21.離れない
「けっ。け、け……」
私は目を見開く。
「はは。結婚は飛ばし過ぎたかな? 僕としてはこのまま婚約の手続きに入っても構わないのだけれど」
レイモンド様もマリアベル様も何故か面白そうに笑っているが、こんなにも軽く言われると戸惑ってしまう。
私が動揺していると隣に居たアレンが、そっと紅茶を置いてにこやかに口を開いた。
「ミューラー公爵家の中がまだこんなに騒がしいのに、よく結婚なんて言えましたね」
ピシッと空気が固まる。
レイモンド様がアレンの方に目をやった。
「王に忠誠を誓う両家だ。今まで不仲だった分、婚約して絆を強くすることを陛下も好ましく思うだろう」
アレンはレイモンド様に構わず、形の良い眉毛を少し下げて私を見つめてくる。
「シェリル。こんな胡散臭い人で良いの? もっと他にいるんじゃない?」
「……アッシュフィールドだけには言われたくないね」
レイモンド様が目を細めながらアレンに反論する。
「黙っていたが今日、君を呼んだ覚えはないんだけど?」
「俺はシェリルの専属護衛ですので」
「であれば、シェリル嬢の隣に腰掛けず後ろに立っていたらどうだい?」
「ふふ。やだなレイモンド様。隣でお守りするのが1番効率良いんですよ」
「…………」
「…………」
2人のとって付けたような笑顔が深くなっていくのを感じながら、私はじっと考えていた。
(アレンと離れるためにも、レイモンド様と婚約してしまえばこれで御の字だわ)
この婚約に私の意志はいらない。
――でも、レイモンド様は?
(私がアレンを好きなことは変えられない。そんな私と結婚して、彼は幸せなのかしら)
「………………」
黙り込んで考えている私に気付いたレイモンド様は、改めてこちらを向く。
「まあゆっくり考えてよ。その様子じゃ他の婚約者候補が誰なのかも、まだ知らないんだろうし」
「……レイモンド様は知っているのですか?」
「知らないよ。知ってても言わないけどね」
レイモンド様は紅茶を置いて、マリアベル様と共にこちらに向かって微笑む。
「僕は待っているから。婚約したくなったらいつでもおいで」
「私も。シェリル様なら大歓迎ですわ」
「……ありがとう、ございます」
私たちはその後、少し歓談してミューラー公爵家を後にした。
◇◇◇
帰りの馬車に揺られている間も、私はこの婚約者探しについて考えていた。
貴族の婚約は政略結婚も多い。
お父様から婚約者探しの提案を受けた時は、見つけ次第すぐに婚約してもらおうと思っていたのに。
いざ婚約者の顔が見えると、私の独りよがりな考えで婚約することが、果たして良いことなのか分からなくなってしまった。
婚約者候補がレイモンド様だと知った今。彼には互いを好きだと思い合える人と、本当の幸せを見つけて欲しいと願ってしまう。
「……シェリルは本当に婚約するの?」
「えっ」
私の考えごとを読まれたような気がして、驚いて顔を上げる。
馬車の窓から西日が差して私たちは赤く染まっていた。正面にゆったりと座るアレンの赤髪が、いつもより鮮やかでとても綺麗だ。
「え、ええ。婚約する、するわ」
私の返答にアレンが首を傾げてこちらを見る。それに合わせて彼の髪がサラリと動いた。
「レイモンド・ミューラーと?」
「それは……分からない」
「じゃあまだ続けるんだ、婚約者探し」
「そうね。残り2人の方と会ってから自分の答えを出したいわ」
そうだ。何も婚約者候補全員がレイモンド様のような方だとは限らない。私のように忘れられない人がいる方なのかもしれないし、愛人が居るかもしれない。
(そっちの方が気兼ねなく婚約できるかもしれないわ)
社交期の間に残り2人の婚約者候補とも会うことが出来れば、その分だけ選択肢も増える。
「…………シェリル」
そんなことを私が考えていると、アレンはふいに私の手をとった。
「?」
「俺はシェリルの為なら何だってできるよ」
「…………いきなり何?」
「ふふ。なんでこんなに伝わらないんだろうね」
アレンは呆れたように私を見て笑う。
「婚約者探しなんてしなくても、魔力暴走にも悩まない生活も、他にもシェリルが望むもの全部、俺があげるよ」
「そ、それじゃあ意味がないの!」
とられた手を振り払おうとするも全く離してくれない。もういっそのことこのままアレンに身を預けてしまえばという考えが頭をよぎる。
(駄目。アレンには好きな人がいる。こんなことを言ってくれるのも、今一緒に居るのだってお父様に頼まれたからよ)
アレンが好きな人と結ばれることが、私の1番の望みであり目的なのだ。私の婚約者探しはその為の手段。
(私はアレンから離れなくちゃいけない)
心の中で自分にそう言い聞かせると胸が切なく痛んだ。
今までも幾度となく言い聞かせているのに。何度経験しても慣れない痛みに私の視界が少し滲む。
「お願いだから、そんなこと言わないで。私はもう決めたの」
「…………そっか」
そういう言うとアレンは私の手をとったまま、正面から隣へと流れるように移動した。
彼の腕が私の肩に触れる。そしてそのまま私の頭に自分の頭をこてんと倒してきた。いくらなんでも近すぎる。
「ア、アレン」
「……じゃあ仕方ないな」
握られた手に指をスルッと絡められた。身体半分にアレンの体温を感じて心臓が爆発しそうだ。
「ねえ、ちょっと離れて」
「最後まで離れない。隣にいるよ。俺の可愛いお姫様」
「…………離れてよ!」
「ふふ。だめだ。シェリルが可愛いから離れられないよ」
「またそうやって揶揄うんだから!」
アレンは「あっ」と思い出したように、そのままの体勢で私に尋ねる。
「てことは、次の夜会にも参加するの?」
「ええもちろん。次の夜会は――」
内容を思い出して、少し憂鬱になる。
「隣国のクラウス王子が来られるわ」
いつもありがとうございます!
これにてレイモンド編は終了となります。
サクサク読んでいただけるよう、少しお休みをいただいたあと連載を再開する予定です。
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