25.港の倉庫にて
「……何度も申しておりますが、私はクラウス王子と婚約も結婚も致しません」
「変わらないねぇ、シェリルちゃんは。少しはボクのことも見てくれたっていいのに〜」
クラウス王子は両手を挙げて肩をすくめた。
彼の反応に困る私の横で、アレンが前へ出て綺麗なお辞儀をする。
「クラウス王子にご挨拶申し上げます」
「アレン殿も久しいねぇ。いっつもシェリルちゃんの隣に居るんだもんな〜」
「今は彼女の護衛騎士をしておりますので」
「うっそぉ〜。なになに、更に拗らせてるじゃないかぁ」
「…………」
天真爛漫な笑顔を浮かべるクラウス王子。
最初はみんなクラウス王子の見目の良さに騙されるのだが、油断してはいけない。
線の細い儚げな王子だと思われがちだが、彼は本当に、ほんっっとうに、王子らしからぬ独特な感性の持ち主だ。
好奇心旺盛で自分の興味あることには周囲なんて顧みず一直線。
幼い頃から魔獣に襲われたとか実験に失敗して髪が燃えたとか不穏で不安な話が後を絶たない。
実際、私もことごとく振り回されてトラブルや面倒ごとに多々巻き込まれた経験しかないのだ。
(こんな人の婚約者になったら気苦労が絶えない。絶対ごめんだわ)
「おやおや、シェリル嬢は人気者だな!」
はっはっはっと笑うクリストフ殿下だか、今この中では彼しか元気に笑っていない。
「当たり前だよ〜。このボクを楽しませてくれるご令嬢はシェリルちゃん以外居ないのさ」
「……楽しませた記憶はございません」
「またまた〜。特に初めて会った時。下町姿のシェリルちゃんに勝負で負けたあのゾクゾク感……たまらなかったなぁ」
昔を思い出すようにクラウス王子は紫色の瞳をうっとりと細めた。
──そう。私と彼の出会いは、神殿へ行く前。
貿易の視察に来ていたクラウス王子と偶然下町で会った私は、商売対決……下品な言い方をすると金稼ぎ合戦をしてボロ勝ちしたのだ。
それをきっかけに気に入られてしまい、王子の相手役に選ばれてしまったのが運の尽き。
遺跡を調査をしたいと森の奥に入って酷い目に遭ったり、ドレスが燃えたり海で溺れたりとクラウス王子との思い出は散々なものばかりだ(アレンが結局全て助けてくれたのだが)。
「シェリルちゃんといると全然飽きないんだよねぇ」
「………………」
「うむ! 相変わらず君たちは仲が良いんだな!」
──私は理解した。
目の動きだけでアレンと視線を交わす。彼も同じことを感じていたようで小さく頷いた。
(このわざとらしい反応。クリストフ殿下、早速クラウス王子のお世話を私になすりつけようとしているわね)
自由奔放な性格のせいか、クラウス王子がこの国で怪我しようが何があろうが隣国の王は全く関与してこない。
しかし、さすがに王子という立場の人間には誰かが付いていなくてはまずい。
そこでクリストフ殿下は、クラウス王子に気に入られている私を彼の世話役にと夜会早々声をかけたのだろう。
「──まだ他の方々へのご挨拶もおありでしょう。私たちはこれにて失礼いたします」
こういう時は逃げるが勝ちだ。
アレンと共に優雅に礼をとり、その場を離れようとくるりと踵を返そうとするが、クラウス王子に手首をとられる。
「……何か」
「シェリルちゃんに後で見せたいものがあるんだ〜。この夜会の後、会えるぅ?」
クラウス王子は私の隣にいるアレンに向かってにっこりと笑い、私から手を離した。
「もちろん、アレン殿も一緒で構わないさ」
クラウス王子の「見せたいもの」なんて奇想天外すぎて想像がつかない。しかし他国の王子の誘いを無下に断ることも出来ない。
「…………分かりました」
私の返答にクラウス王子は満足気に頷く。
「バートをそっちにやる。また後でねぇ」
「…………」
クラウス王子はそれだけ言い放ち、クリストフ殿下と並んで玉座へ近い位置に戻って行った。
彼らが遠のいた後、隣でアレンが小さくため息をつく。
「面倒なことになっちゃったね」
「クラウス王子が来られたって所から、私は面倒だったわ」
「あの王子、きっとまた厄介なこと起こすよ」
「考えたくない……」
(せめてバート様が変わっていらっしゃいませんように)
そう祈りながら、私もアレンとその場を後にした。
◇◇◇
「シェリル様、そしてアレン様。お久しぶりでございます」
その日の夜会終わり。
出口にて眼鏡をかけた、短髪の従者に呼び止められた。顔にはやや疲労の色が見られる。
「この度はクラウス様がご迷惑をおかけしようとしておりますこと、誠に申し訳ございません」
「……バート様。お変わりなくて何よりですわ」
──彼はクラウス王子の従者であるバート・ジラルド様。
私がドレスを燃やされた時も同じように服を燃やされ、私が溺れた時も同じく海に沈んだ彼。
もはやクラウス王子絡みだと同志のような気がしてならない。
今も颯爽とピッシリ90°の礼にて、これからクラウス王子が迷惑をかけそうであることを察知し、謝罪してくれている。
「顔を上げてください」
「……ありがとうございます。クラウス様は相変わらずあの調子でして」
「お気持ち、お察しします」
私の言葉にバート様は苦笑いを浮かべたが、そのまま再びお辞儀された後、馬車の扉を開けた。
「クラウス様が港にある倉庫にてお待ちです。こちらへ」
「……ねえシェリル。倉庫ってもしかして」
「おそらく隣国との貿易に使用しているあそこよね?」
「左様でございます」
「はぁ。夜にそんな所へシェリルを呼び出すなんて」
「申し訳ございません!」
バート様は再びビシッと90°に腰を曲げる。そんなバートをアレンは笑顔で見下ろしながら首を振る。
「バートには言ってないよ。未だに主人の勢いに任せた行動を抑止することも出来ないのか、なんてね」
「………………」
アレンは笑顔なのに、ヒュオオオオと凍てつく吹雪のような寒さを感じる。
その後も馬車が出発してから目的地に着くまで、バート様はひたすら私達に頭を下げ続けた。なんだか申し訳ない。
少し馬車に揺られ、私たちは目的地の倉庫の前で降りた。海辺の独特な潮の匂いと乾いたような木の匂いが合わさって流れ込んでくる。
「やぁやぁ、シェリルちゃん。そしてアレン殿」
倉庫の方からクラウス王子が歩いてくる。潮風に銀髪を靡かせた彼は両手を上げて迎えてくれた。全然嬉しくない。
「私に見せたいものがここに?」
「いかにも。シェリルちゃんに見せたいものを沢山持って来たんだ〜。それを見ながら面白い話でもしようよ〜」
「はあ……良い品があればぜひお話させていただきたいですが」
クラウス王子の貿易コレクションの一部を持ってきてくれたということだ。正直、ここはとても興味がある。
ただ、何かありそうで怖い。
こんな漠然とした理由で警戒するのはクラウス王子くらいだ。
「シェリル、暗いから足元に気をつけてね」
「……ありがとうアレン」
倉庫に入る時、アレンは私の手をとってくれた。クラウス王子の奇行に構えて力んでいた私は、少しホッとする。
「──あれは砂漠の国から仕入れたもの、そっちは広い大地の民族が好んで使っていた道具なんだよ! あとこの陶器の深い藍色は鮮やかだろう。今後他国でも流行ると思っているんだ!」
倉庫に入って以降、彼はやや早口になり熱のこもった声で倉庫内の商品をひとつずつ紹介してくれた。
その中に爆発しそうな物もなければ、急に大きな音がする物もなくて安心する。
「あとこれは東方の国から手に入れたランプだよ。花の形になっているだろう?」
「このような精巧な装飾を施せるのですね」
「あちらの職人の技術が凄いんだ!」
「実際に見に伺いたいくらいです」
「そうなんだよ! でも残念なことに見せてくれないようでねぇ〜」
ついに最後の商品説明も終わり、倉庫の奥の開けたスペースまで来てしまった。色々と楽しいものを見せてもらった。
何も変わったことはなかった。隣を見るが、アレンも静かに肩をすくめる。
(身構えて来たけれど、ただ私に早くこの商品を見せようとしてくださっただけだったのかしら)
クラウス王子が口を閉じて以降、コツ、コツと足音が倉庫に鳴り響いている。
「クラウス王子、貴重な品々を見せていただきありがとうございます。商品の目星はつけましたので後日もう少し詳しくお話しを」
私が話し出すと、先を歩くクラウス王子がゆっくりと振り返った。
その顔に浮かべる不敵な笑みに、言葉を途切れさせてしまう。
「……まだ終わってないよぉ、シェリルちゃん」
窓から月明かりが入り、クラウス王子の銀色の髪が妖艶に光っているように見えた。
クラウス王子は、彼の羽織る上質な上着の裏から、ひとつの手紙を出す。
「これが今日、1番見せたかったものだよ」
「それは……」
その手紙にはフォンク家の家紋がしっかりと押さえてあった。
「ああ。これはシェリルちゃんのお父君、フォンク公爵から送られてきた手紙だ」
隣でアレンの息を呑む音が聞こえる。
(まさか……まさか……)
そうであって欲しくないと願うが、クラウス王子は微笑んだ後、再び口を開く。
「ボクがキミの婚約者候補に選ばれたって内容だよぉ」
にっこりと笑うクラウス王子に私は唖然とした。




