23.公爵令息の事情(2)
シェリル嬢なら、妹のマリーがかかっている原因不明の病を治せるかもしれない。
すぐに彼女をマリーの傍へと連れて行きたかった。この際、手段は何でもいい。
しかしその日は、強引に登場したアッシュフィールドに邪魔された。
なるほど。シェリル嬢が纏うアッシュフィールドの魔力は、彼の独占欲の表れなのだと理解する。
他の男の魔力を付けた令嬢には、誰も近づかないと思案したのだろう。
しかもシェリル嬢自身は、彼の魔力を自分が纏っていることに気づいていなさそうだ。
アッシュフィールドは王宮騎士で王宮との繋がりもある。更には天才的な魔法使いだ。相手にすると面倒くさい。
ならばアッシュフィールドの居ない時に出直そうと、シェリル嬢の周りをずっと見張っていた。
そしてタイミングを見計らいシェリル嬢へ接触。
我が家へと来てもらい、思った通り彼女は妹の病を治すことが出来た。
しかしその後は父上の、ひいてはミューラー公爵家の醜態を見せてしまった。
それにも関わらず、父上と同じ血が流れることを恐れていた僕に彼女は「結局は自分次第だ」と言った。
「貴方は自分の大切にしたいものを守れる方です。領民からしたら良き領主であり、マリアベル様からすると良きお兄様です!」
「レイモンド様はお強い方です。あなただけはミューラー家としての矜持を見失ってはなりません!」
初めてのことだった。
僕は昔から父上には出来損ないとなじられて、母上とした妹を守るという約束を守れている自信もなかった。
今までも褒められれば褒められるほど、その裏で父上の暴力に、妹のことも守り切れているか分からない自分がチラついた。
良き領主、良き兄、強い方──。
なのにシェリル嬢は醜態を晒す父上やそれを止められない僕を見たにも関わらず、僕自身のことを認めてくれた。
「レイモンド様は経営者となってお父君の商会なんざぶっ潰してしまえば良いのです!」
その上、僕自身には考えもつかなかった発想まで提示してくれる。
「シェリル嬢は気持ちの良いご令嬢だね。……僕が人を愛する気持ちを知っていたなら、君のようなご令嬢のことは愛したかもしれないよ」
そう伝えると彼女は僕はもう愛を知っていると言った。僕がこのことについて首を振ると彼女は簡単なことのように言ってのけた。
「それ以上の愛について知らないというのであれば、これから知っていけばいいのです」
頭を鈍器で殴られた衝撃だった。僕の長年悩み続けてぐるぐるに絡まった思考の糸を、彼女はいとも簡単にほどいてくれる。
こんなご令嬢が他にいるだろうか。
その瞬間、彼女の紅茶色の髪も、蜜を固めたような瞳も、形の良い唇も、全てが美しく見えた。
──ああ、シェリル嬢の婚約者候補になれてよかった。
心からそう思った。
しかし彼女はその後、我が家の宝石庫で指輪を浄化して魔力暴走を起こした。
生死に関わる非常に切羽詰まった状態に、思いついたのは自分の魔力を彼女に流すと言う非常識すぎる方法。
時間がないため決心して、天井を見る。
そこで僕は気付いた。彼女に対して魔力を流すことに、僕自身は何の抵抗もないということに。
もしかしたら僕は彼女のことを? それも自分の魔力を彼女に流しても良いと思えるくらいに。
そんな自分にふっと笑ってしまう。
「ごめんね。後で存分に殴ってくれて良いから」
魔力の調整は成功した。
しかし目覚めた彼女が1番に探したのはアッシュフィールドだった。居ないと知った時の切なげな表情で、彼女もまた彼のことを想っているということが嫌でも分かった。
僕は自分の気持ちを自覚してすぐに、失恋したのだ。
──でもそれでいい。
婚約者候補はこの僕だ。アッシュフィールドではない。
もしも誰か別の者が彼女の婚約者となった時は、永遠に変わらぬ関係で彼女を支えよう。
そのためには僕自身が力をつけないといけない。
シェリル嬢の周りには謎が多い。匿名で届いた手紙も差出人は特定できなかった。しかしあの手紙は決して質の悪い紙ではなかった。
ある一定の高位貴族であることが想像できる。
アッシュフィールドの立ち位置も分からない。彼女に執着しているのは確かだが、何かを腹の底に隠していそうだった。
彼女の護衛騎士である彼は、剣術も魔法の実力も桁違いだ。しかし元平民であり、現在の地位は伯爵令息だ。
シェリル嬢を守る時にあと一歩足りないのは、公爵令嬢よりも高い権力だ。それを僕が補えば良い。
今まで諦めていた家の問題に真摯に向き合おう。
『ぶっ潰してしまえばいいのですわ!』
思い出して笑ってしまう。
ああ、シェリル嬢。待っていてほしい。
僕が君を支えられるような力をつける。
その時は、君のことを全力で守ると誓おう。




