17.護衛騎士の怒り
「ん……」
ふわふわとした心地の良い目覚めだった。
私は息を吸ってゆっくりと吐く。身体が軽くて呼吸もしやすい。まるで魔力調整をしてもらったかのようだ。
(あら。私は魔力暴走を起こしたはずだわ)
意識を失った時のことを思い出して、私はゆっくりと目を開けた。
「……アレン?」
思ったより自分の声が掠れていた。まさかと思いつつ居ないであろう人の名前を呼ぶ。
「シェリル嬢!」
「――!?」
上を向くと心配そうな表情のレイモンド様と目が合った。そこでようやく今の状況を把握する。
場所は私が倒れた所のままだ。しかし確実に意識を失う前と違うことがある。
私はレイモンド様の胸にすっぽりと収まっていた。つまり抱きしめられている。
「えっ、な、な」
思わぬ事態に両肩に力を入れてあたりを見回す。
「あの、アレンは?」
「……アッシュフィールドは居ない」
「え? じゃあ誰が」
そんな私の反応を見たレイモンド様は全てを悟ったような顔をした。彼はそのままゆっくりと息を吸い込む。
「シェリル嬢、僕は君に謝らないといけないことがある」
「な、なんでしょう?」
私を抱くレイモンド様の手に、どことなく力が入った気がした。
「シェリル嬢はさっき魔力暴走を起こしたんだ。そして僕は咄嗟に自分の魔力を君に流し込んでしまった」
「レイモンド様が、私に、魔力を?」
私は驚いて目を見開く。
(信じられない。アレン以外の人が私の魔力を調整できただなんて)
「本当にすまない。こんな方法しか思いつかず」
「い、いえそんな。ありがとうございます」
お礼を言う私に、レイモンド様は顔を顰めた。
「……シェリル嬢、他人に魔力を流すというのは非常識な行為だ。もっと僕を責めて良い」
「それは」
「その様子だと今回が初めてじゃないんだろう。その度にアッシュフィールドに魔力を流してもらっているのかい? でもそれは普通じゃないよ」
「っそれくらい知っています!」
そのことは私が何より理解している。そのせいでアレンが好きな人と結ばれないということも。
アレンを思うと胸がきゅうっと締め付けられて辛くなり、視線を下に向ける。その様子を見たレイモンド様は意外そうな調子でポツリと言葉をこぼす。
「君は……アッシュフィールドのことを……」
その時、私とレイモンド様のすぐ傍でバチバチッと雷のような閃光が走った。
その眩しさに思わず目を瞑る。
「みつけた。シェリル」
聞き覚えのある声に驚いて目を開ける。窓から差す夕日のような赤い髪。青みの強いブルーグレーの瞳。
目の前には騎士服姿のアレンがいた。
夜会の時に着ていた礼服ではなく、実践用の身軽なものだ。仕事をしてすぐに来たのだろうか。
「アレン」
私はアレンを見るが、彼は私と目を合わせてくれない。
(なんだか様子が変だわ)
顔に笑顔を浮かべていないアレンを見るのはいつぶりだろうか。いつもなら真っ先に笑顔をくれるのに。
「はあ……やっぱりこうなったか」
気怠げなレイモンド様からは、この事態を予測をしていたような言葉が発される。
「わっ!?」
突然の浮遊感に包まれて思わず声を上げる。
次の瞬間。レイモンド様に抱かれていた私は、アレンの腕の中にいた。
「そんなに大切なら、隣から離れるなよ」
「…………」
ふわりとアレンの魔力を感じた。柑橘の爽やかさと少し甘い香りの魔力がそっと私たちを包み込もうとしていた。
(っ、もしかして転移しようとしている!?)
そう思うや否や、地面がぱぁっと光り出す。
「シェリル嬢」
名前を呼ばれレイモンド様の方を向く。
「!」
私は思わず息を呑んだ。レイモンド様は花が割れ咲くような美しい笑顔をこちらに向けていたのだ。
「ありがとう。また今度会おうね」
「っ……はい……」
返事をしたと同時に、私は再び浮遊感に包まれた。
「…………」
目を開けるとそこはどこかの屋敷の一室だった。アレンがそっと私を降ろす。
白と金で統一された清潔感のある部屋。家具、書棚、机、ランプなど綺麗に整理されている。
「ここは……っ……」
どこなのかアレンに訊こうとしたが叶わなかった。アレンが私の腕を乱暴に掴み、そのまま引っ張り歩き始めたのだ。
「アレン! 痛いってば!」
「………………」
何も言わず強引に引っ張るアレンの背中を見る。
(もしかして……怒ってる?)
しかし彼が怒る理由なんて頭の中で探しても探しても見つからない。
「ひゃっ」
トンと肩を押され、よろけてついた手に柔らかな反動が来た。
(柔らかい。ここはベッドの上?)
そう悟ったと同時に、アレンに覆いかぶさられた。
ずしりとした重みを身体に感じて、抵抗できないことを本能的に思い知る。
「アレ……んぅっ……!?」
一瞬、何が起こったのか分からなかった。
唇に柔らかいものが触れる感覚。
それが口付けだと理解する頃には、アレンの舌が私の口内に無理矢理ねじ込まれていた。




