16.公爵令息の魔力調整
「シェリル嬢!?」
僕、レイモンド・ミューラーは、今にも床に倒れそうなシェリル嬢を咄嗟に抱きかかえた。
苦しそうに顔を歪める彼女の様子を観察する。呼吸は速く身体も震えている。おそらく何かの発作だろう。
(先程の浄化の影響か? それなら魔力に異常があるはずだ)
「失礼するよ」
僕はそっと彼女に手をあてて、魔力に異常がないかを調べる。
「っ!!」
(なんだこれは……)
思わず手を離してしまった。シェリル嬢の体内で水が沸騰するように、魔力がゴポゴポとそこら中に溢れ出していたのだ。
(魔力の異常な暴れ。体内で魔力の循環不良が起きている)
キッカケはおそらく先程の浄化だろう。シェリル嬢は昔から魔力量が多く神殿にて生活していたと聞いている。
(魔力量が多い。そして循環不良。……まさか)
信じ難いが、僕はひとつの答えに辿り着く。
「これは……魔力暴走?」
書籍でしか読んだことのない現象だから断定は出来ないが、おおよそ合っているだろう。
「実際に見るのは初めてだ……」
魔力暴走を起こした際は、制御が出来る魔道具で魔力を封じることが良しと書籍には記されていたはずだ。しかし今ここにそんな魔道具はない。
彼女の顔色はみるみる悪くなっていき、頬に冷や汗がつたう。魔力暴走は最悪の場合、命を落とすと書かれていたことを思い出してゾッとした。
シェリル嬢の身体中でうごめいている魔力を落ち着かせることが出来たら、容態は今よりも良くなるはず。
「っ、表面に溢れ出る魔力だけでも滑らかに出来れば……」
(魔道具がなければ他人の魔力に干渉できない。考えろ、他に魔力に触れられるものを。魔力に対抗できるものを)
「……!」
頭の中にひとつの案を思い付いて、ハッとする。
「魔力を……僕の魔力を流せば……」
いやいやと頭を振って浮かんだ考えを否定する。他人に魔力を流すだなんて非常識すぎる。
(何馬鹿なことを考えているんだ。土壇場で出る解決策がこんな常識のない手段だなんて)
「っ……」
その途端、彼女からだらんと力が抜けた。紅茶色の長くて美しい髪が振動でサラリと落ちる。
「シェリル嬢! …………っく」
常識とか非常識とか考えている場合ではない。今の状況が良くないことは一目瞭然だ。
(このままではシェリル嬢の命が危ない)
「しかしシェリル嬢の魔力はかなり濃い。僕の魔力を流しても、きっと掻き消えてしまう……」
いや――ひとつだけ、方法がある。
(……時間がない。やるしかない)
天井を向いて深呼吸をする。そして僕はシェリル嬢を見て、ふっと笑いかけた。
「ごめんね。後で存分に殴ってくれて良いから」
僕はシェリル嬢をぎゅっと抱きしめる。そのままふわりと自分の魔力を溢れさせた。
「僕、魔力コントロールだけは自信があるんだ」
そのまま魔力を練り上げ、ぐっとひとつに凝縮させて濃度を上げていく。
(父上に気付かれないよう攻撃魔法を緩和しているうちに付いた、このコントロール力が役に立つだなんて)
量は少ないが、魔力の濃さは彼女の魔力と見劣りしなくなった。
(この魔力量じゃ中にまで干渉は出来ないけれど、表面上を滑らかにすることは出来るはずだ)
僕は意を決して、魔力をシェリル嬢に流し込む。
彼女の中に魔力を入れると紅茶のような香りが広がった。彼女の魔力の香りだろうか。
「んっ……あっ……」
そんなことを考えているとシェリル嬢から官能的な声が漏れて、顔がかあっと熱くなる。しかしそこに気を取られている場合ではない。
魔力を動かして表面の沸騰したような魔力を抑えることに集中する。
「シェリル嬢。辛抱してくれ」
「……うぅん……」
流し込んだ自分の魔力で、ゴポゴポと沸騰したような彼女の魔力に触れる。そして魔力を動かして抑え込み、そっと均一にしていく。少し平しただけでも彼女の呼吸は安定した。
(……いける)
彼女の溢れ出している魔力を滑らかにすることは効果的なようだ。
「それならこうして……」
「っあ」
「頼む……あと少し……」
今掴んだ要領で、もう一度シェリル嬢の体内で魔力を動かすと、彼女の体内でゴポゴポと溢れ出していた魔力はスッと落ち着いていった。
「…………よし」
そっと彼女を見ると先程とは違い、眠っているかのように穏やかに息をしている。
応急処置は成功したようだ。
ホッとした僕は、はぁーと長いため息をつく。そしてゆっくりとシェリル嬢から自身の魔力を抜いて彼女の頭を撫でた。
彼女から僕の魔力が微かに香って、片手で顔を押さえた。
「僕……本当に殴られるな、これは」
目が覚めたらシェリル嬢にまず両頬を引っ叩かれるだろう。その後フォンク公爵様からも確実に殴られるな。アッシュフィールドなんかは、かなり激怒しそうだがあいつに怒られるのはなんだか癪だ。
遠い目をしたレイモンドだったが、その表情は満更でもなさそうだった。




