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2.赤髪の護衛騎士


 私はずっとアレンのことが大好きだった。



 彼の魔力が纏う甘いベルガモットの香りが心地良かった。



 けれど――





 『ごめんね。俺にはずっと婚約を申し込んでいる女の子がいるんだ』





 その日、私は失恋した。





◇◇◇





 「……嬢様……シェリルお嬢様」



 ハッと顔を上げると、執事が扉の前に立っていた。



 「馬車の準備が整いました」

 「分かったわ。ありがとう」






 あれから日が経ち……

 婚約者候補と接触できる日が来た。

 


 夜会用のドレスに身を包んだ私は、お父様の言葉を思い出す。




 『お前には政略結婚ではなく、幸せな結婚をしてもらいたい』



 『しかし今のお前は相手が分かれば、よく知りもせずに婚約を申し込みそうだ』



 『よって婚約者候補が誰なのかは伝えないでおく』



 『これからはじまる社交期に3人の婚約者候補と接触できる機会を与えよう』


 

 『相手にはシェリル・フォンクの婚約者候補になると通達し、了承を得る』



 『今回の社交期が終了した際、最も心惹かれると思った相手を私に伝えてくれ』



 『簡単なマッチングゲームだと思ってくれれば良い。気に入った者が3人のうちの誰かであれば、婚約を取り計ってやろう』



 

 ……つまり、今回の社交期で私が選んだ方が、あの書類の中の人物であれば晴れて婚約することになるのだ。



 私はきゅっと唇を結ぶ。



 失敗は許されない。



 万が一、婚約者候補じゃない方を選んでしまった場合、この社交期が全くもって意味のない時間になってしまう。



 どうすれば婚約者候補を見つけ出せるのだろうか。それ以前にお父様は相手に了承を得られたのか。



 私は公爵令嬢といっても、神殿で過ごしていたいわく付き令嬢と認識されていてもおかしくない。



 

 ふう、と無意識にため息が漏れる。



 「そもそも彼以外の誰かを選ぶことなんて出来るのかしら」



 ポツリとこぼした言葉の意味に気付いてハッとし、気を引き締めなおして馬車へと向かう。



 「どうぞこちらへ」

 「……ええ」



 私は選ばなくてはいけない。彼のためにも。



 婚約者候補3人のうちの誰かを。



 深呼吸をして気持ちを律し、御者の手を何気なくとったその時だった。

 







 「――やあ、シェリル」



 背の高い御者から降ってきた、聞き覚えのある声に私は固まる。



 歌を歌っているかのような、とても穏やかで滑らかな声だ。



 恐る恐る、そうであって欲しくないという気持ちを込めつつ御者の顔を見上げる。





 案の定、目が合った人物は我が家の御者ではなく見知った人物だった。



 サラサラとした赤髪と、長い睫毛に縁取られたブルーグレイの瞳。



 王宮騎士団の煌びやかな礼服姿で、こちらに笑顔を向ける美青年がそこにはいた。



 「……アレン。なぜここに?」



 驚きのあまり声が掠れた。



 「ふふ。来ちゃった」

 「!」



 私は咄嗟に手を離そうとしたが、長い指を絡められて解けない。



 そのまま流れるような所作で優しく手を引かれ、甲に軽くキスを落とされた。



 カアッと顔が一気に熱くなるのを感じる。



 そんな私を見たアレンは、満足そうに形の良い唇の端を上げた。





 アレン・アッシュフィールド。

 私と同様、幼い頃から規格外の魔力量を持ちながらも、それを完璧にコントロールする天才。



 その上、1人1属性持ちが普通である魔法属性を全属性持ち合わせている。



 もとは平民だったが、その桁違いな実力を買われてアッシュフィールド伯爵家の養子となった。


 

 その後、剣の才まであることが発覚し最年少で王宮騎士団に入団。



 この常識では測りようのない能力と、美しい顔立ちが相まって、この国の貴族たちで彼を知らない人間はいない。



 そして――



 彼こそが、私の魔力を調整できる唯一の人物だ。







 「ね、びっくりした?」



 アレンは私を覗き込むように、顔をこちらに傾けてくる。



 赤い髪がさらりと揺れて、光を差したような綺麗な瞳と目が合った。



 恐ろしく整った容姿をしているのに、なぜかいつも陽だまりのような柔らかい雰囲気を纏う彼に、何人の令嬢が落とされてきたのだろうか。



 「もう……冗談はよして」

 「シェリルは考え事をしていると本当に周りが見えなくなるね」

 「御者の真似事をして立っているなんて誰が思うのよ」

 「ふふ。想像以上に気付いてくれなくて焦ったよ」

 「満足でしょう? そろそろ離して」



 アレンを睨むと、彼はなぜか名残惜しそうに私から手を離した。



 そして滑らかな動作でその場に跪き、騎士が忠誠を誓うポーズをとる。



 彼の異様な行動に、私は少し動揺した。



 「いったい何の真似……」

 「公爵様から事情は聞いた。婚約相手を見つけるまでの間、このアレン・アッシュフィールドが君の専属護衛を務めさせていただく」

 「!」



 私は驚きのあまり目を見開く。彼の言葉をゆっくりと反芻してみるも、なかなか頭に入ってこない。



 目の前で私に忠誠を誓う見目麗しい騎士を、ただただ見つめることしかできなかった。



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