扉を閉めて行ってしまった。
「あ、行っちゃったぁ」
「……これからどうなるんでしょう」
「足音から察するに相手の方が人数多そうだしねぇ。厳しい戦いになりそ〜」
「分かるのですか」
「大体は〜。この部屋が開けられるのも時間の問題だよぉ」
クラウス王子は腕を組んでうーんと考える素振りを見せる。
「きっと商会側の援軍を乗せた船が、この船に追突してきたんだろうねぇ。そして怖〜い人たちが乗り込んできた。うん、そんな気がするな〜」
「…………」
それが本当だとしたら大変だ。おそらくアレンも今は騎士団の統率に手を焼いているだろう。
「さぁ。そろそろ来そうだよ〜」
「! 何かでバリケードを……」
「もう遅いよ〜」
クラウス王子は扉の方に視線を移す。その数秒後、乱暴な音と共に扉が開かれた。
なりの悪い男が3人、部屋の中に入ってくる。
「思ったより早かったねぇ。外は余程混乱しているのかな〜」
「女だ! 女がいるぞ!」
「へへ。どっちも上物じゃねえか」
3人とも鞘の抜いた剣を持っていて、こちらをニヤニヤと嫌な目で見てくる。
「…………」
(クラウス王子をお守りするには、とにかく私が囮になるしかないわ。クラウス王子は逃げ足だけは昔からお早い。私が彼らの気を引いてる間に部屋の外へ逃げられるはず)
隣国の王子に何かあってはいけない。そんな思いでクラウス王子を見ると、彼は非常に嫌そうな顔をしていた。
「随分と下品だねぇ。キミたちには全く興味が湧かないな〜」
「ハァ? 言ってくれるじゃねぇか」
「まずは銀髪の女だ。こっちに来てもらおうか?」
じりじりと寄ってくる男たちを前に、クラウス王子は手を横にして、囮になろうと前に出ていた私を後ろにやった。
「クラウス王子……」
「シェリルちゃん、少し後ろに下がっててね〜」
「っいけません!」
「女! 大人しくしてる方が身のためだぞ」
クラウス王子は私を制した後、ため息を吐きながら前へと歩み出た。
「はあ、この方法は使いたくなかったんだけどなぁ〜」
彼はぽつりと言葉をこぼす。そしてそのまま、すぅっと大きく息を吸い込んだかと思えば……。
「っきゃーーーー!!」
彼の悲鳴が部屋中に響き渡る。突然のことに驚きながら、私はクラウス王子が立っていた所を見たが、既に彼はその位置から消えていた。
「ぐはぁ!!」
クラウス王子を目で探していると、男の悲痛な声が聞こえる。
その声を頼りにクラウス王子を見つけた。彼はドレスを靡かせながら、目の前の男に対して飛び蹴りを食らわしているところだった。
(え…………)
私は驚きのあまり目を見開く。
「ったすけてぇーーーー!!」
再びクラウス王子の悲鳴が聞こえる。
「うぐっ! がはぁ!!」
甲高い裏声で叫びながらも、地面へ綺麗に着地し、その勢いのまま回し蹴りでもう1人を倒し、流れるようにもう1人の顔に掌底を叩き込んだ。
「す、すごい……」
踊るようにドレスを優雅に扱いながら、男たちを相手にするクラウス王子の姿に圧倒される。
(私が知っているクラウス王子は、森の魔獣相手に両手を上げて、誰よりも早く逃げ出していたのに)
瞬きの間に、クラウス王子の足元には3人の屍が転がった。
「とても怖かったワ〜」
顎に手を当て、首を傾げるクラウス王子は美少女として様になっている。
華奢な身体のどこにあんな戦闘力を隠し持っていたのか。
「あ、ありがとうございます」
「レディを守るのは男性の義務だよ」
クラウス王子は口に綺麗な弧を描いて私を見る。
「驚きました……戦えるのですね」
「王族のボクが護身術を心得ていないとでもぉ? ボクって魔法や剣がなくてもそこそこ強いお兄さんなんだよ〜」
「あの悲鳴は……?」
「雰囲気が出るかなぁと思って〜」
ダンッと扉を蹴破る音がして、バタバタと再び海賊のような男たちが入ってきた。
「ここは物騒だねぇ……上へ逃げよっか〜」
クラウス王子は倒れている屍の1人から、静かに剣を抜き取った。私は彼にそっと手を握られる。
「離れないようにねぇ〜」
「……分かりました」
クラウス王子に手を引かれ、私たちは船の中を走りはじめた。




