20.移り変わる
肌寒い季節から、日中は少し暖かな季節へと変わった。相変わらず私はアレンと共に夜会へと顔を出しているが、これといった収穫はない。
そんなある日の昼下がり。私はレイモンド様の家へと招かれた。
「いらっしゃい。シェリル嬢」
「っ、お久しぶりです」
「……アッシュフィールドも」
「ご無沙汰しております」
アレンの手を借りて馬車を降りると、レイモンド様が前で待ってくださっていた。
ゆるい癖のある黒髪を風に靡かせながら、緑色の瞳が陽を受けてキラキラと光る。
レイモンド様とお会いするのは久しい。会わない間に、なんだか彼は明るくなったような気がする。
ミューラー公爵家はかなり変わった。
レイモンド様が新しく商会を立ち上げたことを引き金に。
「色々とばたついていてね。ようやく落ち着きそうだよ」
「もうレイモンド様ではなくミューラー公爵様ですね」
「はは。シェリル嬢には今まで通りレイモンドと呼んで欲しいね」
レイモンド様が商会を立ち上げて間もなく、ミューラー公爵様の商会から内部告発があった。それにより数々の不正が明るみに出たのだ。
中には法に触れるようなものもあり、ミューラー公爵様の商会は取り潰しとなった。
ミューラー公爵様はその後、息子のレイモンド様へ爵位を継承。療養という名目で領地へと戻られたそうだ。
今、ミューラー公爵家の実権はレイモンド様にある。
(おそらくレイモンド様が裏で仕組んだのね)
アレン同様、レイモンド様は涼やかな顔をしながらやることは徹底してやるタイプなのだとこの件で理解した。
そして――
私はチラリとアレンを見上げる。
アレンは口角をやや上げて歩いている。公爵家の使用人たちは彼のキラキラしたオーラに当てられて、一瞬時が止まっていた。
私は静かにため息をつく。
あの日、目覚めた私の前には罰悪そうに正座するアレンがいた。
『シェリル。無理させて本当にごめんね』
『…………』
聞くところによると、仕事帰りに私の家へと寄った際に、私がミューラー公爵家に居ることを知ったそうだ。
護衛騎士としての責任感なのか、私を心配して転移すると、あの宝石庫で魔力暴走を起こした痕跡のある私を見つけたらしい。
そのまま私を連れて自室まで再度転移。動揺しながら魔力調整を行ったが、力加減を間違えてやり過ぎてしまったと頭を下げられた。
(子犬のように目を潤ませて許しを請うアレンを見て、思わず頷いてしまったのよね)
……口付けについては全く触れられなかった。
私から言うのもなんだか気が引けて結局そのままタイミングを逃し、聞けないでいる。
(アレンは何とも思っていないのだろうか。私はこんなにも頭から離れないのに)
そのことについて考える日々を過ごしていたが、思い出す度に赤面して悶えるという無駄に疲れる時間が続いため、私はついに考えるのをやめた。
(経口摂取の方が効果があったりするのよ。きっとそうだわ)
そんなことを考えていると私たちは談話室の前に立っていた。
レイモンド様がそっと扉を開けると、そこにはマリアベル様が座られていた。
「ごきげんよう、シェリル様」
「マリアベル様。お元気そうで何よりです」
以前会った時よりも顔色が良く、黒いモヤもなくて安心する。
レイモンド様に座るよう促されて、私とアレンはゆっくりとソファに腰掛けた。
「今日は改めて僕たち兄妹でシェリル嬢にお礼が言いたくて呼んだんだ。シェリル嬢、妹を救ってくれて本当にありがとう」
「シェリル様、ありがとうございます。あれから兄も私も、そしてこの家も少しずつ良い方向へと変わってきております」
「君のおかげだ。シェリル嬢、僕が変わったのはあの日君に言われたことがきっかけなんだ」
公爵様とその妹君に頭を下げられて、私はわたわたと焦る。
「そんな。レイモンド様が変わられたのも、今があるのも、全てお2人の努力が成し得たことです」
私がそう言い切ると、2人は困ったような顔をした後に笑った。
「ミューラー公爵家はシェリル・フォンクを必ず支援する。何かあった時は言ってくれ」
「あ、ありがとうございます」
2人の美しい笑顔を見て、こちらまで笑みが溢れる。
(そうだわ。あのことを訊かなくちゃ)
私は真剣な顔を取り戻して、レイモンド様を見つめた。
「あの、訊きたいことがあるのですが」
「なんだい?」
「――レイモンド様は私の婚約者候補なのでしょうか」
アレンが目の前にある紅茶に手を伸ばし、優雅に飲む気配がした。合わせるかのようにレイモンド様も紅茶を手に取る。
(婚約者候補は、私の魔力を調整出来る人物)
私が魔力暴走を起こした日、レイモンド様は私の魔力を確かに調整してくれた。
機会がなくて訊けなかったが、あの日からずっと、レイモンド様は私の婚約者候補ではないかと考えていた。
紅茶を片手に、レイモンド様は私を見て小さく笑った。
「ああ、そうだよ。僕と結婚するかい?」
今まで静かに隣に居たアレンが、げほっと紅茶の入ったカップを持ったまま咽せた。




